東京交響楽団定期演奏会 ヴィオッテイ指揮
雲ひとつなく晴れ渡った日曜日。
あまりに気持ちがいいので、新橋駅から歩いて溜池のサントリーホールまで。
虎ノ門ヒルズを横切ってホテルオークラとアメリカ大使館の間を抜けて、霊南坂からホールへと。
お気に入りの歩きコースです。
東京交響楽団 第746回 定期演奏会
バッハ(齋藤 秀雄編) シャコンヌ
ショスタコーヴィチ 交響曲第10番 ホ短調 op.93
ロレンツォ・ヴィオッテイ指揮 東京交響楽団
コンサートマスター:景山 昌太朗
(2026.10.11 @サントリーホール)
この演奏会は休憩がありません、との事前告知あり。
さらに場内でも2曲の間には休憩を挟まず、続けて演奏されますので・・・とのアナウンスもなされました。
無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番の長大な終曲「シャコンヌ」を斎藤秀雄が編曲した作品が最初に。
「学生たちのためにアンサンブルや表現力を学ぶための実践的教材」として編曲。
弦楽だけでなく、打楽器も含むフルオーケストラ作品となっている。
バッハ作品のオーケストラ版といえばストコフスキーですが、そちらは華麗でゴージャス、壮麗なイメージ。
対する斎藤版シャコンヌは、フルオケ作品でありつつ、その編曲時の目的通りに各楽器・奏者たちがそれぞれに語りあいつつ、ときに室内楽的でもあり、またフルに鳴り渡る大オーケストラサウンドも聴かせたりもする多彩さがある。
しかし、私はそこに「和」のテイストも感じました。
独奏楽器が引立つ場、その背景などに、とくにそう思った。
原曲は高度な技法とともに、ある意味、華々しさを加えて演奏されてしまう場合もあるが、ここではともかく渋い。
その渋いところを実によく押さえ、内省的な演奏に徹したかのようなヴィオッテイの指揮。
今年の5月にヴィオッテイは、オランダのネーデルランドフィルでこの曲を演奏し、その模様は録音して聴きましたが、そこではコンセルトヘボウと思われる響きの豊かなホールの影響もあり、より華やかな印象を受けていた。
ちなみに、そのオランダでの演奏会は、2曲目がショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲2番、メインはラフマニノフの交響的舞曲。
さらにさかのぼること2月には、ウィーン響とも「シャコンヌ」をやり、そのときはやはり休憩を入れず連続して、ショスタコーヴィチの7番を演奏してます。
いずれの回でも、シャコンヌのあとはショスタコーヴィチ。
その意はよくわからないが、音楽の根源的な存在のバッハ作品。
とかく社会的な側面から語られるショスタコーヴィチの音楽を純粋音楽として捉えての見方。
ふたつを並べて、さらに連続して演奏することの思いはそんなところにあるのだろうか・・・
ということで、フォルテで終わったバッハのあと、ヴィオッテイは指揮棒を止めたまま、その動きをコントラバスとチェロに向け、抑圧的な重々しい主題が始まった。
この連続性がとても自然だったし、聴き手には嫌でも緊張感を強いるものでその緊張感と集中力を絶やさずに、この長大な1楽章を聴くことになった。
音楽が動き出し、ヌブーさんのクラリネットが第1主題を奏でるが、暗さよりは明晰さ、そしてこの日、冴えわたったフルート知久さんのソロで始まる次の主題も不可思議感というよりは、音の輪郭をはっきりさせ、そのあと続く壮絶な盛り上がりにおいても冷静なる展開を見せ、そこがまた音楽の本質に迫るようで興奮をした次第だ。
ともかく緊張を強いられる1楽章の展開が少しも重々しくなく感じた演奏。
スピード感あふれる2楽章ではまさに高速ギアにチェンジしたみたいで、ヴィオッテイもオーケストラを追い込んでゆくようで、そのオケも一糸乱れず着いてゆくし、この熱狂的な展開に息を飲み、目を見張ったものだ。
きっとホール中の聴衆がそう思ったであろう。
1楽章とともに、案外と難しいのが3楽章。
演奏によっては、また一部CDではいつも取り止めなく感じてしまうが、各楽器を明快に浮かびあがらせ、その先にホルンのモットーが自然に入ってくる感じで、どこまでも自然。
ホルンがあざとく感じてしまう場合があるが、ヴィオッティ&東響の自然体の演奏の仕方、吹かせ方はとてもよかったし、ホルン氏よく頑張りました。
その後にやってくるハチャムチャな盛り上がりはスピーディーに徹した展開で、不可思議に静かに終わるこの楽章のなかで突出せずに納得できるものでした。
景山コンマスのソロも最後よかった。
さてきっとすげぇよ終楽章、と予見しつつ始まった緊張感ある模索的な開始部から、アレグロになだれ込む。
ここでもヴィオッテイは快速ギアを踏み、あとは次々と興奮の坩堝へと聴衆を誘いまくるのでありました。
弦のリズミカルかつ歯切れのよい刻み、耳をつんざくことなく心地よいピッコロの絶叫(濱崎さん、いつもながら見事すぎだろ)、うごめく低弦、全曲に渡りバシバシ決めて決まりまくる綱川さんのスネアや打楽器陣の炸裂大会、小躍りしたくなるホルンの咆哮、、、ともかく誰もかれも、なにもかも、ヴィオッティの鮮やかな手綱さばきに舞い踊るようにして演奏しまくり。
そしてこちとら、興奮しまくり。
こんなにスピードあげても、音楽として破綻することなく、しっかり4つの楽章の帰結として構成感も保たれている気がしたし、あの長大な1楽章が遠い昔に感じるような、そんな完結感あふれる演奏だった。
昨年聴いた、東響の10番、ヒコックス君もいい演奏だったが、ヴィオッティは鮮烈さでは上回ってました。
2曲併せての75分間。
こんなに濃密かつ緊張感あふれる演奏会はそうそうに出会えない。
ノット前監督がいつも聴かせてくれた予想できない驚きの展開と、ヴィオッティ新監督にいまのところ感じている劇場空間を思わせる劇的な音楽展開。
どちらも最高に好きです。
そして東響の技量の高さと、能動的かつ鮮度高い音の素晴らしさ。
来シーズンも楽しみすぎる演目ばかりだ。
コールに応えて登場のロレンツィオ氏。
毎度おなじみの左手にいらっしゃるブラボー氏の声にワオ!
こんなユーモラスなやり取りもあり和みましたね。
撤収作業中のメンバーもニッコリ。
















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