カテゴリー「神奈川フィル」の記事

2025年10月21日 (火)

神奈川フィルハーモニー 定期演奏会 沼尻指揮 ブルックナー8番

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この日のみなとみらいは、秋はどこいったかと思わせるような陽気。

ブルックナーの8番、一曲のプログラム

昨年暮れから、8番は3度目で、うち2回は初稿版による演奏で、今回は一般的なノヴァーク版2稿。

満員のみなとみらいホール、開演前に沼尻マエストロから、プレトーク。

終わりの方しか聴けなかったが、マイクが林立していて、今夜の演奏はCD化されると発表。
ゆえに携帯とかチラシ落としなどにご注意を、また昨今話題のフライングブラーボーも、ご自身の証として残したいと思っても、そこはいまはちゃんと消せるし、最後の「ミレド」はちゃんとゲネプロで収録しているので安心してください、とユーモアたっぷりに語りました。
これを抑止力としてか、最後の音が消えても、しばらくホールは静寂につつまれ、ほんとうに至福の瞬間を味わうことができたのでした。

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 神奈川フィルハーモニー管弦楽団 定期演奏会 シリーズ第408回

  ブルックナー 交響曲第8番 ハ短調 (ノヴァーク版第2稿)

    沼尻 竜典 指揮  神奈川フィルハーモニー管弦楽団


      コンサートマスター:石田 泰尚

          (2025.10.18 @みなとみらいホール)

8番を聴くとなると、レコード時代から、いまでもCDでも、特にライブでは、ほんとに真剣に構えるようにして聴き入る自分。
それだけ聴き手に緊張と集中を強いるブルックナーの最高傑作であり、交響曲としても最高峰に位置する作品であります。

ですが、そんな肩ひじはって聴かなくても・・・と思わせてくれるくらいに自然でさりげなく始まり展開した1楽章。
自分でかける呪縛が馬鹿らしく思えるほどにカジュアルな演奏とも思った。
すんなり、すいすいと進行し、タメや思い入れはなし、自分がよく聴いてきたブル8と一線を画した演奏に、正直とまどいましたね。
その印象のまま2楽章になり、野人どころか、スマートな「ハマのブルックナー」じゃん、と思うようになった。
だから、トリオの部分はとても美しく夢見るような印象を与えた。
ここまで、オーケストラの精度は完璧で、金管やホルン・ワーグナーチューバのセクションも明るく、でもソフトですらあった。

後半の長大なふたつの楽章。
基本の印象は、前半のままに、しかし3楽章の弦楽器主体に重きを置いたかのような演奏に、神奈川フィルの石田組長率いる弦楽セクションの繊細かつ美音の連続に、それはもう恍惚とするような感動を味わったのです。
ここで歌わせる指揮者、沼尻の意図もあり、弦も木管も、素敵すぎたホルンも、みんな気持ちよくブルックナーの音楽に心を合わせて奏でている。
テンポは速めだが、まんべんなく歌うので、停滞感なくその速さを感じない。
なんてブルックナーの音楽は美しいんだろ、聴いてて何度も何度も思った。
徐々に高まりゆく感興も自然体で、ずっと譜面の奥に頭だけが見えていたふたりの打楽器奏者がすっと立ち上がり、そして来ましたよ、あの頂点。
痺れるような感動というよりも、自然のながれで達した頂きに、さわやかで清らかな感動を味わいました。
その後の美しいコーダに清涼感を感じるのもこの日の沼尻&かなフィルの演奏ならではだった。

終楽章の勇壮なファンファーレも明るく、そしてフレッシュだ。
ホルンとワーグナーチューバの若いメンバーたち、ともかくうまいし、その輝かしい音色が心地よい。
ワタシの大好きなフルートに始まる木管の爽やかなパッセージも素敵だったが、実はもっとじんわりとやって欲しかった思いもある。
ともかく、この演奏は、こちらがこの作品に思い込んでるものをスルーして違う方向から見せてしまうような印象が随所にあったのだ。
ヨーロッパの山々や教会の尖塔、これらを思わせるブルックナーのイメージはここではない。
スマートかつしなやかな都会的なブルックナーの演奏。
でも神奈川県には海と丹沢山麓がある、それらを遠くに見渡す都会、そんな演奏といったら笑われるかもしれない。
随所にパワーを解放するような強奏はあるけれど、オペラの手練れである指揮者は巧みに最終の巨大なコーダへと導く。
すべてを収斂するかのような明るく輝かしい結末に感じた。
そして最後のミ・レ・ドを思いを込めてじっくりと奏し、曲を閉じると、長い静寂にホールは包まれました。

プレトークの抑止力が効いたのか、われわれは素晴らしい聴衆となりました。
鳴りやまぬ拍手に応え、最後は沼尻さん、石田コンマスを引き連れてカーテンコールににこやかに応じておりました。

幸せな気分にさせてくれた演奏。
ヴァントやハイティンクなどの実演で聴いてきたこの8番、次元の異なる演奏を展開してみせたある意味大胆さ。
どこのオーケストラも同じように巧くなり、個性も均一化するなか、みなとみらいホールで育まれてきた神奈川フィルはユニークな音色と響きを持つ存在だと思います。
薄味ながら、わたくしは、こんな和風テイストの「ハマのワーグナー」もいいじゃんよ、と思ったのでした。
これもありだな。

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こちらは「ハマの番長」

横浜DeNAを5年間率いてきた三浦監督も今年で退任。
大洋ホエールズ時代からずっと横浜ファンなので、横浜ひとすじを貫いてくれた三浦大輔はとても親しくも得難い存在だった。
きしくも同じ奈良県出身の高市総理大臣が誕生した今日、橿原市にゆかりがあるのも共通しているふたり。
でも高市総理は熱烈な阪神ファンなんだよね。
三浦はFA宣言のとき、阪神から熱烈コールを受けたけれど、横浜一筋を選んだ。

音楽には関係ないけれど、横浜つながりで「ハマの番長ありがとう」で締めてみました。

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2025年9月15日 (月)

神奈川フィルハーモニー定期演奏会 シュルト指揮

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桜木町駅周辺からのぞむ「みなとみらいエリア」

あいかわらず、夜景の映える場所です。

少し前まで、あちらの方で神奈川フィルを聴いてまして、一杯きこしめしたあとの、すっかり暗くなった街並みです。

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    神奈川フィルハーモニー管弦楽団 第407回 定期演奏会

   アルチュニアン トランペット協奏曲 変イ長調

   サンドヴァル  「ミスター バラタン」

      トランペット:ステバン・バタラン

   リスト  ファウスト交響曲 S.108

      テノール:村上 公太

   クレメンス・シュルト指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

               神奈川フィルハーモニック・クワイア
               クワイアマスター:岸本 大

                  ゲストコンサートマスター:戸原 直

         (2025.9.13 @みなとみらいホール)

スペイン生まれのバタランさん、よくぞ神奈川フィルが呼んでくれたものです。
シカゴ響の首席に加え、フィラデルフィア管も兼ねるという超凄腕、これまでスカラ座、グラナダ市管、スペイン放送、香港フィルなどの奏者を歴任している。
ブラスをやっている方なら必ず知っているだろうアレクサンドル・アルチュニアンの協奏曲、私は恥ずかしながらその名も知らず、でした。
アルメニアの作曲家でピアノ作品や交響曲などの大きな作品もある様子。
オーケストラのトレモロにのっていきなり吹きだすバタラン氏のトランペットを一聴して即座に驚き。
なんという真っ直ぐに届く輝かしい音色か。
すぐに始まるヴィルトゥオーゾ風の曲調も軽々と鮮やかにこなしてゆく。
いかにもアルメリアらしい、中近東風なオリエンタルなムードを感じるオツな音楽。
エキゾティックな雰囲気に酔いつつも、それ以上にバタランの人間味さえ感じる暖かな音色がすばらしく、どこまでも柔らかま響きが耳に心地よい。
ほんと素晴らしい、素晴らしいとしかいいようがない。
シカゴ響のHPの楽員紹介ページで、バタラン氏のマーラー5番の冒頭が聴けるが、これはたまりませんね!

アンコールは引き続きオーケストラも交えての作品。
あとで調べたらキューバ出身のジャズトランペット奏者アルトゥーロ・サンドヴァルが2021年にバタランのために書いた作品で、ボブ・バレットという方がオーケストレーションをしたもの。
ちょっと検索するとネットでも配信されてます。
とても美しい音楽で、作者もそうですが、やはりバタランさんの心にあるラテン系の明快さ、透明感といったものが、その音色に出てくるんだろうと思いました。

休憩時のロビーには若い方、きっと音楽を学ぶ学生さんでしょうか、たくさん見受けられましたが、みなさん明るい笑顔で凄いもの聴いたという表情が見てとれましたね。

後半は長大な難敵、リストのファウスト。
指揮はドイツのブレーメン生まれの43歳の中堅指揮者クレメンス・シュルト。
リストゆかりのワイマールでの実績もあり、各地のオペラ劇場に客演しつつ、ミュンヘン室内管とカナダのケベック響の音楽監督も務めている。

ファウストをコンサートで聴くのは初めてでありました。
ベートーヴェンの第9が1824年、ベルリオーズ幻想が1930年、交響曲の名を持つ「ロメオ」が1939年、「ファウストの劫罰」は1846年でリストに献呈。
そしてリストのこの「ファウスト」は1854~57年、その間でシューマンの「ファウスト」が1844~54年にかけて作曲されている。
ベートーヴェンが交響曲に歌を加えた、ベルリオーズが巨大なオーケストラ作品を書き、交響曲の概念を拡張した。
そしてゲーテのファウスト(1833年)が、多くの芸術家の創作に影響を及ぼした。

