ラフマニノフ 交響曲第2番 プレヴィン

紫陽花の季節。
よく通る場所でして、毎年、いろんな色彩の紫陽花がまとめられていて奇麗に開くんです。
ちょっと虹を加工して添えてみましたよ。
アルカリ、酸性、とかその土壌によって色が変わると言いますが、ここはいったいどうなってんでしょうね。
梅雨の時期を美しく彩どる紫陽花、日本らしい風情です。
次のコンサートは、ヴァンスカが指揮するラフマニノフの2番。
ずっと好きだった交響曲ですが、ちょっと聴きすぎてしまい、飽いてたところに接したのが昨年の都響来演のスラトキンの名演。
スラトキンのラフマニノフには、思い入れもあり、やっとその指揮で聴くことができた喜び。
セントルイス響をメジャー級に鍛え上げ、録音した一連のラフマニノフ。
そしてN響に来演し指揮した鮮やかなな第2番はリズム感あふれる若々しい演奏だった。
そして「ラフマニノフの第2番」がいまのような人気曲になった、その立役者がアンドレ・プレヴィン(1929~2019)。
プレヴィンが生涯に何度も指揮してきたこの曲を聴ける限り聴いてみた。
ラフマニノフ 交響曲第2番 ホ短調 op.27
アンドレ・プレヴィン指揮
①ロンドン交響楽団 (1973.1) 59分
いうまでもなく、この1枚がラフマニノフの2番という音楽の評価を定着させ、人気曲へと決定づけたといっていいだろう。
2度目の録音で、作者自身もやむなく認め、第2次大戦後にはもう慣例となっていた短縮版によるものでなく、カットを復元し繰り返しをすべて行う完全全曲版による初の演奏だった。
73年の録音だが、それに先立つ1971年にこのコンビは来日してこのラフマニノフを演奏した。
まだ小学生だったワタクシ、NHKがテレビ放送したものを見た記憶があり、大木正興氏が解説だったと思うが、曲や演奏はもうまったく覚えてませんが、ともかくこんな曲を指揮する若いプレヴィンって何者だろう・・・そんな風にしか思わなかった。
当時は、ポップスあがりの指揮者なんて・・・ってな目でしか見てなかったし、ビートルズのようなマッシュルームカットの髪型や太いストライプのシャツなどもクラシックの本流とは違うんだと思い込んでいたのです。
このレコードを手にしたのは長じて、もっとあとのこと。
社会人になってアパートで独り暮らしをするようになり、FMで録音したこの曲。
演奏は、ヤン・クレンツ指揮のケルン放送響で、曲の素晴らしさにいまさらにほれ込み、同時にその演奏があまりに素晴らしくて、カセットテープを何度も何度も聴いたものだ。
都会の寂しいわび住まいを癒すあまりに美しい旋律に酔いしれ、毎晩のように酒を飲みながら聴いた。
そして、やっぱりこの曲はプレヴィンだよな、ということでレコードを購入。
実家に装置を置いてあったので、週末になると帰って貪るように、すり減るくらいに聴いたプレヴィンの演奏は、それこそ私の体に刷り込まれたこの曲のイメージなのでありました。
「ラフマニノフの音楽の抒情と憂愁、そしてリズムと熱狂、これらを、迷うことなく思いきり聴かせてくれる。
この曲の持つすべての魅力が過不足なく描きだされていて、昨今のすっきり・かっちり系とは違う、私のとって懐かしさにも似た大人社会へ導かれた演奏なんだ。」
以前に書いた私のブログ記事を引用、ほんとそのままの印象をそのまま抱きます。
プレヴィンとロンドン響のラフマニノフとその音楽への愛にあふれたビューティフルなこの演奏は、まさにエヴァーグリーン。
②ロンドン交響楽団 (1966.4) 50分
指揮者としてまだ駆け出しの頃、それでも37歳のプレヴィンのRCA時代の録音。
日本国内盤のジャケットはこれ。
プレヴィンの71年の来日記念盤のレコ芸広告から抜き出しました。
カットありの50分の演奏で完全版より10分短い。
始めて聴いたときはカット部分が物足りなく感じたけれど、そんなことは気にならなくなるほどに感性にあふれ、振幅も大きく、ナーヴァスでありつつ曲への没頭感も感じさせる秀演。
ケルテスがLSOを率いていた頃で、同時期にアバドもデッカに録音を始めた頃。
かなりよく歌わせる一方落ち着きもあり、やはりプレヴィンらしい柔和さもある。
捨てがたい1枚です。
③ロンドン交響楽団 (1977 @ザルツブルク) 58分
ロンドン響の熱心なファンが公開しているアーカイブで、ザルツブルク音楽祭での貴重なライブ。
音はイマイチながら、その熱気たるや並々ならない。
3楽章でのうねるような情熱、終楽章での燃え盛るような追い込みなど、スタジオ録音とはまた違うプレヴィンの姿。
