カテゴリー「アメリカ音楽」の記事

2025年12月21日 (日)

エイミー・ビーチ 交響曲とピアノ協奏曲

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麻布台ヒルズのクリスマスマーケット。

平日の日中ですが、多くの人々がいて、実はこれ人を消してみたんです。

自分で楽しむならこうした編集はいいものですが、FAKEとしてのダマシはイカンです。

先日のコンサートでアメリカの作品を聴きました。
その流れでアメリカの女性作曲家ふたりを続けて聴いてみよう。

最初は、エイミー・ビーチ(1867~1944).

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      エイミー・ビーチ 交響曲 ホ短調 op.32 「ゲール風」

           ピアノ協奏曲 嬰ハ短調 op.45

                 Pf:アラン・フェインバーグ

  ケネス・シャーマーホーン指揮 ナッシュヴィル交響楽団

      (2002.4.13-15 @アンドリュー・ジャクソンホール)

アメリカといういわば新しい国において、クラシック音楽はそのままヨーロッパから右から左に持ってきたものであり、アメリカに生まれ、アメリカというお国柄をその音楽ににじませた作曲家は、ゴットシャルク(1829~1869)あたりからだろうと思う。
アメリカの独立宣言は、1776年でベートーヴェンが6歳の頃だ。
この建国から90年後に生まれたのが、女性作曲家エイミー・ビーチで、スコット・ジョプリンと同じ年の生まれ。
ヨーロッパではドビュッシー、シベリウス、スクリャービンあたりと同じ世代。

こんな風に時間軸で見て聴いて考えることも、音楽の楽しみだろう。

アメリカ初の成功した女性作曲家という触れ込みがまず先に立つビーチさん。
作品数は300曲以上あり、交響曲を作曲した初のアメリカ人女性となる。
ニューハンプシャー州のヘニカーという街の出身で、場所的にはボストンの北、さらに北はカナダ国境、そしてモントリオール。
イングランドのピューリタンに遡ることのできる家系で、豊かな家柄でもあり、アマチュアピアニストだった母親の影響下幼少期から神童ぶりを発揮したものの、厳格なプロテスタント信者であった母は娘が公の場でピアノの才能を発揮し演奏することを快く思わなかった。
リストの弟子やボストンの有力な教師からさらに学び、やがて母親もその演奏を許したことから16歳でボストンで正式デビューした。

ピアニストとして、そして作曲家としてもアメリカとヨーロッパでも活躍する。
当初は距離的に近い大都市ボストンでの活動が多く、同地で外科医と結婚してビーチ夫人となる。
しかし、母親は医師の妻として振る舞うことを最優先にさせ、演奏会も限定的にさせたため、ピアニストとしての活動はまた少なくなる。
女性の活躍を阻むものは、やはり旧来の観念とそれに盲従する女性だったりするのか・・・
夫さんは、妻エイミーの才能を信じ応援し、そのことで今度は作曲に専念することができるようになり、数々の作品を産み出すようになったわけです。

ドヴォルザークがニューヨークで活動していた時期と重なるが、それは1892~95年のことだ。
ボヘミアから来た大作曲家の影響を受けたことは当然として、ブラームスの作風の影響も見られるのも確かだ。
新世界交響曲は1893年の作品だが、ドヴォルザークはアメリカルーツの音楽や素材にその精神性を求めて書いたわけだが、ビーチ夫人の1894~96年に作曲された交響曲は、彼女自身が否定しているとおり、自分自身のルーツや故郷に根ざした音楽としたし、そうすべきだと、ややドヴォルザークをディスる発言も残している。
「ゲール風」というのは、アイルランド、スコットランド、その周辺諸島の人々や言語をいい、実際にアイルランド風のメロディを用いているところからこのタイトルとなっている。
しかし、アメリカとボヘミアを巧みに融合させたドヴォルザーク、同じくアメリカとアイルランドをそのように音楽で結び付けたビーチ、ともにアメリカ軸の素晴らしい成果だと思いますね。
アイルランド風の旋律や民謡は3つ用いられていて、それぞれがなかなかに印象的だ。
1896年にボストン響で初演され、人気を博した。