いずれの作品も影響を受け合っているけれど、ベートーヴェンからのベルリオーズの革新性が目覚ましいと思う。
そんな風に思いつつ聴き始めたけれど、沈鬱な1楽章の冒頭主題を聴いたときに、私はワーグナーの「ワルキューレ」を思い起こした。
2幕の終わりの方、ジークムントが戦いにいどみ去り、ジークリンデが不安に取り残されたところで流れるモティーフにそっくり。
以降、一進一退を繰り返すように長々と続くいろんな主題の繰り返し、それが25分も続くので、こうした捉えどころのないリストの交響詩を倍にしたような規模の1楽章。
この晦渋な楽章は、ファウストの悩みや面倒な性格をそのまま表していると思うが、シュルト氏は奇をてらわず、ストレートな音楽運びで楽譜そのままを聴かせた感じだ。
もっと面白く、もっとダイナミックにもできたかもしれないが、リストのまわりくどい音楽には何もしない方がいいとも思ったものだ。
それでも神奈川フィルの優秀なアンサンブルは聴きごたえあり、弦のしなやかさも特筆。

グレートヒェンを描いた2楽章は、神奈川フィルの美質がよりよく出た演奏で、柔和な木管、スリムだけれど美しい弦のアンサンブルなど、聴き惚れてしまうシーンも続出。
めんどくさい男ファウストと、野望に満ちたメフィストフェレス、それぞれの楽章との対比で、かわいらしい無垢なるグレートヒェンの見事な表出であったかと。

同じモティーフが繰り返されたり、打楽器がジャンスカ鳴ったり、ともかく特徴的で、禍々しさもある3楽章は、シュルトの指揮も相当に力が入り、その熱血ぶりも後ろからみていてよくわかり、ときにジャンプも試みていた。
その意欲が空転しないところはよかったし、神奈川フィルの冷静さに徹したプロ根性もよろしい。
ソロと合唱が、いつどうやってステージに登場するかと、心待ちにしていたら、オルガンは少し前、合唱は文字通り3楽章のその直前にスルスルっとあたわれた。
ここで空気感が一挙に変わるのが、この作品の肝であり、いちばんの聴かせどころだろう。
その清涼感とここまで聴いてきたという達成感は、CDなどでは絶対に味わえないものだ。
20人の神奈フィルクワイアの精鋭による合唱も美しく、明晰であり、加えて清水さんに替わって歌った村上さんのリリックな歌声も心に響いた。
村上さんの歌は、かつてカプリッチョやばらの騎士のいずれもテノール歌手役を聴いているが、のびやかで気持ちのいい声です。
 ちゃんと最後の6~7分に、こんな美しい完結感のあるエンディングを持ってくるなんて、リストさん、ほんと憎いです。
上昇し、浄化するかのようなオーケストラ、ティンパニの一撃も見事に決まり、感動のラストでした。
わたくし、ほどよく一声ブラボーしました。

バラエティあふれる、実によきコンサートでした。
楽員さんがステージを去るなか、消えそうな拍手が徐々に持ち直し、最後にシュルトさんにこやかに登場しました。
また神奈川フィルに来てほしい。
今度はシュトラウスとか、シェーンベルクとかのキラキラ系を聴かせて欲しい。

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会場で先行販売された出来立てほやほやの、かなフィル読書部のみなさまのエッセイ集。

お馴染みの楽員さんたちの、演奏を思いうかべつつ拝読させていただきました。

神奈川に住んでるエルフ、というコミックの作者によるカバーも素敵であります。

Yokohama-beer

コンサートの仕上げは、久々のメンバーと横浜地ビールで一献。

こちらもまたよろしくです。

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2025年8月10日 (日)

サマーミューザ 神奈川フィル 「トゥーランガリラ」 沼尻竜典 指揮

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ちょっと加工してみました。
帯とイラストは張り付け加工です。
ミューザで撮影したものを使用してます。
初日だったので、出演者のサインはノットさんだけ。

サマーミューザもほぼ終盤、神奈川フィルの「トゥーランガリラ」を聴いてきました。

平日の19時開演なので、その時間のミューザはずいぶんと久しぶり

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  メシアン トゥーランガリラ交響曲

    沼尻竜典 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

        ピアノ:北村 朋幹

        オンド・マルトノ:原田 節

        コンサートマスター:石田 泰尚

      (2025.8.8  @ミューザ川崎シンフォニー)

今年のサマーミューザのプラグラムのなかでも、もっとも巨大な作品。
果敢にも愛するオーケストラ、神奈川フィルがとり上げました。

1948年完成のこの大曲は、小澤さんや若杉さんといったメシアンを得意とした先達のおかげもあり、日本人にはなじみのある作品だと思うし、日本人好みの音楽だとも思います。
かく言うワタクシは、じつは98年のデュトワ&N響以来の27年ぶりの実演。
その後のプレヴィンは、震災の年だったので不芳な日々で断念しており、極めて残念でした。
前々から神奈川フィル向きの作品だと思っていて、ついに願望がかなった、その神奈川フィルでも初のトゥーランガリラではなかったでしょうか。
この曲をレパートリーにする音楽監督の沼尻さんあっての今回の演奏会。

全10楽章、75分間、ほぼ埋まったミューザの聴衆はまさにまんじりともせず、この膨大な編成のトゥーランガリラに集中し、聴き入ったのでございます。

いつも思う、いきなり思い切り始まる1楽章。
ここで金管、打楽器、オンド・マルトノが鮮やかに決まり、はやくも気分があがった!
ピアノの北村氏とリズミカルなオケとの掛け合いも見事だし、いろんなことが同時進行する、ここを聴いてアイヴズを思ったりもした。

開放的な愛の歌その1、P席だったのでオンド・マルトノの音はやや聴こえずらいが、暗譜の原田さんはさすがの余裕。
弦の刻みも石田組長のアクティブなリードで楽しく、沼尻さんのダンシングもなかなかだ。

クラリネット、やや緊張が、、でもすぐにいつものクールな斎藤さんに戻り、米長さんのコントラバスも静寂ななかに腹に沁みる

ユーモアなタッチのピッコロとウッドブロック、ピアノもベースも加わり、さらに指揮姿も楽しい愛の歌その2。
繰り返されるオンド・マルトノをともなった愛の主題が、まさに神奈フィルらしい繊細さと美音も兼ね備えた素敵さ。

そして来ましたよ、思わず踊りだしたくなるような星々の喜び。
いろんな楽器がいろんなことするので見ていて忙しいし、なんたってここでも沼尻さんの指揮もダンスのようだったし、石田コンマスのむちゃくちゃ弾きまくり姿も目が離せないし、北村ピアノもすげえぇもんだ。
そして眩しい終結部。

トゥーランガリラで一番好きな緩徐楽章的な愛の眠りの園。
真夏のクールなひととき、永遠に続いて欲しい静的な、そこはかとない愛の鳥のさえずり。
静かな場面でこそミューザの音響の良さも堪能できるというもの。
音はブルーだった。

短い楽章だけれど、ピアノに始まり、打楽器、チェロとフルートソロ、とりとめなさもある音楽だけれど、そこに色彩も感じさせる演奏。

オンド・マルトノがいちばんよく聴こえた楽章。
ピアノの超絶ぶりもすごいが、いろんな主題が錯綜し、繰り返されつつ、トゥッティで愛の主題がちらちらと登場しつつ、ついに全貌をあらわすところが快感だった。
波状攻撃のように、次々とクライマックスがやってくるが、オーケストラはほんとに大変だなと思ったし、指揮者の役割として、それを束ね、ソロも含めて全員を息が途切れないように導いていくところなども感嘆し、正面から見ていてその巧みな指揮ぶりがよくわかった。

くにゃくにゃとした掴みどころのないトゥーランガリラその3だけど、なんか聴いてて日本の舞踊のようにも思った、かわいいな。

みんな大好き、盛り上がる終楽章。
こうなるともうワクワク感が止まらず、目線もあちこちきょろきょろと忙しくて、お馴染みのメンバーさんがどんな風に弾いてるかなども見つつ、分厚かった指揮台のスコアがあと数ページの分量に減っていくのもみつつ、あ~もっと続けと思ったりもした。
そしてついに「愛の主題」が全力で高らかに響き渡る。
もうね、こりゃたまらん、ゾクゾクっとしましたよ!
メシアンの音楽は快感。快楽、神妙さ、そんな感覚を呼び覚ましてくれるんだ。
実演で聴くとほんとにそう確信できる。
すんばらしい演奏だった!!

欲をいえば、ミューザの民よ、とくに上の方、拍手早すぎたよ。
沼尻さん、まだ手を降ろしてなかったし。

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若さみなぎる北村さんの精度の高いピアノ。
メシアンのほかのピアノ作品も聴いてみたいし、リストとノーノを組み合わせたCDなんかも出てるみたいだ。
かつてのベロフや、ルドルフ・カーロスのような存在といっていいかも。
その名も知らなかった自分を恥じる思いです。

オンド・マルトノの世界的な権威者、原田さんあって、トゥーランガリラが成り立つといってもいいかもしれない。
大河ドラマ「伊達政宗」のいまでも耳に残る主題曲でオンド・マルトノを弾いていたのも原田さん。
時空を超越してしまうかの感覚を呼び覚ます、不思議な楽器をかくも音楽的に操る名手。
この先もトゥーランガリラに欠かせない方ですね。

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リズム感と歌心を充分に意識して堪能させてくれた沼尻さんの指揮。
オーケストラとの親密度も高く、楽章間での呼吸の取り方や、奏者たちへ思いやりあふれる様子など、神奈フィルといまとてもいい関係にあると確信。

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石田コンマスが君臨するときの神奈川フィルの覇気に満ちたサウンドと、持ち前の美音が、これほどまでにメシアンの音楽を彩り豊かに聴かせるのだと強く思った。
旧知のメンバーさんも多くいらっしゃいますが、若い奏者もとても増えて、美しい音も持続しつつ、つねにフレッシュ感あふれる神奈川フィル。
 こんかいの演奏が1回限りなんてもったいない。
みなとみらいホールでも聴いてみたいと思いましたね。

暑い夏と、閉塞感あふれるいまの世情や政治をひととき、ふっ飛ばしてくれた快演でした、ありがとう!

