東京都交響楽団定期演奏会 カラビッツ指揮
都響の演奏会へ、混雑満員の地下鉄を避けて外歩きでサントリーホールへ。
途中、虎ノ門ヒルズを抜けて向かいました。
車がないと不便なそこそこ田舎にいるものですから、都会人より足腰が弱くなります。
都会に出た時ぐらいは、ともかく歩きます。
東京都交響楽団 第1043回 定期演奏会 Bシリーズ
ブラームス ピアノ協奏曲第1番 ニ短調 op.15
Pf:久末 航
サーリアホ 「地球の影」
org:オリヴィエ・ラトリー
プロコフィエフ 交響曲第4番 ハ長調 op.47
キリル・カラビッツ指揮 東京都交響楽団
コンサートマスター:矢部 達哉
(2026.4.24 @サントリーホール)
前半に長い協奏曲、後半に現代・近代の音楽と、実に渋いプログラム。
プロコフィエフの音楽をここ数年大系的に聴き進めている自分にとって、そのスペシャリスト的存在であるキリル・カラビッツの来日は絶対に聴き逃すことができないものだった。
そのためには、たぶん実演で初聴きとなる苦手なブラームスの1番の協奏曲を苦難をもって耐えるしかないとの覚悟でいどんだのだ。
ティンパニと思わぬほど強く響いた低弦で開始された長い序奏でまず驚きのカラビッツ指揮の都響の分厚い響き。
しかし、久末氏の爽快なピアノが入ってきてからも、やはりこの曲は自分との相性がよくないのか、どうにも身が入らずに聞き流してしまう。
高校生のときから2番ばっかり聴いていたことからこうなったのか・・・
でもこの日の2楽章の演奏の美しさに目を見張るほどの驚きだった。
リリシストという言葉がピタリとくる、そんな久末氏の繊細かつ、丁寧で心のこもったピアノ。
対する都響の木管と弦セクションの美しさ。
終楽章も1楽章以上に苦手意識があるけれど、オーケストラはなかなかに情熱的だったし、久末氏のピアノの粒立ちのよさ、あざとさの一切ない誠実な演奏がとても好ましく感じました。
この大曲に、アンコールはなしで、ピアノの蓋をそっと閉じた久末氏の爽やかな演奏を讃えたいです。
ほんというと、ブラームスでなく、プロコフィエフの協奏曲をやったらよかったのに・・・と思いました。
日本初演となるサーリアホの「地球の影」という3章からなるオルガンと大オーケストラの作品。
2014年に今宵のラトリーのオルガンとケント・ナガノの指揮でモントリオールで初演されている。
サーリアホは2023年に70歳という若さで亡くなってしまったが、そのときの欧米の楽壇での追悼演奏などの頻度を見て自分としては驚きだった。
そのときに放送された作品をいくつか録音もしたりして聴いていたが、なかでもオペラ「イノセンス」のサスペンス仕立てのドラマとそのクールな音楽に驚き、感心を持ったものです。
そして同郷のフィンランドの演奏家たちがこぞって取り上げていて、サロネン、サラステ、リントゥ、マルッキ、マケラなどがそうで、その点でも興味ある作曲家でもあります。
①影は飛び去る
②ドーム
③花、遺跡、彫像
作者はオルガン協奏曲的なものでなく、まったく性格の異なるオーケストラとオルガンの共存関係と語る。
モノトーンで銀色に輝くようなそんなイメージを抱いたし、独特のヒンヤリとした感触はサーリアホならではとも思った。
多くを語る言葉もないが、腹にも響く重低音から清らかな高音まで、自然に抱かれるような安心感と包容力とを身体のなかから感じとるオルガンの音。
そこにオーケストラが多様な打楽器の奏法をともなって相対してゆくさまを、ホールの右手上の席から眺め、全身で感じ取った18分間は、ある意味、快感ですらあった。
演奏の良し悪しを言えるものでないが、初演者のラトリー、カラビッツと都響に賛辞を。
ほんの少しのインターバルですぐにプロコフィエフ。
数日前のブログで、「放蕩息子」と4番の初稿版について書きつくしたばかり。
カラビッツの本領発揮、その指揮ぶりにも水を得た魚のような軽快な動きと音楽への共感の度合いの深さを感じるものだった。
おおらかにでも、深みも感じさせつつ始まった1楽章。
やがて疾走感あふれる主題は、その変わり身の鮮やかさとオケの反応のよさに感嘆。
ずっと聴いてきたボーンマス響の演奏よりも切れ味よく俊敏に感じたし、終結部も痛快このうえない!
優しい2楽章での柔和な演奏は、放蕩息子の帰還を許す寛大な父親のシーンなのであるが、その場面が思い起こせるような優しい演奏。
そしてチューバや打楽器がそこを支えるが、実演だとその空気感がホールを満たして気持ちよかったのだ。
同様に、放蕩息子をたぶらかす乙女の踊りの場面かなる可愛い3楽章では、踊るような仕草の指揮ぶりで、マッチョなカラビッツがかわゆく見えた(笑)
多くの方が、この楽章ではバレエ音楽のように感じたでしょうが、プロコフィエフの音楽の神髄のひとつは、こうしたバレエの舞台を感じさせるリアリティと親しみやすさだろう。
切迫感あふれる開始の4楽章では、ワタクシはもうワクワクしっぱなしだった。
都響はきっれキレだったし、カラビッツの指揮も縦横無尽に指示を出し、小さくジャンプもしながらの軽快ぶり。
あまり知られてない4番、25分ぐらいのシンフォニエッタサイズの初稿版で、トリを飾って盛り上げるのは至難の業かと思ったが。スピード感を常に保ち、ユーモアと緊張感も持たせたカラビッツの指揮はたいしたものだった。
終楽章コーダでテンポをあげてゆき、独特なリズムを刻みながら徐々にクレッシェンドしていって、わたしはドキドキだ。
そのあとの鮮やかな終結に、カラビッツはどうだと言わんばかりに、身体を観客の方へ向かせつつ指揮を切り上げた。
わーお、ナイスじゃん、と思ったワタクシ。
小声でブラボー!
昨年に聴いたヤルヴィとN響の演奏は厚塗りの改訂版だったせいもあるが、あちらは重戦車のような逞しさがあったが、カラビッツ&都響は、小気味よく爽快で、しかも中身も濃い鮮やかな演奏だった。
もっといろんな曲でまた聴きたいカラビッツ。
ベネデッテイのコルンゴルトでバックを務めてたカラビッツ&ボーンマス。
エルガーやチャイコフスキー、ラフマニノフ、ショスタコーヴィチなんかもレパートリーですからして。
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