1楽章は弦のトレモロから湧き上がる親しみやすい活気ある旋律から始まるが、これは自身の3つ歌曲集のなかの「Dark is the night」という曲から引用されたもので、それは荒波での航海というシビアな内容の詩である。
素朴な第2主題と併せ劇的な展開となるが、完全にロマン派風交響曲の開始楽章となっている。
2楽章はとてもロマンテックで、優しい旋律アイルランド歌がホルンを伴ってオーボエで奏される。
そして変奏曲ともなりスケルツォ風の中間部ではリズミカルで楽しい雰囲気に、、可愛い楽章です

3つめのレント楽章は、アイルランドの哀歌ともいえるアイルランドの人々の心にある悲しみ、夢想する感情を描いたもの。
泣きのヴァイオリンソロ、途中で加わるチェロソロも実に素晴らしく美しい。
終楽章は交響曲の常套でもある勝利の宣言のような高らかなフィナーレを持つ。
情熱と闘争、たくましく堅実な日々を過ごすアイルランドの人々を思い書いたという。
2つ目の主題が実に魅力的で、それはまさにアメリカのミュージカルや映画音楽にも通じていくうような雰囲気で、後年のハンスンの音楽をも思わせるもので、わたくしはとても気に入りましたね。
 そして音楽としては、パリーやスタンフォードをも連想させるものでした。

シャーマーホーン指揮するナッシュヴィル響の演奏は、この作品を知ると言う意味でまったく問題なく、録音も含めて過不足ありません。
父ヤルヴィやファレッタ女史の録音もあるようなので聴いてみたい。
そしてなにより、ボストン響のバリっとしたサウンドで聴いてみたい。

ダウスゴーとコペンハーゲン・フィルの2024年の演奏。
こうした知られていない作品を情熱的に演奏するダウスゴーは、あいかわらスピード感と情熱とで一気に聴かせてくれますよ。

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ピアノ協奏曲は1899年の作品。
ピアノ演奏を禁じるような母と優しい夫との家庭生活の葛藤のなか、ビーチさんは、自叙伝をしたためるような思いでこの協奏曲を書いた。
4つの楽章は、さながらブラームスのようだ。
しかし、その音楽は交響曲からさらに進化し、ロマンティックの極みに感じる。
自身の歌曲集からの引用があり、その歌曲の詩は夫が書いたもので母に捧げたものだったりする。

37分ほどの演奏時間のなかで、17分を占める長大な1楽章は華麗で、アディンセルのようなネオロマンをも感じさせ、ピアノのかなりのヴィルトゥオーゾ的な要素を要求され、情熱的なカデンツァは聴きごたえある。
亡き父への哀歌でもあった次作の歌曲から引用のある2つ目の主題がすてきだ。
 スケルツォの2楽章が、自分にはこれまたステキだった。
サン=サーンスっぽい洒落て小粋なムードがあり、夫の詩につけた歌曲の旋律がでてくる。
 ほの暗いムードの緩徐楽章は、やはり旦那の詩に付けた「Twilight」という歌曲からの旋律が引用されているが、彼女をとりまく重苦しくやるせない雰囲気をあらわしているのだろう。
あんまり長く続かないのが幸いで、アタッカで終楽章に入る。
ここでは、まるで交響曲のような勝利の活気ある宣言と感じるムードがあり、前の楽章の嘆きの歌も回顧されるものの、軽快なパッセージがとても気に入ってる。

1900年にボストンで作曲者自身のピアノで初演。
曲はベネズエラ出身でピアノのワルキューレ(女神)とも呼ばれたテレサ・カレーニョに捧げらた。
カレーニョさんは、これをベルリンフィルで演奏しようと試みたがうまくいかなかったらしい。
曲はビーチ夫人が自ら弾いて、欧米に広めていった。

しかし、ビーチさん、その作品は一部のヴァイオリン作品をのぞいて完全マイナー化してしまっている。
1楽章が壮大すぎてバランスは悪いかもしれないが、3,4楽章は一体化しており、お洒落なスケルツォ楽章を挟んでの対比でいえば、よく練られた協奏曲ではないかと思う。
ピアノも華麗でありつつも抒情的で瑞々しく、オーケストラにもソロがあったり、見逃せない瞬きもあり、演奏機会の増えてもいい佳品だと思います。



ダラス交響楽団の演奏会。
アン=マリー・マクデモットのピアノとアンヌ・タリの指揮。
実はCDのファインベルクのピアノより、こちらのアメリカピアニストさんの方がしなやかかつ繊細。
ビーチさんの思いがよく伝わる演奏だし、アンヌ・タリさんの指揮姿も凛々しいです。