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2025年6月23日 (月)

ワーグナー 「ラインの黄金」 神奈川フィルハーモニー

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みなとみらいエリアの20時2分。

17時に低弦5度の音から開始し、19時30分には輝かしい虹の橋への歩みで終結。

呪縛にかかったように聴きとおした2時間半とその後のブラボーの嵐。

終演後の散策、海を渡る風が心地よかったのでした。

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 神奈川フィルハーモニー ドラマテックシリーズⅢ

       ワーグナー 楽劇「ラインの黄金」

 ウォータン   :青山 貴           ドンナー:黒田  祐貴
 フロー       :チャールズ・キム  ローゲ:澤武 紀行
 ファゾルト   :妻屋 秀和           ファフナー:斉木 建詞
 アルベリヒ   :志村 文彦           ミーメ:高橋 淳
 フライア    :谷口 睦美           フライア:船越 亜弥
 エルダ     :八木 寿子           ウォークリンデ:九嶋 香奈枝
 ウェルグンデ:秋本 悠希             フロースヒルデ:藤井 麻美

  沼尻 竜典 指揮  神奈川フィルハーモニー管弦楽団

     ゲストコンサートマスター:荻谷 泰朋

         (2025.6.21 @みなとみらいホール)

二期会でワーグナーやシュトラウスを上演する際に目にする皆様方や琵琶湖オペラで活動する方々で構成された最強メンバーによる「ラインゴールド」
「サロメ」「夕鶴」と続いた沼尻&神奈川フィルのオペラコンサート上演のドラマテックシリーズの3作目。
こうなると、リング4部作を続行して、「ハマのワーグナー」の金字塔を打ち立てて欲しいけれども、なかなかそうはいかないでしょう。
でも、多くの聴衆がそう思ったことと思います。
それだけ素晴らしくも完成度の高い演奏だった。

ワーグナーの諸作のなかで、もっとも大編成のオーケストラを要する作品で、4管編成、ホルン8、ハープ6台、ティンパニ2対、打楽器複数、ハンマー、金床×9人・・・ほぼワーグナーの指定通りの楽員さんが、びっしりとステージに並び、壮観なことこのうえない。
ギッシリ観では、マーラーの7番あたりを思い起こします。
ハープ1台は、ステージ後方の席に、金床は同じくで、パイプオルガンの前に9人しっかり陣取りました。
楽団の巧みな広報で、この金床は、地元企業「京浜急行」の提供による実際の鉄道レールを使用したとのことが前々から告知されていたので、多くの聴き手がニーベルハイムへの移動シーンでこれが鳴らされたときに度肝を抜かれたことでしょう。

歌手たちは演技をともないつつ、オーケストラの前で歌い、女声は役柄をイメージしたドレス、男声はいずれもタキシードだったが、ローゲの澤武さんのみ、赤いネクタイとチーフ、さらには髪も一部赤くして「火の神」を表現していた。

今回上演の主役のひとつはオーケストラ。
演奏会形式の「ラインの黄金」の日本上演は、4回目か5回目になると思うが、私が聴いたのは40年前の朝比奈隆のもので、歌手はオーケストラの後方にひな壇を儲けて歌った。
私が行かなかったティーレマンとドレスデンはサントリーホールでP席にて、ヤノフスキの東京の春はオーケストラの手前で、といった歌手配置。
今回の神奈川フィルは、歌手はオーケストラの前、最後のラインの乙女たちだけP席から名残惜しそうに歌った。

オペラの手練れの沼尻マエストロの全体を見通し、的確な指示を与えつつ、巧みに山場を築き上げる手腕は、ここでも安心安全そのもの。
自慢じゃないけれど、ワタクシのように、ワーグナー漬けですべてのシーンと音が脳裏に刻まれている聴き手にとっても、すべてが納得できる普遍的なワーグナー演奏であったこと。
どこにも首を傾げたくなるかしょはなく、すべてOK、ここでがーーっときて、ここで引いて、そこでこういう感じで響かせて、あそこはこうだよね、こう来るよね、ってとこがちゃんと来る。
 原初の開始でもある冒頭は極めてクリアにはじまり、曖昧さはなし、さざ波のように弦楽器が加わって徐々に音が広がってゆく。
このシーンだけでもずっと聴いてきた神奈川フィルの音色のスリムな美しさを感じ、オペラを聴く喜びやワクワク感を味わえるのだった。
そして、そこにラインの乙女たちの登場でホールの雰囲気は最高に高まった。
以降、2時間30分にわたって、緊張の糸のとぎれることのない、でもしなやかで重くないスマートなワーグナー演奏が展開されるのでした。
CDではスピーカーのビリ付きなど、ヒヤヒヤしながら聴くダイナミックなか所も、ホールで聴くので心配無用。
そうした一撃音や件の金床などに、注目しがちだが、ワーグナーがローエングリンの完成から5年を経て到達したライトモティーフを網の目のように張り巡らせた緻密な作曲技法により表現された登場人物たちの内面の音楽表現。
このあたりを完全に知悉しつくした指揮者が、歌手とオーケストラを統率しつつピュアな音楽造りを目指したものと感じた。
 巨人たちの登場もものものしさは皆無で、雷鳴から虹、城への入場と続く壮麗な幕切れのシーンも極めて音楽的でもっともっと盛り上げることは可能だったかと思うが、爽やかさすら感じる爽快明快な終結部に沼尻&神奈川フィルのらしさを感じた。
 大音量よりも、ちょっとした音の変化や、事象に関しても極めて鋭敏に反応し対応していたと思う。
ローゲが語る神々の不死の秘訣や永遠の青春の場面での室内楽的な表現やただようロマンティシズム、ファゾルトの優しい心根をうかがわせるようなモノローグは、わたしも発見が多かったし、アルベリヒの呪いの場面なども指環4部作に通底する本質を確信的に表現。
 自分にとって聴き慣れた「リング」の序夜、こうして聴いていていろんな発見がいまだにあったことが新鮮だったのだ。
このまま4部作にあらたな目線で切りこんで欲しい。

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2階席にあがってパシャリ。こんな風なオーケストラの配置とポツンとハープ。

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邪知にたけた抜け目ないローゲを歌った澤武さんの素晴らしさには驚きでした。
立派なヘルデンで歌われるローゲもあるが、知的で軽やかなこのローゲは狂言回し以上の存在感があり、ウォータンを操り、神々の終焉を予見するようなニヒルな存在であることをしかと示してくれた。
柔らかな声とよく響く高域、明確なドイツ語など感心しまくり。
昨冬のばらの騎士のヴァルツァッキ、この前のアリアドネでもいい味だしてたし、また聴いてみたい歌手となりました。

ファンであります谷口さんのフリッカ。
期待通りの存在感あるお声に立ち居振る舞いは、居丈高でありながら、ラインの黄金ではまだ妻としての夫を思うしおらしさなども巧みに表現。
そのよく通る強い声はいつも魅力的です。

お馴染みの妻屋さんのファフナー。
新国のトーキョー・リングではファフナー、この日のミーメの高橋さんも出ていたが、あれからもう16年。
含蓄のあるファゾルトとなっていて、愛に生きようとしたファゾルトをオーケストラの巧みな背景とともに歌い演じた。
その安定感は舞台が引き締まります。
フライアに秋波を送る仕草はユーモアもたっぷりで、それを露骨に嫌がるフライアのシーンも愉快でしたな。

巨人兄弟のもう一方は朗々とした深いバスの斉木さん。
神奈フィルのワルキューレではフンディング、あとずっと前にオネーギンのグレーミン公を聴いてます。
声の充実ぶりが半端なかったです。

同じ沼尻&神奈川フィルのワルキューレでのウォータンは、青山さんだった。
そのときの若々しいウォータンは、今回は狡猾さもあり、陰影も感じさせる神々の長となっており、矛盾とあふれる行動力という背反する役柄を持ち前の美声で巧みに歌い演じてました。

ベテランの志村さんのアルベリヒ。
いろんな諸役でずいぶんと長く聴いてきたバリトンのひとりですが、今回はおひとりだけ譜面台を用意しての歌唱。
そのせいかどうかわかりませんが、アルベリヒに必要な声の威力が不足していてこもりがち、歌い口の巧さなどはさすがと思わせるところはあったけれども、黄金を奪う場面、聴かせどころの呪いのモノローグなどはややオーケストラやラインの元気な乙女たちに押され気味。

同じくベテランの域に達した高橋さんのミーメは、先に触れた通り新国でもおなじみだし、性格テノールとして数々の舞台に接してきました。
ひぃーひぃー声も、伸びのある特徴的な高域も健在ぶりを確認できて嬉しかったです。

つい先だって、静岡アリアドネでステキなハルレキンを聴いたばかりの黒田さんのドンナー、かっこよかった。
すらりとした姿も神々のひとりとしてふさわしいし、その若々しい伸びのある声はドンナーにしては優しすぎる感もありましたが、ハンマードッカンに負けず渾身の歌唱でした。
カヴァリエバリトンとしての黒田さん、琵琶湖でのコルンゴルトも聴きたかったものです。

