東京交響楽団 定期演奏会 エラス-カサド指揮
いつもの東響サントリー定期は土曜の晩で、ミューザ川崎が日曜。
今回は、その逆となりました。
土曜に一瞬忘れたとビックリしてチケットを見返して安心したりもしてました。
この日のホールまでのお散歩は、新橋から日比谷公園を経ての虎ノ門。
都会の真ん中でネモフィラ。
東京交響楽団 第739回 定期演奏会
シューベルト 交響曲第7番 ロ短調 D759 「未完成」
ブルックナー 交響曲第6番 イ長調 (ノヴァーク版)
パブロ・エラス-カサド指揮 東京交響楽団
コンサートマスター:小林 壱成
(2026.4.26 @サントリーホール)
楽しみにしていたエラス-カサド。
N響には何度か登場していたけれど、私は初カサド。
広範なレパートリーを持つカサドは、私にとっては優れた最先端オペラ指揮者との認識。
モンテヴェルディからモーツァルト、ワーグナー、ヴェルディ、ドニゼッティ、ビゼー、リゲティと、なにが得意なのか、まったく焦点を定めることのできない現状でのオペラへの取組ぶりで、なんといってもウィーンでのモンテヴェルディ3部作とリゲティのグラン・マカーブル、バイロイトでのパルジファルが驚異的な演奏ぶりだと思っていた。
リングへの取組も始めていて、パリで来年、バイロイトで2028年に指揮する予定。
そんなカサドがよく演奏している2曲。
シューベルトとブルックナーという相性のいい2曲。
シューベルトはフライブルクの手兵と、ブルックナーはSWR響とでのエアチェック音源を持ってましたが、今回の東京交響楽団との演奏は、それらよりはるかに上をゆく素晴らしさだった。
タクトを持っての指揮は予想外。
音を極限に絞ったかのようなピアニシモからスタートした「未完成」。
繊細なタッチでよく歌いつつ、一方でフォルテはとても強く、まるで深淵を覗き込むようなドラマチックなその対比に、聴く側もいや、おそらくはオーケストラにも強い緊張を強いるような、そんなカサドの音楽造りだった。
当然にヴィブラートは少なめだけれど、フライブルクのバロックオケに比べると古楽的な奏法はずっと控えめ。
柔和さよりは、清澄な透明感を感じた2楽章は歌にあふれ、でも同じく突然のフォルテは強烈で、そこでも対比は鮮やかでハッとさせられる瞬間があった。
奏でられる音たちは、すべてピュアで清冽だし、音の絡み合いも美しく、すべての音がよく聴こえ混じり気なく耳に届いた。
このあたりの指揮者の耳の良さや、音を混じり気なく聴かせる才能は、カサドならではで、さらにはオペラなどで強く感じられる独自の即興性は、このシューベルトよりも次のブルックナーにおいてよく感じられたのです。
東響も演奏しなれたこの名曲を緊張感を持って高い集中力をともなって演奏。
その演奏が終わったあとの静かな間も、この演奏の流れのひとつで、とても美しき静寂の間でした。
一転、後半のブルックナーは攻めに徹した積極的かつ陽光あふれる眩しい演奏。
ブルックナーでは後期の3作品は別格として、私は、1番、2番、6番の3曲がとても好きで、地味ながらも可憐さや美しさを常に感じてるのです。
3曲のなかで6番だけが長調で、隅々までブルックナーらしくない朗らかさがあると思ってます。
そんな6番を指揮するカサドをタクトを見ていて、拍子は極めて明快でしっかり振り分けているし、強弱の付け方、強調したいヶ所への明確な指示など、ともかく開放的な指揮ぶりで、その姿だけを音無しで見ていたらブルックナーを指揮してるとは思えないのが面白いところ。
明るく駆け巡るような1楽章、でも木管のさりげないフレーズなどすべてに面白さや意味があるように鳴るので、ほんとに耳が離せないし、リラックスさせてくれない。
大好きな自然美あふれる第2楽章。