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マーラーやショスタコーヴィチにあふれかえる演奏会。

そろそろ、ポスト、次の作曲家・作品が模索されるだろうか。
先だってのコープランドの交響曲でも感じたし、その3番の交響曲は演奏頻度があがり、来年は日本でもいくつか演奏される。
マーラー以降の交響曲作品はまだまだ多数あり、協奏曲やオペラもしかり。
クラシック音楽の受容の減退や聴き手の高齢化などの諸問題は世界共通だが、一方で新たなレパートリーの開拓などもなされていることも現実。
ワタクシのように、音楽を聴くことを止められないヒトを増やすことを業界全体で取り組んで欲しいものです。

ふたりめのアメリカ女流作曲家、次はフローレンス・プライス。
年明けになりますが取り上げますと同時に、女性作曲家を順次聴いてまいります予定です。

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2025年12月15日 (月)

東京交響楽団定期演奏会 コリンズ指揮

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クリスマスも近づき、ますます雰囲気豊かなサントリーホール前、カラヤン広場。

この日はともかく気温も下がり寒かった。

でも熱気と若さあふれる演奏で、帰り道は頬が火照りましたよ。

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    東京交響楽団第737回 定期演奏会

  マルサリス  ヴァイオリン協奏曲 ニ長調

  アルベニス  アストゥリアス(伝説)~アンコール

       Vn: 大谷 康子

  コープランド  交響曲第3番 

       ロス・ジェイミー・コリンズ指揮 東京交響楽団

       コンサートマスター:景山 昌太郎

          (2025.12.13 @サントリーホール)

大谷康子デビュー50周年記念の定期演奏会。
そして本来なら秋山和慶さんが指揮する予定だったが、年明けの驚きの訃報・・

長く東響のコンサートマスターを務めた大谷さんが、今年各オケでいろんな協奏曲を弾いてきたなか、もっともチャンレンジングな作品がマルサリスでありましょう。
親愛を込めて大谷姐さんと呼びたくなるくらいに明るくチャーミングな彼女、コンマス席以外では、だいぶ以前にメンデルスゾーンを聴いて以来だし、新潟の遠征で地元のCDショップで偶然にお会いし、ちょっとだけ会話したことがあります。
あと大谷さんは柴犬が大好きとのことで、いつも見ていたyoutubeの「柴犬小春」というネット番組に突然登場して超絶驚いたものです!

そんな親しみあふれる大谷さんのマルサリス作品。
ジャズのイディオムと正当クラシック様式との融合。
大好きなニコラ・ベネデッティ(ニッキー)のために書かれ、そのCDは昨年に何度も繰り返し聴きブログ記事にも残しました。
本日のプログラムを演奏開始前直前にさらりと読んだら目が点に。
そのニッキーがマルサリスと結婚していて、子供まで授かったとのことが書かれていた。
ファンのワタクシとしては、そのことに驚き、真っ赤なドレスの大谷さんが登場して静かに曲を弾き始めても、ちょっと上の空だったのです・・・
でも、安心してください。
こんなナイスな音楽を作るミュージシャンと、さらなるコラボレーションが期待できるじゃないか、と思いを新たに眼前の演奏に聴き入るのでした。

1楽章の平安感じるおおらかなメロディを麗しく聴かせてくれた大谷さん、ほんといいメロディだなぁと思いましたね。
この楽章の終わりに、終楽章の前触れがあり、期待が高まる。
2楽章でオケがかもし出す多様な世界、東響の打楽器陣の切れ味のよさ、喧騒がヴァイオリンソロの音を打ち消すことなくコリンズ君も巧みにコントロール。
長い超絶的なカデンツァも聴きごたえあり、相伴したドラムも実に素晴らしかった。
前章から流れるように続く3楽章ではさらにブルーな雰囲気のジャズっぽくなるし、木管などの合いの手の巧みなもので感心することしきり。
静かに憂いを含んで3章が終わると一転して誰しもウキウキしちゃう4楽章。
楽員さんの多くが足を踏み鳴らし、手の空いた方は手拍子もしつつ、大谷姐さんは楽員さんたちとの競演を楽しそうに、しかも超絶パッセージをものともせず弾きまくる。
フィドル奏法もここでは極まれり、憂愁もそこにはさしはさんで多様な奏法、さまざまな音色に表情が続出。
あー、楽し~い、と思いつつヴァイオリンソロといろんなことやってるオーケストラの皆さん、ノリノリのコリンズ君などを見比べておりましたよ。
そしてラストのフェイドアウトシーンは、舞台袖に去っていくかと思っていたら、なんと弾きながら音も弱めつつステージを降りてこっちへ向かってくるじゃありませんか!
ワタクシのほぼ3列前ぐらいまでいらして、ヴァイオリンの音は再弱音となり静かに曲を閉じました。