④ロンドン交響楽団 (1979 @ロイヤル・フェスティバルホール)59分
これは素晴らしいライブ。
当時のLSOの本拠地で、いつものようにナイスな指揮ぶりで、情熱の込め具合も充分で、3楽章のクライマックスでは感涙したくなるほど。
70年代のプレヴィンとLSOがいかに素晴らしかったか。
⑤ロイヤルフィル (1985.3) 62分
ロイヤルフィルの指揮者時代のテラーク録音は、音質が生々しく、かつてのEMIの響きの拡散してしまう音と違いリアル感や迫真性が増した。
またテンポも少し動かしたりして全体に勇壮感が増しスケールアップ。
すべてにおいてLSO正規盤よりも成熟度が増しているが、すり減るほどに聴いたEMI盤が録音もふくめどこか懐かしく感じられるのも事実だ。
この音盤単体でいうならば、この曲1,2を争うべき完成度と感性の高さを持った演奏なのだが、自分の人生のなかのひとコマにあったEMI盤の存在感には及ばないのです。
レコードやCDを聴く、保有するということは、そういう意味あいでもあるのかなと・・・
⑥ウィーン・フィル (1992 @ムジークフェライン) 58分
NHKFMからのエアチェック音源で音質は上々です。
これはステキな演奏で、ウィーンフィルとの蜜月の頃、オーケストラは慣れない曲ゆえに指揮者に全幅の信頼を置きつつも、自ら気持ちよく歌い弾んでる感じ。
おおらかなプレヴィンの指揮は、連綿とせず、それでいながら3楽章の聴かせどころでは泣かせてくれるし、2000年以降の演奏に比べると覇気と勢いも感じられる。
ウィーンフィルの貴重なラフ2です。
⑦ロンドン交響楽団 (2002 @バービカン) 58分
ますます雄大さも加え、自在の域にあると感じさせる。
ホールのデッドな響きが残念だけど、プレヴィンとロンドン響は常に変わらぬ高貴さを感じさせるお馴染みの演奏。
⑧オスロ・フィル (2002) 59分
NHKFMから録音したもので、演奏年度を記録していなかったが、オスロ在任は2002~06なのでその間の演奏。
⑧のLSOの演奏とほぼ変わらずだが、録音が良い分だけ、音の充実度が高い。
このコンビの録音は1枚程度しかないので貴重。
⑨ NHK交響楽団 (2007 @サントリー) 58分
この場に居合わせました。
サントリーホールのP席でプレヴィンを真正面から見つめつつ、その魔法のような指揮、というかそこにプレヴィンがいて、ラフマニノフの2番を指揮しているというだけでオーケストラが柔和でかつリズム感あふれる演奏をしてしまうのがすごいと思った。
武満徹のセレモンディアル、アパラチアの春、そしてラフマニノフというプログラム。
正面から拝見していて、椅子に座りながら、譜面を見ながらの指揮ぶりも、ラフマニノフとなると見違えるばかりにシャキーンとした顔付きと棒さばきになった。
N響への客演はかなり聴いたけれど、この演奏会がいちばん素晴らしかった。
そのときの過去記事は→こちら
⑩ ロンドン交響楽団 (2015 @バービカン) 59分
亡くなる3年半前、プレヴィン最後のLSOへの客演。
当時の妻であったムターと自作のヴァイオリン協奏曲とラフマニノフの2番というプログラム。
ほぼ変わらないスタイルに、都会的な洗練度も増していて、当時86歳という年齢にもかかわらず、弛緩したところやテンポの伸びや揺れもない。
完全にできあがったプレヴィンのラフマニノフ2番に、メンバーは変わっても半世紀あまり連れ添ってきて、プレヴィンのラフマニノフを知悉したロンドン響のしなやかな反応の良さ。
フレーズのひとつひとつに感じる優しさ、愛おしさ、そして微笑み。
演奏者もきっと感無量だったのでは・・・
でも悲しいかな、73年のあのときの録音にある輝きや喜びの爆発はありません。
これがプレヴィンという演奏家の最後の夕映えだった・・・・・
73年のレコード録音のときに、プレヴィンは語った。
「私は惜しみなく、また熱をこめてこう告白します。私はこの作品を愛している。LSOもまた同様である。
そしてわれわれは、これから先も長い間この曲を演奏し続けるであろう」
レコード発売時のレコ芸の広告。
完全全曲盤との売り込みでありましたが、当時のレコ芸の月評ではまったく評価されず、大衆的と断じられてしまう。
50年前は、そんな時代だった。
音楽の需要の仕方、聴かれる音楽の裾野の広がり、あてにならない頑迷な評論家などなど、いまはほんと変わった。
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