代役として登場のチャールズ・キムさん、バイロイトで1年だけパルジファルの小姓を歌っているそうで、ワーグナーを得意にする韓国人テノール。
威勢のいいところを表出しなくてはならないちょい役の神様だけれど、やや精彩に欠いた気がする。
声の力や美声はありと感じましたので、また違う役柄でしっかり登場して欲しいものです。

フライア役は、ジークリンデやエルザなどの登竜門みたいな役柄ですが、船越さんのそれを予見させるような立派だけれど可愛いフライア。
調べたら彼女も琵琶湖でやった最愛のオペラ「死の都」にも出てたんですね。
あの上演、ほんと行きたかった・・・・

そして同じく琵琶湖の死の都はおろか、おおくのオペラで歌っている八木さんのエルダ。
初めて聴いた彼女のメゾの明晰な声に驚きでした。
船越さんもそうですが、関西圏で活躍する歌手は、首都圏ではあまり接する機会がないものですから、沼尻さんの力でしょうが、こうして初めて耳にできる声に新鮮さを覚えることもまた実にいいものです。

ラインの乙女たち、3者三様でワーグナーが与えた3役の特徴をそれぞれがよく表現できてました。
なによりも可愛い、というオジサン目線ですいません。
軽やかで涼やかな九嶋さんのウォークリンデ、リングの最初の発声を飾るにふさわしい晴れやかさもありました。
透明感ある魅力的なメゾの声は秋本さんのヴェルグンデ、歌曲も多く歌われているご様子で素敵なyoutubeチャンネル見つけちゃいましたよ。
そして、昨秋の「影のない女」でとても人間味ある乳母を歌っていた藤井さんのフロースヒルデは、お茶目で明るい末っ子みたいな感じ。
この3人のハーモニーが美しく、息もばっちり整ってましたし、エンディングのP席での「指環を返してよ~」という恨み節もばっちりで、その後に続く壮麗なエンディングを導く素敵な一節となりました。

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40年前の朝比奈リングをすべて聴いた自分は若かった。
その後、二期会の個別日本人初演、ベルリン・ドイツ・オペラの全作、2度の新国での上演などを観劇してきました。
自分もすっかり歳を経ることとなりましたが、日本人だけで、しかも身近な横浜の地、応援する神奈川フィルでかくも素晴らしい「ラインの黄金」が演奏されたという喜び。
このまま4部作の続編にいどんで欲しいと願うものですが、そうはなかなか行かないでしょう。
でも至難のマーラーチクルスもやれちゃった神奈川フィル。
「ハマのワーグナー」を東京春が終わったいま、沼尻&神奈川フィルにより確立して欲しいな。

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画家の真田将太朗氏による今回の公演にむけたオリジナル作品。
錯綜する色彩は愛と葛藤、憎しみや権力欲など多彩な意味合いや人物たちの関係性も交えてここに表現したとのこと。
神奈川フィルのドラマテックシリーズは、こうした「メインビジュアル」が作成され、オペラのイメージアップの一助ともなっていることもよき試みと思います。
しつこいようだけれど、4部作をこうしたビジュアルでも揃えて欲しいなぁ

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2025年4月27日 (日)

神奈川フィルハーモニー 定期演奏会 沼尻竜典 指揮

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ちょっと涼しかった横浜。

世間はゴールデンウイーク初日とのことで、一大観光地でもある横浜・桜木町界隈は大賑わい。

ツツジの花、まっさかりのみなとみらい、神奈川フィルのシーズン・オープニング定期演奏会を聴いてきました。

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   神奈川フィルハーモニー管弦楽団 第405回定期演奏会
 
 バツェヴィチ 弦楽オーケストラのための協奏曲

 ショスタコーヴィチ チェロ協奏曲第1番 変ホ長調 op.107

   ブリテン   無伴奏チェロ組曲第2番~シャコンヌ

       チェロ:上森 祥平

 ショスタコーヴィチ 交響曲第12番 ニ短調op.112 「1917年」

    沼尻 竜典 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

                       コンサートマスター:石田 泰尚
 
                               (2025.4.26 @みなとみらいホール)

ご覧のとおりのなかなかに攻めた感じの果敢なプログラム。
アニバーサリーのショスタコーヴィチはともかくとして、ポーランドの女流作曲家グラジナ・バツェヴィチ(1909~1969)、いま世界的に取り上げ始めたブレイク中の作曲家。
私も音源を揃えつつあり、徐々に聴き始めております。
名前が似ててややこしいクロアチアのドーラ・ペヤチェヴィチ(1885~1923)、英国のエセル・スマイス(1858~1944)、アメリカのフローレンス・プライス(1887~1957)の3人とともに、よく聴く女性作曲家となってます。

1949年の作品である弦楽協奏曲は、のちの交響曲や協奏曲が中期以降のシマノフスキを思わせる先鋭・オリエンタルな雰囲気を持つのに比べ、聴きやすい保守的な作風で、バロックな形式を持つ作品。
各パートのソロもふんだんにあり、そこが協奏的であり、この日の神奈川フィルの弦楽セクションにぴったりの選曲でありました。
男前の音楽造りのバツェヴィチ、颯爽としたユニゾンで始まる1楽章からして、キリリと明快な演奏でばっちりと決まりました。
この日のチェロ首席、山本さんと石田コンマスとの絡みあいも、ずっと聴いてきたかなフィルファンとしてはうれしく、その音色がまた美しいのでした。
バルトークをも思わせるミステリアスな2楽章では、チェロソロに、ヴィオラソロも効果的にあり、なかなかに聴かせる音楽でありひんやりしたなかにも繊細な演奏でした。
快活で洒脱な雰囲気の3楽章は、各ソロと弦楽との掛け合いが楽しく、奏者のみなさんも気持ちよく演奏しているのがわかります。
佳曲、桂演でした!
石田&山本コンビ、帰ってきた神奈川フィルのかつての顔。
やはりかなフィルの弦は、このふたりがいることでその繊細さ美音、加えて攻める積極性も出てくるんだと痛感しましたね。

こうした多くの方が初聴きの曲を取り上げることは、聴き手の集中力や好奇心を引き立てる意味でも大いに意義のあることです。
バツェヴィチのもうひとつの弦楽オケ作品であるディヴェルティメントは、オールソップとポーランド国立放送響の今秋の来日の演目に入って増して、興味があるんですが他の曲がね・・・・

現在の神奈川フィルの首席チェロである上森さんによるチェロ協奏曲。
いきなり始まるくり返し効果抜群の第1主題は、めんどくさい人ショスタコーヴィチを代表するようなメロディで、一度聴いたら忘れられないし、ソロカデンツァ楽章と最後にまたやってきて、この作品を忘れがたくしてくれる。
オケの日頃の仲間と聴き合いながらの上村さんのチェロは、ゴリゴリ弾くタイプではないと感じ、軽やかな1楽章となり、さらに木管の合いの手も素晴らしく、なんといってもこの日素晴らしかった読響からの客演ホルンの松阪さんの存在感が際立っていた。
痛切な2楽章が、この曲の肝だと思い、じっくりと聴きましたが、オケとともに悲壮感を盛り上げていくチェロソロに耳が釘づけに。
謎に満ちたチェレスタが効果的に鳴らされるところも、ライブだとよくわかりますね。
ショスタコーヴィチの緩徐楽章に共通する意味深でありつつ、どこかひねてしまった複雑さを、楽譜に忠実に変な思い入れもせずにしっかり聴かせることで、シリアス度合いがより高まったのだと思いました。
その後に続く長いソロカデンツァは、もう息を殺すようにして聴いたし、ホールの皆さんも1点集中でまんじりともせずに、技巧にあふれた上村さんの演奏を聴いた。
なんという緊張感あふれる音楽を書いてくれたんだろうか、ショスタコさんよ。
ところが一転、終楽章では情熱がほとばしり、爆発するようなオケとソロのぶつかり合いの展開になる、こんなところもショスタコさんの面白きところか。
ホルンを始め、洒脱なクラリネットや耳をつんざく木管に導かれ、例の主題であっけないくらいの結末。
ソロもオケもみんな大変なのでありましたが、息のあったコンビと、沼尻タクトの真摯な統率力で完璧な演奏となりました!

アンコールでは、波の図柄(北斎の神奈川沖?)のはっぴをまとって登場の上村さん。
まるで先のカデンツァの続きかと思わせるような集中力と緊張度の高いブリテンを弾きました。

後半はショスタコーヴィチの12番。
11番との姉妹作であり、粛清の悲劇を劇的に描いた前作に次いでの十月革命を描いたプロパガンダ的な音楽。
ソ連系の時代の演奏は前世の遺物と化し、いまや西欧系の純音楽系解釈によるシンフォニックな演奏が主体となったわけだが、この日の沼尻&神奈川フィルはまさに都会的ともいえるスタイリッシュなショスタコーヴィチで、オーケストラを聴く喜びと快感をも味わわせてくれるものだった。
それほどまでに、完璧で鉄壁のアンサンブルと、奏者のみなさんの優れた技量のもと、クールで鋭利なナイフのようなキラつくサウンドだった。
荘重な低弦の出だしから、速度をあげてすぐさまにクライマックスにいたる、その間のスピード感のよさも感嘆。
 殺伐とした緩徐楽章で木管や金管のソロが吹いては消え、また出てくるといったつかみどころのない雰囲気に、ドラが重々しくなり、そこへトロンボーンの一節が入るシーンなど、まさにライブでオケを見ながら聴く楽しみだ。
こうした沈滞ムードの作り方も精妙な指揮とオケあってのもの。
 一転、激しすぎる3楽章に聴衆はびっくりだ。
うるさくなりすぎないのもこの日の沈着な演奏だっただからだろう。
もっとハチャムチャな演奏もできたかもしれないが、そうした空虚なことはしないし、できないのがこのコンビか。
しかし、ここでの打楽器と金管の大活躍は目を見張るものあり、正直面白かった!
 さて全体総括ともいうべき終楽章は、それこそが虚しい音楽だろう。
妙に明るかったりして、勝利の兆しを見せるのであるが、このあたりの七変化ぶりも神奈川フィルのみなさんの確かな技量で楽しめた。
クレッシェンドしていって高まるクライマックスは耳の御馳走だし、すべての音が明確に聴こえるのも沼尻さんの耳の良さとオペラに精通した構成力のなせる技。
でも、ブラスの咆哮とファンファーレ、晴れやかな弦楽器、ティンパニや太鼓の痛烈な連打など、やればやるほど虚しい音楽なのである。
笑っちゃうくらいにすごかったが、でもそこに何があるんだろ・・・
そう思いながら、神奈川フィルの超熱演を聴いていた。
 すごい歓声とブラボーにつつまれたみなとみらいホール。
オケと指揮者にはブラボーであるが、わたしには12番はなんだかなぁ~という気持ち。
鳴りやまぬ拍手に応え、オケがひいたあと、沼尻さんは呼び出され声援に応えてました!