面白かった!
いつまでもチャレンジ精神を失わない若さと、持ち前のあかるさが、マルサリスのナイスな作品にピッタリとはまりました。
オーケストラとも顔を見合わせながら旧知の仲良しぶりがわかり、ステージに戻るときにベテランの田尻さんが、さりげなく手を差し出していたのも微笑ましかった(コリンズ君も手をのばしたが、大谷さんは田尻さんに手を添えました)。
アンコールのアルベニス作品をヴァイオリンで聴くの始めてかもですが、スペイン臭満載の異国情緒味わえる、これまた超絶技巧の作品であり、すてきな演奏でした。

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イギリス生まれ、フィンランド育ちというコリンズは2001年生れの24歳の新鋭。
NDRフィルの副指揮者の任にありレパートリー拡充中で、すでにおおくの欧米オケを指揮しているし、ピアノにも長け、バリトンの声も持っているとういう多彩な才人だし、さりげないピアスもお洒落なイケメン君です。
 コープランドの大作第3交響曲は、シリアスであると同時に、やはり交響曲の常套を踏んだ勝利宣言を最後に持つ本格交響曲だと思う。
打楽器多数、ハープも2台に、ピアノも加わるフルスペックの大編成。
懐かしさ漂う曲の出だしから、前のマルサリス作品とはまったく違うアメリカの草原や広大な自然の景色が見えてきた。
コリンズ氏、なかなかスッキリと雑味なくオケを鳴らすし、耳のいい指揮者だなと曲が盛り上がりをみせつつ進行するなか思いました。
2楽章の無窮動的なスケルツォは、大編成のオケがいろんなことをやっていて楽しかった。
ピッコロ2本というのも初めて見たし、打楽器も大活躍だ。
コリンズ君もリズム感いいし、中間部の牧歌的な運びもうまく対比が出てたし。
一転、深刻なムードに包まれる3楽章、とりとめない曲の運びに、いつあのファンファーレの兆しが出てくるのかと心待ちにしていた自分。
しかしそこに至るまでが案外と長いし、コープランドらしい弾むような中間部も楽しめた自分。
この楽章がもう少しアパラチアの春的な抒情味にあふれていたら、作品としてもっとわかりやすく有名になっていたかも・・・なんて思った。
そしてあのファンファーレが始まり、ブラスが輝かしく鳴り響き、ティンパニがかっこよく決め、ドラが響き渡る。
この解放感は気持ちがいいし、キターって感じだったし、東響は冴えまくってた。
テンポを上げて弦楽器が駆け巡り、さらに目まぐるしい展開が続き、コリンズ君も右に左にと忙しくしてる。
ピッコロの爽快なる活躍を経て、徐々にあのファンファーレ主題を用いて盛り上がってゆくさまは壮観であり、興奮と快感を呼び覚ますものであった。
もう、コリンズ君も東響のみんなも、カッチョええーぞ、と思いつつ大エンディングとなりましたよ。

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大きなブラボーに包まれました。
もちろん、曲が終結して、しばしの間ののちに。
わたくしも、一声、参加いたしました。

またどこかで聴いてみたいと思わせるコリンズ氏。
世界のどこかのポストに就くかもしれず、楽しみです。

Collins

しかし、プログラムのせいなのか、代役が無名だったからなのか、年末の土曜のせいか、お客さんは少なめでした。
定期としては1度限りのものだったし、なんといっても大谷康子さんのマルサリスが聴けるという貴重なコンサートだったのに。
私は、超絶、楽しみましたよ!

