マウリツィオ・ポリーニを偲んで
深夜にツィッター(X)を眺めていたら愕然としました。
ポリーニの訃報。
しばらく前から体調を壊していて、コンサートもキャンセルしていたばかり、ミラノの自宅で3月23日に亡くなりました。
享年82歳。
私にとってのポリーニは、朋友アバドがあっての存在でもありましたので、とても悲しいです。
アバドが10年前に80歳で去り、ポリーニがその10年後に82歳で旅立つ・・・
ともにミラノ生まれでした。
高校時代にポリーニを知り、もう50年が経過したけれど、ポリーニは数多いピアニストのなかでずっとトップランナーだった。
リサイタルで聴くことはできなかったのですが、コンサートでは2回。
小澤さんと新日フィルに来演して、シェーンベルクの協奏曲。
アバドとルツェルンとともに、ブラームスの2番。
脳裏に焼き付くピアノに向かい、高い集中力でもって演奏するその姿。
アバドも、小澤さんも、そしてポリーニもいなくなってしまった。
ショパン 練習曲集 (1972)
初めて買ったポリーニのレコード。
練習曲全曲を聴いたのもこれが初めて。
ストラヴィンスキーとプロコフィエフのDGへの初録音は、ずっと後で聴くことになりますが、ここでのショパンの音楽そのもの素晴らしさにも感激。
鋼のような強靭な打鍵と鮮やかな技巧による精密かつ彫像のようなポリーニのピアノ。
連日、青白いような情熱の炎を自分的にたぎらせて聴いたことも、わが青春の思い出であります。
当時は、柔のアシュケナージ、鋼のポリーニのイメージで、人気を二分しておりました。
ショパン 前奏曲集 (1974)
まだまだショパン初心者だった若い頃の自分には、続々と出てくるポリーニのショパンは、その作品理解を深めるとともに、その完璧な演奏はその曲のひとつの指標となったのでした。
24の曲が全体を通してみるとしっかりとした構成感につらぬかれているし、それぞれに詩的な豊さや歌もある。
ポロネーズ集もこの頃の大切な1枚です。
シューマン 幻想曲 (1973)
シューベルト さすらい人幻想曲 (1973)
ともに、それぞれのソナタ作品も収録。
ファンタジーと名をなすロマン派ならではの作品を、ポリーニは明晰に、明るい音色でもって弾き、ポリーニがイタリアの血を引くピアニストであることを認識できる。
一方で、こうした作品でも強靭な響きはポリーニならでは。
ほのかに感じる陰りも。
ブラームス ピアノ協奏曲第2番 (1976)
もう幸せしか感じないイタリアの陽光とウィーンの甘味さ感じる演奏。
一方で、存外に熱くもあり、気ごころしれたアバドとのコンビが、スタジオでもライブ感みなぎらせていたことがわかる。
バルトーク ピアノ協奏曲第2番 (1977)
ついにシカゴへ!
当時、これが出たとき、そんな風に思った。
マーラーでアバドと良好な関係をお築きあげていたシカゴの共演。
ときにオケの一員とも思われるくらいに打楽器的な様相さえ呈するすさまじいばかりのポリーニのピアノ。
このふたりの朋友の最高傑作だと思う。
ノーノ 力と光と波のように (1973)
ジャケットは借り物です。
レコード時代、前衛ということで、アバドが珍しくバイエルンと録音したというのに、この派手なジャケットに手がでなかった。
ノーノ、ポリーニ、アバドという3人が共感しあってのもの。
コミュニストとしてのノーノの当時の思いは、いまや化石化しているともいえるが、電子音やテープ音、トーンクラスターなども当時の前衛を今聴くのも懐かしさを感じる。
それこそ、打楽器としてのピアノは、ポリーニあってのもの。
今年1月、52年前に初演されたミラノのスカラ座で、メッツマッハーの指揮で演奏され、わたしも録音した。
おりしもそれは、ノーノの生誕100年とアバド没後10年のための演奏でした。
そのあとポリーニが逝ってしまうなんて・・・・
スカラ座のHPより
ベートヴェン 後期ピアノソナタ集 (1975~77)
若い頃にいきなり後期作品を一挙に録音。
ここでも冴えわたるポリーニの明晰極まりない音。
澄み切ったベートヴェンの後期様式に、イタリアの光が当てられたようで、そこにはまたミケランジェロの彫像のような力強さと、贅肉のとれた無駄の一切ない引き締まったイメージを感じさせる。
バックハウスのベートーヴェンばかりを聴いていた自分には、ヴェールが1枚はがされたような気がしたものだ。
協奏曲は、ベームとではなく、この頃にアバドとシカゴあたりで録音して欲しかったものだ。
イギリスのクラシック専門チャンネルの訃報ツィート。
先月の小澤さんの訃報に続いて、こうも世界に音楽家の悲しみの知らせが駆け巡るとは・・・
ショパンコンクールで彗星のごとく現れ、その後名前を消したかのように、楽壇から姿を消したポリーニ。
その後、70年代に突如として出現して、年代的にも音楽をどんどん吸収していった自分のピアノ分野での指標となったのがポリーニ。
2000年以降はあまり聴かなくなってしまいましたが、ずっと聴いてきたポリーニのピアノ。
ポリーニの前は、私世代では、バックハウス、ケンプ、ルービンシュタイン、リヒテルなど巨匠の時代でした。
そこに出てきたのが、アルゲリッチ、アシュケナージ、バレンボイム、そしてポリーニでした。
演奏スタイルのありかた、聴き方も変化していくなかで、ポリーニは巨匠ではなく修道僧にも似た音楽の探究者だったと思います。
よりヒューマンなアルゲリッチともぜんぜん違います。
2009年にルイージとドレスデンの演奏会の曲間に、ホールの外に深呼吸しに出たら、どうみてもポリーニさんに遭遇。
一服されてました。
ツァラトゥストラとアルペンというシュトラス大会、ポリーニさんも聴いていたんです。
スカラ座のHPは、ポリーニの追悼と変わってました。
喝采を受けるポリーニの姿、いい写真です。
天国でアバド兄貴とブラームスをやろうよ、と語り合ってるのかな・・・
マウリツィオ・ポリーニさんの魂が安らかでありますこと、お祈りいたします。
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