そうそう、拍手が始まって間もなく、席を急いで立つ方多し。
みなさん、渋谷へN響のマーラー3番へと急いだのでしょう。
サントリーホールでは「仮面舞踏会」、オペラシティでは読響、首都圏の音楽シーンはすごいんです。

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明るい曇り空のみなとみらい。

左奥の大桟橋には、大型クルーズ船が停泊中で、ノルウェー・ジャンスピリットです。
ほかにも何隻か停まっていて、外国人がいつにも増して多かった気がしますね。

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がんばってくれよ、横浜大洋ホエールズ・ベイスターズ。

思い切り楽しめた神奈川フィルの演奏会。

やはり石田組長がトップに座ると、かつては立つくらいに踏む込んだ弾きっぷりをみせたのですが、それでも楽譜に食らいつくようにして全霊を込めて奏でるその姿が楽員すべてに伝播し、音そのものにやる気とかなフィル独自の繊細な美音が出てくる。
それを支える山本さんが、この日はいたので、私がかねてずっと聴いていた頃のままの音と雰囲気が再現されたと思う。
その頃から変わらない楽員さんも多くいらっしゃり、この日はご挨拶もせず早々に引き上げましたが、実力ある若い方の増えた神奈川フィルの新しい音も十分に感じ取れました。
 ほんとうに素晴らしいオーケストラだし、身近にいつもあるわが街オーケストラとして、これからも演目を選んで聴いていきたいと思います。

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2025年2月15日 (土)

雑感、諸々

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春の先触れ、紅梅のほのかな香りも寒い中にも和みます。

今日は、日ごろ思っていることを脈連もなく書いてしまおうという回です。

①「なんでやねん!」

毎年、海外から多くのオーケストラがやってくるのは、コロナ禍を除いて日本という国が重要な音楽消費市場であることの証です。
欧米のオケが、お国ものや、そのときの指揮者の得意曲を引っ提げてくるわけですが、ここ数年のプログラムには??ばかりか、辟易とさえしてしまう思いなのですよ。
海外オケの来日に、多くの場合、日本人ソリストも登場して協奏曲プログラムが入るんです。
ベートーヴェンかチャイコフスキーかラフマニノフの協奏曲に、オケのメイン曲は名曲集ばかり。
多い曲を羅列してしまうと、ベートーヴェンの7番、ブラームスの1番か4番、チャイコフスキーの5番か6番、ドヴォルザークの8番か9番、ショスタコーヴィチの5番、マーラーは1番か5番、展覧会、ボレロなどなど。。。
せっかく、聴きたいオケが来ても、いつも名曲シリーズばかりで触手は伸びない。
しかも、チケットが妙に高くなってるのは、ソリストとマネジメント社のためか?とも思ったりしてしまう。
ともかく人気のある彼らを目当てにチケットは売れる。
前半で帰ってしまわないように、後半は誰でも知ってる曲を持ってくるのか?
マーラーを初めて聴くような聴き手も登場してしまうのです。
プロモーターの問題だとはっきりいって思うぞ。

がっかりプログラムは、ともかくほとんどのオケにいえる。
せっかくのロウヴァリとフィルハーモニアなのにチケットむちゃ高いし、ユロフスキーとベルリン放送なのにブラームスですよ、フルシャとバンベルクでべト7,ブラ1だよ、注目のシャニとロッテルダムなのに脅威のプロコ3番を弾き語りをさせろよ、ブラ4と新世界だぜ。
ケルン・ゲルツェニヒの久々登場は、ロトが「あれして」代役に好きな指揮者オラモになって、マーラー5番はともかく、べト7。
マーラーの5番は、佐渡裕とトーンキュンストラもやるが、5番はもうね、どこもかしこもやりすぎだよ。
オールソップとポーランドのオケが来るのは楽しみだが、またもソリストがーーで、メインも名曲で、ポーランドの音楽聴かせろよ!
ヤマカズとバーミンガムには、いつもの日本人ソリストが出てこないし、プログラムの展覧会にはひとひねりありよろしい。
スカラ座フィルが来るのはいいし、指揮者も目をつぶるが、ここにも日本人ソリストで、なんで悲愴とブラ4なんや。

こんな風につまらなくならないのは、ベルリンフィル、ウィーンフィル、バイエルン、ロンドン響、ボストン響などで、指揮者が大物だったりで、高額チケットでもソリストなしでも集客できると踏んでいるんだろう。
高いといえば、ウィーン国立歌劇場の「フィガロ」と「ばらの騎士」は、S席は土日になると82,000円で最安値でも29,000円ですぜ、だんな。

②「勝手にいじくるな!」

クラシック音楽をテレビで流すのはいいこと。
CMなどでも、効果的に使われ、それに興味を示した方がいれば喜ばしいこと。
ひとむかし前の、ニッサンのブルーバードのラプソディ・イン・ブルー、サントリーウイスキーの大地の歌、太田胃散のショパンなど、とてもセンスがあってよろしかった。
CM以外でも、ウルトラセブンでは曲が大いに寄与して名作となったりもしたのだ。
が、しかし、いまのクラシック音楽の使い方はひどい。
曲の選択と映像の内容に脈連なく、しかも瞬間芸のような切取り使用。
マーラーの千人を勝手に使うな、ヴェルディとモーツァルトのレクイエムもやめてくれ、怒りの日なのに、不適切な利用ばかりだろ、バチあたるぞ、カルメンもそう、みんな瞬間瞬間の効果音としてしか使用されていないのだ。
こんな使い方ではクラシック音楽への興味を引くどころが変な刷り込みとなるだろう。

③「地方分散を急げ」

人口の都市部一極集中、とくに東京への集中を各地に分散しないと日本の衰退は止まらず、他国に飲まれてしまう・・・・
実際は難しいことばかりで理想論だが、地方でも仕事があり、若い人、女性がやっていける社会を確立すれば、子育てにお年寄りも参画できて、少子化・高齢社会対策にもなるだろう。
また人も分散すれば、東京に集中する文化も地方に根付かせるっこともできるし、日本の伝統文化の衰退やネグレクトにもストップがかけられる。
東京はいたるところでビル工事をしているがもうやめて欲しい。
地方の主要都市に高層ビルでなく、それなりの建築物を造り、省庁や会社機能も移転させ、東京に出なくても、各地の中心都市で仕事や用事が済むようになればいい。
いまのままだと、政府の無作為な移民政策で地方に外国人のコミュニティができて日本人社会と異にするものが出来てしまうかもしれない。

④「政治家と官僚とマスコミを作り直せ」

アメリカでは革命とも呼ぶべきドラスティックな動きが進行中。
日本では、その真意をマスコミがまったく報道しないし、否定的ですらあるし、政治家もまったく違う方向を向いている。
基本は、国民のため、自国のため、それらに尽くし、そのためになることを政治化・官僚・マスコミがやればいいだけ。
でもぜんぶがそうじゃないことになっているし、国民の望んでないことばかりをやってる。
戦後80年、あらゆることがもう制度疲労を起こしてるんだと思う、道路陥没も被災地復興の遅延も、みんなそう。
がらがらポンをするときだろう。
愛国者が疎んじられる国は世界でも日本だけだよ。

⑤「横浜ベイスターズよリーグ制覇せよ!」

昨シーズンは史上最大の下剋上をやってのけたわれらがベイスターズ。
こんどこそ、リーグも制覇して、日本シリーズにも出て、総合優勝をして欲しいぞベイ。
川崎時代の大洋ホエールズ時代からの半世紀に及ぶファンです。

⑥「神奈川フィルよこれやって!」

定期会員から離脱してしまいずいぶん経つが、神奈川県人としては、神奈川フィルを愛し応援する心はずっとかわらない。
欲をいえば、現田&シュナイト時代の輝かしくもドイツ的な響きや、深遠なプログラムミングが忘れられない。
そのあとのマーラーチクルスも、オーケストラの存続もかかり、さらには震災というショッキングな出来事もあって、マーラーを一曲づつオケと聴き手が極めていくという喜びもあった。
 その神奈川フィルが、オペラのピットにはかつては多く入っていたし、定期でもよくコンサート形式で取り上げていた。
神奈川のオペラ団がなくなり、県民ホールもなくなってしまうなか、ピット入りは難しいとしても、オペラの手練れ沼尻監督のもとで始まった「ドラマテック・シリーズ」がうれしい。
一昨年に「サロメ」、ことしは「ラインの黄金」が予定されている。
この際、ハードルはあまりに高いが、リング4部作をぜんぶやって、朝比奈、飯守に続く快挙を成し遂げ、レコーディングも敢行して欲しい!