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過去記事「マルサリス ヴァイオリン協奏曲」

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2021年2月27日 (土)

アイヴズ 交響曲全曲 ドゥダメル指揮

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お台場の対岸、芝浦から見た様子。

フジテレビの横はヒルトンホテルで、よく見るとその前にオリンピックの五輪がありました。

Yoyogi

こちらは、代々木の国立競技場前。

どうなっちゃんでしょうね、オリンピック。

来年の北京なんてもってのほかと思うし、その意義とともに、揺れるオリンピック。
もうこうなったら、永久にアテネでやることでいいんじゃないか?

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 アイヴズ 交響曲第1番

                  交響曲第2番

      交響曲第3番「キャンプ・ミーティング」

      交響曲第4番

  グスターボ・ドゥダメル指揮 ロサンジェルス・フィルハーモニック
                ロサンジェルス・マスターコラール(4番)

   (2020.2.20~29 @ウォルトディズニー・コンサートホール LA)

アイヴズ(1874~1954)の交響曲を全部聴く。
ありそうでなかったアイヴズの交響曲全集が、いきなり出ましたので即購入。
調べたら、全集としてまとまってるのが、ティルソン・トーマスで、バラで出てるのが、A・デイヴィス、リットンぐらいかな。
バーンスタインも全部録音してない。

そんななかで出てきたのがドゥダメル盤で、手兵のロスフィルとスタジオ録音で、しかもドイツグラモフォンから出るというナイスな企画。
この録音時、アメリカにコロナが上陸し蔓延中だった。

ドゥダメルの指揮は、これまでいつも懐疑的で、シモンボリバルと輝かしく登場したときは、まったく面白く聴くことができたけど、その後、音楽界の早すぎる使いまわしともいえる押し出しぶりが、どうも本人不在のように感じて、逆にドゥダメルの個性を感じさせるものがないものばかりに思えるようになった。
スカラ座と来日したときの演奏会など、ちょっとつまらなすぎて・・・
メータのように、ロサンジェルスでじっくりと腰を据えてオケとともに成長して欲しいものだ、と思っていたらこのアイヴズです。

4曲聴いた印象を先に書いちゃうと、ともかく明快で、音楽の隅々までに光があたっていて、アイヴズのさまざま錯綜する音たちが、どれもこれも気持ちよく聴こえるのだ。
パッチワークのように紡がれたいろんな風景が、ひとつにまとまっていくのを聴くアイヴズの音楽の醍醐味をまざまざと楽しみながら味わえます。
2CDという組物で、曲順に順番にすらすら聴けちゃうというメリットも大きい。
短期間で曲順に一気に録音することの強みもここにあり、集中力とともに、ドゥダメルとロスフィルがアイヴズを日にちを追って極めていくような感じを受けます。
4番の最後の讃美歌には、演奏者と同様に、コロナに負けないぞーみたいな神々しい感動を受けることとなります。
 デッカ時代のロスフィルの音、さらには、ジュリーニやプレヴィンのときのものと、響きがぜんぜん違うのは、やはり響きのいいディズニーホールトーンのもの。
サロネン時代も後半は、ディズニーだったけれど、それとも違って豊穣な響きに感じるのはドゥダメルの音作りにもよるのだろうか。

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ホリデー・コンポーザー、チャールズ・アイヴズ。(過去記事を少し引用)
休日作曲家なので、趣味っぽいとかはまったく言えず、実際は音楽家だった父親からみっちり教育を施されたほか、大学でも正規に作曲を学んでいる本物の作曲家。
軍楽隊長だった父の影響は、シリアスな音楽に突然割り込んでくる軍楽隊のマーチや賛美歌、街の喧騒音などの同時進行ぶりに現れている。
このあたり、同時期に活躍したマーラーの音楽にも通じるところがあるが、アイヴズがもっと独創的で大胆。
 そんな独創性が、アメリカでは絶対に受けないと考えたアイヴズは生計を立てるために保険会社のサラリーマンとなり、高業績を納め、さらに会社まで設立してしまったのは有名なおはなし。
 その合間に作曲をしたから日曜作曲家と呼ばれてしまうわけなのですが。

①1895~98年作曲の第1番。

20代初めの作は、これはまるでビゼーやプロコフィエフのような古典・ロマン派風で、かつヨーロピアン。
牧歌的なほのぼの緩徐楽章に、スケルツォ風楽章、最後はさまざまな要素が同時進行で絡む、にちのアイヴズ先取りの楽章で、打楽器も多用されにぎにぎしい。
以外に面白いぞ1番。