葬送のような哀しみあふれる第3主題での旋律を支えるピチカート、こんなに楚々とした雰囲気を醸し出すなんて驚きだった。
総じてこの楽章では、旋律の歌わせ方も非常に見事だったが、それを下支えする各セクションが極めて克明で、聴いていてこんなに面白かったっけ、という場面がいくつもあった。
そしてこの楽章の儚くも極めて美しい終結部は東響の精緻さもあり、わたしは息もできないほどに感動し、アルプスならぬ、ピレネーの山のなかの緑の草原で風に吹かれている、そんな気分になってしまったのでした。
ホルンの素晴らしさが際立った3楽章。
カサドのリズムの良さは抜群で、だからノリのいい楽章となったが、メリハリありすぎで疑問符をいだく方もいたかもしれない。
でもこの軽快さは好き。
やや速めのテンポで突き進みつつも、おおらかさと、細部へのこだわりも随所に見せる終楽章。
この楽章は短いし、終楽章として座りのよろしくないものであるが、わりと千変万化する楽想を丹念に追って仕上げていくと、実に壮大な音楽になると思っていた。
カサド&東響は、まさにそのあたりが実にうまくて、ブルックナーを聴いていてこんなにワクワクさせてくれるのって初めてかもしれない。
最終コーダでは金管群がリミッター解除したみたいに咆哮を見せ、輝かしいばかりの終結を迎えたのだ。
この輝かしいブルックナーに、唖然として拍手できなかったし、ホールの一瞬の静寂もそんな思いの聴き手が多かったからかもしらん。
金管も増強していたし、鳴らすときはバンバンいく、こんなブルックナーに好悪はわかれるかもしれない。
私は好きでした。
こんなに1音一音に耳が、そして指揮姿から目を離せないブルックナーがとても刺激的でした。
そしてジョナサン・ノットと長年連れ添った東響のフレキシビリティの高さや、即興性ある指揮者への高度な適応力などを、こうした感度高い指揮者との共演でよくわかりました。
コンマス小林氏のSNSでは、カサドが東響を気に入ってくれたとの書き込みあり、今後再びの客演も期待できますね。
ノット前監督とのブルックナーチクルスは、6番を残したままで、こうしてカサドの指揮で補完。
しかし、ノットさんは、この秋に都響に客演してその6番を・・・
秋山さんの急逝もあったが、ノットさんには、早く名誉称号授与を、と願います。
カサドさん、N響でなく次も東響に来てね。
そして東響は、5月はいよいよヴィオッテイです。
| 固定リンク




コメント
遅まきながら読ませていただきました。4月から5月にかけ地元でリサイタルと演奏会が連続することから、上京することが出来ず、ニコ響で視聴しました。
カサドの、伝統的なそれぞれの作曲家像に縛られない解釈がいい!シューベルトの第7とブルックナーの第6の新しい側面を知を知ることが出来ました。yokochan様の感想、肯首すること頻りです。東響、こういうチャレンジングな指揮者に対し、とてもオープンな姿勢は相変わらず。それもまた good !
果たしてノットさんの指揮を受け、まじめな都響がカサド=東響のような創造的演奏ができるのか、興味がつきません。
投稿: IANIS | 2026年5月 4日 (月) 17時46分
IASNISさん、まいどです。
ニコ響、確認しましたが、いつもと逆、2日目のサントリーホールの方がオケの精度もふくめ、徹底していたよう思います。
シューベルトのうまい指揮者は、アバドやノットのようにマーラー指揮者としても優れた腕前となります。
カサドの今後に、そんな姿を期待したいです。
ブル6の面白さに、あらためて刮目となりました。
都響のブル6、なんとか入手しなくてはなりませんね。
投稿: yokochan | 2026年5月 7日 (木) 15時48分