東京交響楽団 名曲全集 R・アバド指揮
寒の戻りの雪の関東、明けたらきれいな青空。
川崎の商業施設「ラゾーナ川崎」に早咲き桜が置かれてまして、奥には腹ペコあおむしの子供たちの遊具があり、楽しそうな笑い声がして風は冷たいけれど春っぽい1日でした。
お隣のミューザ川崎で、ロベルト・アバド指揮する東京交響楽団を聴いてまいりました。
シューマン 交響曲第4番 ニ短調 op.120
ベルリオーズ 幻想交響曲 op.14
ロベルト・アバド指揮 東京交響楽団
(2025.3.20 @ミューザ川崎シンフォニーホール)
ロベルト・アバドの叔父は、偉大なるクラウディオ・アバドです。
クラウディオの父ミケランジェロは、ヴェルディ音楽院院長・ヴァイオリニスト・指揮者・教育者。
クラウディオの母マリアは、作家でピアニスト。
彼らがロベルトの祖父母。
父のマルチェロは、クラウディオの兄で、父ミケランジェロの後をついで音楽院院長、そしてピアニストとしても活躍。
そしてロベルトは、指揮者として50年近くのキャリアがあり、若いと思っていたロベルトさんも、もう70歳になります。
ちなみにロベルトの従弟で、クラウディオの息子ダニエーレは演出家として活躍中で、彼も67歳になり、昨年はついにスカラ座で父の愛した「シモン・ボッカネグラ」の演出を担当してます。
この時の指揮がロベルトでなかったのが残念ですが、東京交響楽団の次期音楽監督である、ロレンツォ・ヴィオッテイが指揮しました。
このヴィオッテイも音楽一家でありますね。
一流の音楽一家の家系であるアバド家です。
前置きが長くなりましたが、アバディアンであるわたくしとしては、ロベルトの指揮も絶対に聴くと決めておりました。
颯爽と現れるのが叔父クラウディオの常でありましたが、ロベルトさんは、叔父とほぼ同じ体格で、ささっとさりがねくステージに登場しました。
両曲ともスコアを見ながらの指揮で、今回は指揮棒は持たず、しなやかな動きでの指揮ぶり。
まっさきにわかりました、叔父クラウディオのように指先を反り気味にして振る姿はそっくりで、大振りはせず、でもときに左手を高くあげてフォルテを導きだすところも似てる。
風貌は若い頃のほうがそっくりで、いまは髪もホワイトグレーになり、静かな紳士然としたお姿なのでした。
シューマンとベルリオーズ、ともに「幻想」つながりで、プログラムとしても、初期ロマン派の馥郁たる音楽を味わえるステキなものです。
シューマンは1841年(1951年改訂)、ベルリオーズは1830年、それぞれの作曲年度ですが、ベルリオーズがいかに斬新でぶっ飛んでいたかがわかります。
シューマンも、ベルリオーズの幻想をすでに知ったうえで、影響を受けつつ書いたわけで、こうしてふたつ並べて聴くことで、ドイツとフランスの違いや、表題性の有無などの違いもあることは明確だが、どちらも情熱と夢想感、孤独感などが曲の根底にあるものと思う。
①ロベルト氏は、まずシューマンでは、一気呵成にスマートな響きでもって明るく演奏してみせた感じ。
ともかく音色は明るく、シューマンの晦渋さはいっさい感じさせず、歌に満ちたシューマンの4つの連続する「幻想曲」といったイメージだった。
メインの曲に据えるならもっと強弱をつけて、一気呵成にやることもあったであろうが、後半に控えるベルリオーズとの対比では、こうした歌うシューマンも美しくてよかったと思いました。
②ベルリオーズは文句なしの名演。
加えて対抗配置のオーケストラがシューマン以上に鮮やかに効果的だったし、いくつかある分奏も見ていて楽しいものだった。
オペラ指揮者であるロベルト・アバドは、まるでオペラを指揮するように、かなり細かに、的確に奏者のみなさんにキューを出していて、オーケストラがすぐさま反応している様子も正面から見ていて楽しくもあり、関心もいたしました。
丁寧に細やかな表情付けをともなった1楽章。
固定楽想がこんなに美しく歌い、奏でられるのは久しく聴いたことがなかった。
案外と一番よかったのが2楽章のワルツで、右手に並んで置かれたハープも実に心地よい合いの手を聴かせ、ほんとに美しい舞踏会のシーンでした。
ベルリオーズの抒情性が際立った3楽章は、さすがに東響の奏者たちがべらぼうに巧くて安心して、野の情景にひたりきることができた。
ステージの外で鳴るオーボエと最高だったイングリッシュホルンの最上さんとの遠近感の妙は、例えようがないほどに効果的でもあり美しかった。
真ん中に据えられたこの楽章でのフォルテを境にロベルトさんは、モードを切り替えたくらいにパワーチェンジ。
断頭台の4楽章では4本のファゴットが大活躍、低弦と金管、打楽器、それぞれの対比が鮮やかで、どの部もみんなくっきりと聴こえ、まったくうるさくなく明瞭・明確。
一方で、最後の一撃はかなりがっつりダイナミック。
胸が高鳴る終楽章、怒りの日が思いのほかテヌートぎみに奏され、これはまさに聖歌であることが呼び覚まされたとの思い。
こうしたいろんな発見は全曲のあちこちにあったことも記しておきたい。
オペラ指揮者として、どんな声部もおろそかにせず、息が通っているように響かせることを信条としているのでしょうか。
ともかく曲が進むにつけて、面白さもどんどん増していくような、そんなロベルトの幻想交響曲。
鐘もかなりガンガン鳴らしてくれたし、興奮の度合いもますます増して、吃驚さに加えて、さらにコル・レーニョも効果的に際立たせ、ラストスパートはアッチェランドもかけつつ大団円を迎えました!
もちろんブラボー献上!
奏者をそれぞれに讃えるロベルト氏、この日も最高に素晴らしかったオケの中にも入ってきて握手してました。
その人の好い姿と品のある笑顔に、やはり一族の血脈を感じましたね。
ほんとはアンコールで、「運命の力」を聴いてみたかった。
日本に来る前は、ソウルでヴェルディのレクイエムを指揮したようで、かなりうらやましい。
この次は、オーケストラピットにたつロベルト・アバドを聴いてみたいし、マーラーやチャイコフスキーも聴いてみたいですね。
またの来演をお待ちしてます。
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