東京のオーケストラとは違った独自色をさらに出して欲しいのです。

以上

※勝手なことを言うはやすし
たまに吐き散らすのもよいでしょう
戯れ言としてお聞き流しくだされば幸いであります

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河津桜もほころんできました。

春はそこまで🌸

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2024年11月23日 (土)

ヴェルディ レクイエム 神奈川フィル400回定期 沼尻竜典 指揮

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色づく秋のみなとみらい。

神奈川フィルハーモニーの記念すべき第400回定期公演に行ってまいりました。

久々の土曜の横浜は、かつて始終通っていた頃と、その人の多さと整然と開発が進む都市計画の進行とに驚きました。

ともかく忙しく、せっかく感銘を受けたコンサートですが、blog起こしがなかなかできず、1週間が経過してしまった。

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  神奈川フィルハーモニー 第400回記念公演  

       ヴェルディ レクイエム

      S:田崎 尚美   Ms:中島 郁子
        T:宮里 直樹   Bs:平野 和

  沼尻 竜典 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団
         神奈川ハーモニック・クワイア
         クワイアマスター:岸本 大
    ゲスト・コンサートマスター:東 亮汰

       (2024.11.16 @みなとみらいホール)

300回記念公演は、2014年に川瀬健太郎の指揮でマーラー「復活」で、わたくしも聴きました。
さかのぼること、200回は現田茂の指揮で「蝶々夫人」(2003)、100回は佐藤功太郎の指揮で「田園」ほか(1992)、さらに1回目は大木孝雄の指揮で、ペルゴレージのスターバト・マーテル(1970)、このような歴史があります。

合唱を伴う大きな作品が、こうした記念公演にはプログラムに載ることは、世界のオーケストラのならいとなってますが、昨今はマーラーが選ばれることが多いのがトレンドかと思います。
そこでヴェルディのレクイエムを取り上げたことの慧眼。
世界に蔓延する不穏な出来事、日本は一見平和でも、海外では不条理な死が横行しているし、いま我々は常に不安に囲まれ囚われて生きています。
ヴェルディの書いたレクイエムの持つ癒しと優しさの側面、オペラの世界も垣間見せる、そんな誠実な演奏が繰り広げられ、満席の聴衆のひとりひとりに大きな感銘を与えることになったのでした。

プレトークでの沼尻さんのお話しで、このレクイエムのなかに、ヴェルディのオペラの姿を見出すことも楽しみのひとつと言われて、バスの歌にリゴレットのスパラフチレを思い起こすこともできますね・・、とのことで、私もそんな耳でもこの日は聴いてみようと思った次第でもあります。

そんな聴き方のヒントを得て、聴いたヴェルディのレクイエム。
ヴェルディの中期後半から後期のスタイルの時期の作品という位置づけでいくと、レクイエム(1873年)の前が「アイーダ」(1871)で、アイーダは劇場のこけら落としなどの晴れやかな節目に上演されるように、輝かしさとダイナミズムにあふれたオペラだが、それは一面で、登場人物たちの葛藤に切り込んだドラマがメイン、最後は死の場面で静かに終わる。
少し前の「ドン・カルロ」(1867)も原作が優れていることもあるが、グランドオペラの体裁を取りつつも、ここでも登場人物たちの内面に切り込んだヴェルディの円熟の筆致がすばらしく、ソプラノ、メゾ、テノール、バリトン、バスに素晴らしい歌がちりばめられていて、これらの歌手は、そっくりそのまま「レクイエム」のソロを務めることができる。
そして、レクイエムを聴きながら、自分では一番思い起こした作品は、「シモン・ボッカネグラ」で1857年の作品を、1881年に大幅改訂している。
レクイエムのあと「オテロ」(1887年)まで、オペラを書かなかったが、そのかわり「シモン」の改訂を行った。
主人公の死で終わるシモン・ボッカネグラ、そのラストはまるでレクイエムそのもの。
わたしはそんな風に、この日のレクイエムを聴いた。

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素晴らしかった4人のソロのみなさん。
このメンバーであれば、もっと自由に好き放題に歌わせて、オペラティックなレクイエムを描くことも可能だったでしょう。
しかし、沼尻さんの作りだすヴェルディのレクイエムは、ソロもオーケストラも、合唱も、すべて抑制の効いた真摯なる演奏だったので、4人のソロが突出することなく、淡々としたなかに集中力の高い歌唱に徹してました。

なかでも一番良かったと思ったのがメゾの中島さん。
繊細精緻な歌唱で、一音一語が明瞭、耳にも心にもよく届くそのお声は素晴らしい。
この演奏の1週前には、ノット&東響でデュリュフレのレクイエムを歌っていて、行けなかったけれどニコ響で視聴ができました。
 あとバスの平野さんも、驚きの深いお声で、ビジュアル的にもギャウロウを思い起こしてしまった。
田崎さんのソプラノも素敵でしたが、この曲のソロには強すぎるお声に思えて、もう少しリリックな方でもよかったかな、と。
でも、リベラメの熱唱は実に素晴らしく感動的でした。
テノールの宮里さん、ずばり美声でした。やや硬質な声はプッチーニもいいかも。
インジェミスコは聴き惚れました。

「怒りの日」で3度、「リベラメ」で1度、あのの強烈なディエスイレが登場するが、いずれも激しさや絶叫感は少なめで、4回ともに均一に轟くさまが、壮麗さすら感じるものでした。
カラヤンなどは、最後のディエスイレにピークを持っていったりして、聴き手を飽きさせない演出をするが、こたびの演奏では、そんな細工は一切なく、ひたすらヴェルディのスコアに誠実に向き合う着実な演奏で、抒情的な場面をあますことさなく引き出した桂演だったのでした。

ベルカントオペラのようなソプラノとメゾの二重唱「レコルダーレ」は美しい限り、圧巻だったのは4重唱と合唱の「ラクリモーサ」における悲しみも切実さというよりは、慰めを感じ、思わず涙ぐんでしまうほどだった。
若い頃、この作品のFM放送をエアチェックするとき、90分テープを用意すると、ちょうどA面の45分で、このラクリモーサが終わりました。
ほとんどが、すぐさまカセットを入れ替えることで完璧に録音できましたが、そうはならなかった演奏がベルティーニとN響のものでしたね・・・

光彩陸離たる「サンクトゥス」はみなとみらいホールが今回一番輝かしく響いた瞬間だった。
木管と弦のたゆたうようなトレモロに乗った、美しい「ルクス・エテルナ」では、素晴らしい音楽と演奏とに身を委ね、ホールの天井を見上げて音がまるで降ってくるのを感じていた次第。
そして、最後のソプラノを伴った劇的な「リベラ・メ」でした。
音が止んだあとの、ホールの静寂。
この素晴らしいヴェルディのレクイエムの演奏の終わりをかみしめる感動的な瞬間でした。

大規模な合唱団とせず、プロフェッショナルな精鋭で構成された神奈川フィルハーモニック・クワイアの精度の高さも大絶賛しておきたい。
あと、もちろん神奈川フィルは、これまで聴いてきた神奈川フィルの音でした。
そして、その音も若々しくもなった感あり、自分にはまた懐かしいあの頃の美音満載の神奈川フィルでありました。

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急に深まった秋は冬にまっしぐらで、みなといらい地区も秋から冬の装いに。

イルミネーションもいくつか撮りましたが、アドヴェントは死者のためのミサ曲にはそぐいませんので、ここでは貼りませんでした。

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次の神奈川フィル、さらには来シーズンは何を聴こうかと思案中。

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2024年2月24日 (土)

神奈川フィルハーモニー第392回定期演奏会 沼尻竜典指揮

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横浜みなとみらいの夜景。

この写真を撮るのも久しぶり。

目を凝らしてみると、かつてはなかったロープウェイも見えます。

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桜木町から、ランドマークタワーを抜けてのホールへのアプローチも久しぶりで、途中、神奈川フィルのポスターもあり、ますます期待が高まります。

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  グリーグ ピアノ協奏曲 イ短調

    ピアノ・ニュウニュウ

  マーラー 交響曲第7番 ホ短調 「夜の歌」

 沼尻 竜典 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

          コンサートマスター:大江 馨

        (2024.2.17 @みなとみらいホール)

マーラー7番だけで80分、これ一曲でも一夜のコンサートとなる。
1曲目にグリーグの協奏曲が演奏されるという極めて贅沢な美味しいプログラムでした。
プレトークでは、沼尻さんは、亡き小澤さんの思い出をお話しされ、またマーラーでの小澤さんのエピソードなども。

グリーグの協奏曲、はっきり言って、シューマンと並んで大好きです。
でも苦言を言わせていただければ、メインのマーラーとの兼合いでいけば、シューマンか、またはピアニストの徳性からいってリストでもよかったかな。
または、ラフマニノフでやってなかった1番とか・・・

自然を賛美、祖国の自然を歌いこんだグリーグの愛らしい協奏曲と、個人の感情の世界とドイツの自然と人間愛にどっぷり浸かったマーラー、この相いれないふたつの世界を一度にして味わえるという、これまた類まれなるプログラムなのでありました。

   ーーーーーーーーーーーーーーーー

幼い頃のニュウニュウ君の画像でしか認識のなかったが、ホールに颯爽と登場したニュー・ニュウニュウ君は、見事に背が高く、見栄えも抜群の今風の青年になってました。
自信にあふれた物腰は、かの国の芸術家に共通する物腰で、ひとたび鍵盤に向かうと没頭感あふれる演奏を披歴してくれます。
両端楽章でのダイナミックなか所では、文字通りバリバリと弾きまくり見ても聞いても快感呼ぶ演奏。
また、没頭の雰囲気は、音楽にすっかり入り込んで、フレーズのあと弾いた手と腕がそのまま宙を舞うような仕草をするし、へたすりゃ指揮までし兼ねないくらいに入り込んでる。
慎ましい日本人演奏家では絶対に見られないニュウニュウ君のお姿に、やはりかの国のピアニストを思ってしまった。
でも若いながらに、2楽章の抒情の輝きは見事でした。
ことにこの楽章での神奈川フィルの音色の美しさは、コンマスに組長なくとも、オケの特性として、みなとみらいホールの響きと同質化して、ずっと変わらぬものとして味わうことができましたね。