②1900~01年作曲の第2番。
さまざまな22曲ものアメリカの唱歌や民謡が引用されが錯綜する。
1楽章は、厚い弦でシリアスに始まり、ついでアイヴズの面目躍如たる2楽章は、元気で陽気なブラスバンド風なサウンドから、ノスタルジックで田園風かつ敬虔な賛歌とが交錯。マーラーの6番みたいなのも感じるし。
緩除楽章たる3楽章の、アメリカの方田舎を思わせる、夕暮れ時のしみじみ感は、ほのぼのと、まことにステキであります。
次ぐ4楽章は、短い橋渡しで最初の楽章の回帰で、弦ばかりでなく、フルオケ。
一転して、明るく楽しげな終楽章は、フォスターのおなじみに旋律に、懐かしい調べも交えつつウキウキと進むと思ったら、速度を落としてホルンがフンパーディンクみたいな望郷さそう、アルペンチックなソロを吹く。
また元気に走り出し快活に、でまたしみじみ調に戻り忙しいが、さきのホルンのメロディーを今度はフルートのオブリガートを伴いながら独奏チェロが奏でる。ここにはほとほと感動しますね。
で、あとは元気を吹き返し、ずんずんずんずん、お祭り騒ぎに突入し、突如の不協和音一発でオシマイ!
 楽しーーー、アメリカ・ザ・ビューティフル、なんでもありの、これぞアメリカだ。
最近は2番が一番好き。
川瀬&神奈川フィルでも新世界と組んだコンサートで聴いた。
ドゥダメルもこれは好きみたいで、なんとウィーンフィルの定期でも取り上げていて、わたしもネットで聴いたばかり。
ムジークフェラインに響くアイヴズの交響曲、観客はブラボーかましてましたよ。

③1904年作曲の第3番「キャンプ・ミーティング」
アメリカの地に入植した人々。
キリスト教を奉じながらも、聖職者や教会、集会所も場所によってはなくって、宗教への渇望が人々にはあった。
その望みを癒すために、移動集会のようなものが開催され、そこに人々は何日もかけて集まり、そこに滞在して、信じるキリスト教の集会に没頭したのだった。
それが、「キャンプミーティング」らしい。
アメリカの教会やテレビの伝道演説は、かなりアグレッシブで熱っぽいから、日常から離れた泊りがけの集会への参加は、かなり盛り上がったのではないでしょうか!
「古きよき仲間の集い」
「子供たちの日」
「コンムニオン(聖餐式)」これらのタイトルがついた3楽章形式の室内オケ向きでもあるシンフォニエッタ風の交響曲。
かなり穏健で、アイヴズが育ったニューイングランド地方の良き時代を思い起こさせる懐かしい響きに満ちている。
懐かしき1楽章、子供たちの笑顔もうかがわせるような2楽章に、敬虔な祈りの場面。
讃美歌の引用が多く、それがいろんな楽想と絡み合いながら、アイヴズならではの、一筋縄ではいかない複雑さも、実は醸し出している。

③1909~16年にかけて作曲の第4番。
4楽章形式で、第1と第4に合唱が入るがいずれも賛美歌。
寄せ集めの素材40曲以上ともいわれるが、それが最初は目まぐるしさを感じさせるが、聞き込むと徐々に旋律の出し入れが見えてくるし、いずれもアメリカ風の旋律ばかりなので、親しみやすいことに気付いてくる。
アイヴズの創作の腕が、こうして4番で確実にあがっていて、1番とは別人のようだ。
1楽章は短く、「夜を守る友よ」「はるかに仰ぎ見る」が荘重に歌われるが、どこかカオスな雰囲気で後ろ髪を引かれる美しさがある。
2楽章に至って、いよいよ複雑極まる雑多なごった煮音楽が始まる。これを紐解くのは至難の業だし、旋律を追うような聴き方の私のような人間にとって不可能に近い。
ピアノソロ、ピアノ4手連弾、調律の狂ったアップライトピアノ、オルガンといった指定のある鍵盤楽器がときに乱れ打つように弾き鳴らされ、ブラスはにぎにぎしくマーチングサウンドを垂れ流し、ジャズバンドもやってくる。
よく聴くとモーツァルトまで顔をだす。
このごった煮の状態は、副指揮者を要するが、いまの指揮者たちやオーケストラは単独でできちまうのか!
思えば、小沢さんは、70年代にこれを安々と一人でこなしていたところがスゴイ。
この2楽章を何度も何度も、そう何度も聴いたが覚えられないのが愉快すぎる(笑)
 3楽章は別人のような音楽が流れる。
フーガの手法で、讃美歌を引用し歌い紡ぎ、オルガンも加わり荘重で感動的な旋律が幾重にも重なってゆき、最後はなかなかに感動的な場面となる。
この楽章はまったくもって素晴らしく、いつまでも真摯に浸っていたい。
これぞ、これもまた、私たちが思うアメリカだ。
4楽章、冒頭は打楽器と低弦が怪しい雰囲気をかもし出す。
この楽章は、実存に対する宗教的な経験を象徴しているとされるが、最後の方で、その錯綜するオーケストラのリズムに乗せて、合唱がアカペラ風に入ってくるところは、聴いているとようやく光明が差したかのような気分が横溢し、おさまるとことに収まった感があって、安心とともに、大いなる感動を味わう。
でも、まだどこかしら不安の残る終わり方・・・・
こうしてアメリカよ、ついでに日本も難局を打破して欲しいと。