   ーーーーーーーーーーーーーーー

超大編成の80分が後半戦という、演奏のみなさんも、聴くこちらも、体力と集中力を試されるかのようなプログラム。

この日の満席の聴衆は、その集中力を緊張感とともに途切らすことなく聴きとおしたのだ。
オーケストラと聴き手の幸せな一体感は、かつてずっと聴いてきた神奈川フィルの演奏会、そしてみなとみらいホールの雰囲気ならではとも、久方ぶりに参加した自分にとって懐かしいものでもありました。
音楽に没頭させる、夢中にさせてしまう、マーラーの音楽がこれほどまでに、現代を生きる私たちにとって身近で大切なものになったとも感じました。

かつて、2011年、震災間もない4月に、マーラーチクルスをやっていた神奈川フィル、聖響さんの指揮で聴きました。
そのときは、若々しく素直な演奏で、横へ横へと流れるような流動的な棒さばきでありながら、時期が時期だけに、没頭的でなく、どこか遠くで醒めた目でマーラーを眺めたような感じだった。

そのときの流動的なマーラーとまったく違う、輪郭のはっきりとした明確かつ着実な足取りを感じさせた演奏が、今回の沼尻さんのマーラーだった。
数年前に聴いた、ノットと東響の演奏が、まさになにが起こるかわからない緊張感とライブ感にあふれた万華鏡のようなマーラーともまったく違う。
オペラ指揮に長けた沼尻さんならでは、全体の見通しのなかに、5つの楽章の特徴を鮮やかに描きわけ、最後の明るいエンディングですべてを解き放ってしまうような解放感を与えてくれた。
きっちりと振り分ける指揮姿も、後ろからみていて安心感もあり、オケへの指示も、さすがのオペラ指揮者を思わせる的確・明快な雰囲気でした。

テナーホルンの朗々たる響きで見事に決まった1楽章は、そのあとのゾクゾクするような7番の交響曲の一番カッコいいスタートシーンで、もうワタクシはこの演奏に夢中になりましたよ。
抒情的な第2主題では神奈フィルストリングスの美しさも堪能。
この主題と元気な第1主題とがからみあう、めくるめくような展開に、楽員さんみなさんをきょろきょろみながらチョー楽しい気分の私。

坂東さんの見事なホルンで始まる2楽章、コル・レーニョあり、カウベルあり、ティンパニの合いの手あり、哀愁と悲哀、そしてドイツの森の怪しさもあり、いろんなものが顔を出してはひっこむこの夜曲、楽しく拝聴し、オケがいろんなことやるのを見るのも楽しかったし。

7番で一番苦手な、影の存在3楽章。
音源だけだと、いつも捉えどころなく出ては消えで、いつの間にか終わってしまう楽章だけれど、視覚を伴いコンサートだと、楽しさも倍増。
弦の皆さんは、いろんな奏法を要求されるし、ほんと大変だな、マーラーさんも罪なお人だな、とか思いながら鑑賞。
ボヘミヤやドイツの森は、こんな風に深く怪しいのかなと思わせる演奏。

大好きな4楽章の夜曲。
以前から書いてますが、若い頃、明日からのブルーマンデーに備えて、日曜のアンニュイな気分を紛らわせるために、寝る前のナイトキャップとマーラー7番4楽章が定番だった。
望郷の思いと懐かしさ感じるこの楽章、ちょっとゾッとするような怪しい顔もかいまみせるが、そのあたりをムーディに聴かせるのでなく、リアルに、克明に聴かせてくれたこの日の演奏だった、
大江コンマスも素敵だったし、親子でマンドリンとギターで参加の青山さん、お二人の息のあった演奏もこの楽章の緩やかさを引き立ててました。
2011年も、お父さんの登場だったかな・・・?

急転直下の楽天的な5楽章。
ガンガン行くし、もう楽しい~って気分がいやでも盛り上がるし、よく言うワーグナーのマイスタージンガーの晴れやかさすら感じましたよ。
ハ調はやっぱり気分がいいねぇ~
なんども変転し繰り返される主題に、いろんな楽器がまとわりつく様は、下手な指揮とオケだときっとぐちゃぐちゃになってしまうだろう。
ここでも沼尻さんの打点の明快な指揮が、聴き手にも、それ以上に安心感を抱けるものです。
しかし、この楽章だけでも、泣いたり笑ったり、怒ったりしたような様々な表情をするマーラーの音楽は、ほんとうに面白い。
エンディングに向かうにつれ、わくわくドキドキが止まらなくなり、オケの皆さんを眩しい思いで拝見。
そして来ましたよ、すべてを吹き飛ばすような晴れやかなエンディングが、ジャーンと見事に決まりましたよ!
ブラボー攻撃に、わたしくも一声参加させていただきましたよ。

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終演後は、早めに帰らなくてはならなかったので、勝手に応援団の懐かしい仲間との大反省会には参加せず、遠来の音楽仲間の友人と桜木町駅近でサクっと1杯。
マーラー7番が大好きな方と、マニアックな話しをしつつ楽しい時間を過ごしました。
そのとき、お話しが出たのは、神奈川フィル聴衆も指揮者へのカーテンコールをしたらどうか、ということ。
たしかに、東響ではノット監督ばかりでなく、来演の指揮者に対してもとてもよかったときは、指揮者を呼び出すような熱心な拍手が継続しますね。
この日も、もっと頑張って粘りの拍手をすればよかったww

「何でもアリ」のマーラーの音楽が、いまこうして完全に受入れられる世の中になった。
やがて私の時代が来ると予見したマーラーさん。
人同士がリアルに交わらなくなくても生きていけるようになってしまった現代社会。
それでいいのだろうかと自問せざるを得ないが、その現代人にマーラーの音楽は、自己耽溺的に響くとともに、人間の姿と自然のあり様を見るのだろうか。

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2023年9月11日 (月)

神奈川フィルハーモニー 平塚公演

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昨年オープンした、ひらしん平塚文化芸術ホール。

手前は平塚小学校跡の脇に大樹を誇る樟樹(クスノキ)。

明治28年に芽吹いたものとされます。
平塚は、関東大震災と大空襲と重なる被災がありましたが、立派な雄姿に感心してホールを背景に1枚撮りました。

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  ホルスト 「セントポール」組曲

  ラヴェル  ボレロ

  朝岡 真木子 「なぎさ」

  中田 喜直  「歌をください」

  中田 喜直  「夏の思い出」

  平井 康三郎 「うぬぼれ鏡」

     S:岩崎 由紀子

  ムソルグスキー(ラヴェル編) 「展覧会の絵」

  オッフェンバック 「天国と地獄」ギャロップ

    太田 弦 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

          コンサートマスター:依田 真宣

        (2023.9.9 @ひらしん平塚文化芸術ホール)

ボレロと展覧会という名曲に加えて、惑星だけじゃないホルストの瀟洒な弦楽組曲、そして地元平塚のレジェンド歌手、岩崎さんをむかえてオーケストラ編曲伴奏で歌曲。
クラシック初心者から、ある程度の聴き手までを満足させるプログラムでした。

ヴォーン・ウィリアムズとともに英国の民謡を収集し、愛したホルストの面目躍如たる4編からなる弦楽のための組曲。
神奈フィルの弦楽セクションの美しさが光る演奏で、最後にグリースリーヴスの音色が浮かび上がってくるところは、実にステキでした。

もしかしたら、小澤&新日以来、何十年ぶりに聴くボレロの生演奏。
指揮棒なしで指揮をする若い太田くん。
昔聴いた40歳の小澤さんの指揮は、左手だけでずっと指揮をして、弦が奏で始めたら指揮棒を持った右手で振り始めました。
ともかく全身が音楽をまさにあらわしたような指揮ぶりでした。
もちろん太田くんには、そんな芸風はまだまだはるかに及びませんが、よく頑張りました。
欲をいえば、慎重にすぎたか、展覧会もそうだけど、少しハメをはずしてもいいのかなとも思いましたね。
でも、わたくしは、おなじみの神奈川フィルの皆さんのソロ、ベテランも若い方も、みんなうまくて、それぞれのソロを堪能しました。
とくに今月ご卒業の石井さんのファゴット、味わい深く、しっかりと耳に焼き付けました。

平塚出身の岩崎さん、プロフィール拝見しましたら、私が育ったエリアでもっとも憧れの高校のご出身で、そこから一念発起、郷土を愛するソプラノ歌手になられたとのこと。
二期会の会員でもあり、平塚周辺での活動もかなり活発だった由で、もしかしたら私もどこかで聴いていたかもしれません。
そんな風に、どこか懐かしい、優しい歌声の岩崎さん。
平塚の海を歌った地元産の美しい「なぎさ」、思わず切実な内容に歌唱だった「歌をください」、オペレッタ風、レハールを思わせるような軽やかな「うぬぼれ鏡」。
タイプの異なる3曲を、しっかりと歌い分け、聴き手の耳に優しく届けてくださった。
失礼ながら年齢を感じさせない素敵な歌声でした。
間にストリングスだけで、「夏の思い出」、夏の終わりに後ろ髪ひかれるような雰囲気に。

実は、生演奏で初めて聴く「展覧会の絵」。
いわゆる「タコミミ」名曲なので、リラックスして聴けました。
親しみすぎたメロディばかりなので、思わす、太田くんを差し置いて指が動いてしまうのを必死に押さえましたね(笑)
ここでも堅実・無難な演奏に徹した太田くん。
これまで、ことに「歌」が入るとあまり気にならなかったホールの鳴りすぎる響き。
このホール、前回は2階席で平塚フィルを聴いたときはブレンド感がよく、気にならなかったが、1階席中ほどで聴いた今回は、プロオケが全開したときの威力によることもさることながら、すべての音が前方と上方から降り注いでくる感じで、音が響きに埋没してしまう。
そのかわり、ソロのシーンは実によく聴こえるし、虫メガネで拡大したようにリアルに聴こえる。
一方で、トウッティになるとガーーっと鳴ってしまう。
指揮台は一番苦戦したかもしれませんね。
でも、大オーケストラの迫力を楽しむには充分満足で、多くの聴き手が興奮したこと間違いなし。
平尾さんのシンバルもバッチリ決まった!
展覧会終結と同時に、後ろにいらしたご婦人が、ふぁーーすっごい!と言ってらっしゃった。

思わず、笑顔こぼれるアンコールも、この演奏会のトリとして正解。

あれこれなしに、楽しいのひとことに尽きる演奏会でした。

終演後、ホールをあとにした楽員さんの何人かにご挨拶。
自分にとって懐かしい皆さんに、平塚の地でお会いできたのも嬉しい1日でした。

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これまた久方ぶりにお会いできた、神奈フィル応援メンバーとも再開し、平塚の地の魚で一献。

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鉄火巻は大好物で、最高のおつまみにもなります。

楽しかったーー。

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2023年6月25日 (日)

R・シュトラウス 「サロメ」  神奈川フィル演奏会

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音楽監督、沼尻竜典と神奈川フィルハーモニーとのドラマテック・シリーズ第1弾「サロメ」。

みなとみいらいでの神奈川フィルは、実に7年ぶり。

桜木町からの道のりは、変わったようでいて、変わってない。
ロープウェイが出来たことぐらいかもですが、やはり観光客主体に人はとても多い。

昨年11月に世界1のサロメ、グリゴリアンが歌うノット&東響演奏会を聴き、今年4月は、「平和の日」日本初演を観劇し、さらに5月には、世界最高峰のエレクトラ、ガーキーの歌うエレクトラをこれまたノット&東響で聴いた。
そして、これらのシュトラウスサウンドが、まだ耳に残るなか、神奈川フィルのサロメ。
シュトラウス好きとして、こんな贅沢ないですね。

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  R・シュトラウス 楽劇「サロメ」

   サロメ:田崎 尚美      
   ヘロデ:高橋 淳
   ヘロディアス:谷口 睦美   
   ヨカナーン:大沼 徹
   ナラボート:清水 徹太郎 ヘロディアスの小姓:山下 裕賀
     ユダヤ人:小堀 勇介      ユダヤ人:新海 康仁
   ユダヤ人:山本 康寛  ユダヤ人:澤武 紀行
   ユダヤ人:加藤 宏隆   カッパドキア人:大山 大輔
   ナザレ人:大山 大輔    ナザレ人:大川 信之      
   兵士  :大塚 博章    兵士  :斉木 建司
   奴隷  :松下 奈美子

  沼尻 竜典 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

    首席ソロ・コンサートマスター:石田 泰尚
         コンサートマスター:大江 馨

     (2023.6.23 @みなとみらいホール)

    ※救世観音菩薩 九千房 政光

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ご覧のように、オーケストラを舞台の奥にぎっしりと引き詰め、その前のスペースで歌手たちが歌い演じるセミステージ上演。
P席と舞台袖の左右の座席も空席に。
ヨカナーンは、P席の左手を井戸の中に想定して、そこで歌うから音像が遠くから響くことで効果は出ていた。
字幕もP席に据えられているので全席から見通しがよい。
ステージ照明は間奏や7つのベールの踊りのシーン以外は、暗めに落とされ、左右からのブルーや赤、黄色のカラーで場面の状況に合わせて変化させていたほか、パイプオルガンのあたりには、丸いスポットライトもときに当てられたりして、雰囲気がとてもよろしく、舞台上演でなくてもかなりの効果を上げられたのではないかと思います。

今後予定されているドラマテック・シリーズはこうした設定が基本になるのだろう。
すべての客席から、前面の歌手エリアがよく見えるようになることを併せて願います。

  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

①この日、もっとも素晴らしかったのはオーケストラだと思う。
神奈フィルをずっと聴いてきて、途中、移動や仕事の不芳などもあり遠ざかった時期があり、本拠地での演奏体験は久方ぶりだった。
お馴染みの楽員さんたちも多数、そして若い楽員さんたちも多数。
ほんとうに巧いオーケストラになったものだと、今日ほど実感したことはありません。
華奢すぎる感のあったかつての神奈フィルは、それが個性で、横浜の街を体現したかのような洒落たオーケストラだった。
現田さんとシュナイト師によって培われた、美音極まりない音色はずっとそのままに、オペラの人、沼尻さんの就任によって、本来もってた神奈フィルの自発的な開放的な歌心あるサウンドが導き出されたと思う。

細部まで緻密に書かれたシュトラウスのスコアは、物語の進行とともに、微細に反応しつつ、リアルに描きつくしてやまない。
ヘロデがサロメの気を引こうと、宝石やクジャクなどの希少な動物をあげると提案すると、音楽はまるで宝石さながら、美しい動物の様子さながらのサウンドに一変する。
私の好きな、サロメとヨカナーンのシーンで、サロメが欲求を募らせていくシーンでも、音楽は禍々しさとヨカナーンの高貴さが交錯。
ガリラヤにいるイエスを予見させるヨカナーンの言葉は、清涼かつ神聖な音楽に一変してしまう。
それでも、サロメはさらなる欲望を口走り、ヨカナーンは強烈な最後通告を行う。
このあたりの音楽の変転と強烈さ、演奏する側は、その急転直下の描き分けを心情的な理解とともに描き分けなくてはならないと思う。
 沼尻さん率いる神奈川フィルは、このあたりがまったく見事で、目もくらむばかりの進行に感銘を覚えたものだ。

このようなシーンに代表されるように、シュトラウスの万華鏡のようなスコアを手中に収め、指揮をした沼尻さんと、それを完璧に再現した神奈川フィルは、ふたたび言うが素晴らしかった。

②日本人でサロメを上演するなら最強のメンバー
田崎さんのサロメは、剛毅さよりさ、繊細な歌いまわしで、シュトラウス自身が「16歳の少女の姿とイゾルデの声のその両方を要求する方が間違っている」と、自分に皮肉を述べたくらいに矛盾に満ちたサロメ役を、無理せず女性らしさを前面に打ち立てた、われわれ日本人にとって等身大的な「サロメ」を歌ってみせた感じに思った。
そんななかでも、数回にわたる首のおねだりの歌いまわしの変化は見事で、ラストの強烈な要求は完璧に決まった感じだ!
長大なモノローグも美しい歌唱で、このシーンでは恋するサロメの純なる心情吐露なので、沼尻指揮する極美で抑制されたオーケストラを背景に、煌めくような歌声だった。

田崎さんとともに、先月のエレクトラで待女役のひとりだった谷口さん。
わたしの好きな歌手のおひとりで、ソロアルバムもかつて本blogで取り上げてます。
アリアドネ、カプリッチョなど、おもにシュトラス諸役で彼女のオペラ出演を聴いてきましたが、こんかいのヘロディアスも硬質でキリリとした彼女の声がばっちりはまりました!ステキでした!
谷口さんのCDに、神奈フィルのクラリネット奏者の斎藤さんが出ておりますのも嬉しい発見でした。→過去記事

福井 敬さんの代役で急遽出演した高橋さんは、ヘロデを持ち役にしているし、キャラクターテノールとしての役柄で聴いた経験も多い歌手。
役柄になりきったような明快な歌唱と、その所作はベテランならではで、舞台が引き締まりましたね!

P席から歌った大沼さんのヨカナーンは、高貴な雰囲気がその声とともに相応しかったが、井戸から出されて、舞台前面でサロメと対峙するとなると、声がこちらの耳には届きにくかった。
また井戸に召喚されると、またよく通る。輝かしいバリトンのお声なのに、ホールによっては難しいものだ。

気の毒なナラボート役の清水さん、恋する小姓役の山下さん、よいです!
ほかのお馴染みの名前やお顔のそろった二期会の層の厚さにも感謝です。

③この1か月の間に、ミューザとみなとみらいで、ふたつのシュトラウスオペラを聴いた。
どちらも響きのいいホール。
その響きが混ぜ物なくストレートに耳に届く「ミューザ」。
その響きそのものが音楽と溶け合ってしまうかのような「みなといらい」。
どちらも長らく聴いてきて好きなホールだけれども、いまは「ミューザ」の方が好きかも。
でも「みなといらい」にはいろんな思い出もあり、脳内であの響きが再生可能なところも愛おしい。

ノットの次のシュトラスは「ばらの騎士」のはず。
神奈川フィルは、次は・・・。
勝手に予想、フィガロ、オランダ人、トスカ、夕鶴・・・、な~んてね。

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終演後は西の空が美しく染まってました。

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久しぶりだったので、パシャリと1枚。

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野毛に出向いてひとり居酒屋をやるつもりだったけど、いい時間だったし、もうそんな若さもないので、サロメで乾いた喉は、お家に帰ってから潤しました。

【サロメ過去記事】

「サロメ 聴きまくり・観まくり」

「グリゴリアン&ノット、東響」

「二期会 コンヴィチュニー演出 2011」

「ドホナーニ指揮 CD」

「ラインスドルフ指揮 CD」

「新国立劇場 エヴァーディンク演出 2008」

「ショルティ指揮 CD」

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