「芸術の作法」は学術的なものや決められた書式から生まれるものでなく、人生経験や日常の中から生まれてくる、というのがアイヴスの考えだったという。
まさに、この交響曲はその言葉どおりの音楽と受け止めていいのかもしれない。(以前のブログから引用)
シカゴを指揮したティルソン・トーマス盤には、この4番が引用した讃美歌が5曲収録されていて、それもともに聴くと分かりやすく理解の一助となります。

4曲のなかで、2番が一番聴きやすく好きだけど、4番の充実ぶりには叶わないし、何度聞いても味わいつくせない、いやよくわからない、スルメを噛むがごとき音楽に思うのだ。

ドゥダメル氏は、ロスフィルとともに、こうした路線を進めて欲しい。

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お台場のニューヨーク。
アメリカのオーケストラとともに、アメリカの都市探訪をシリーズ化してますが、今回はロサンジェルスながら、またの機会にといたしたく。
映画や音楽で憧れた西海岸は、いまや、わたくしのあこがれの地域ではなくなっってしまったようだ。
移民があふれ、SF市などは、どこぞの国に乗っ取られた様相を呈している。
でも、それもまたアメリカなどだと思うようにしないと、この国の在り方がどこかわからなくなる。
 他国の選挙ながら、先の大統領選には、やきもきしたくちです。
不正がとおってしまったが、政治はまた違うかたちで継続される。
自由と民主主義の国の姿を強く、いつまでも見せて欲しいと思う。
 アイヴズを聴きながら、アイヴズの愛したアメリカは、ほんとうはどんなだったんだろうと・・・・・

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2020年12月28日 (月)

アディンセル ワルソー・コンチェルト ペナリオ&ドラゴン

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クリスマス以来、東京タワーはこのライトアップ。

「2021年も前に!ススメ☆」ということで、すべての人が幸せに、という願いを込めたものらしいです。

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真下からみても、ともかくキレイ。

昔の東京タワーは、夜はライトアップなんてしてなかったはず。
タワーと同期だけど、年々進化して綺麗になるのに、人間のワタクシはどんどん劣化。

思い出に生きる。

Hollywood

  アディンセル 「ワルソー・コンチェルト」

     Pf:レナード・ペナリオ

   カーメン・ドラゴン指揮 ハリウッド・ボウル交響楽団

             (1950年代後半)

この10分以内のロマンティックな曲が大好きなんです。
リチャード・アディンセル(1904~1977)は、英国の作曲家で王立音楽院出身の本格作曲家だけど、その名前は映画音楽・ドラマ音楽の作曲家として知られている。
一番、有名なのがこの作品で、1941年公開のテレンス・ヤングの原作、デスモンド・ハースト監督の映画「危険な月光」(Dangerlous Moonlight)のなかで演奏される曲であります。
「ドイツ軍のポーランド侵攻の戦時下を舞台にした、連合国側女性ジャーナリストと、ポーランド軍に帰属する戦闘パイロットでピアニストとの悲恋の映画 。
恋に落ちたふたり、でも彼の任務はドイツ空軍機に特攻をかけることで、その任務を遂行するが命は取りとめ、しかし記憶を失う。
回復し、ドイツ軍がロンドンを爆撃するなか、自身が作曲した「ワルソー・コンチェルト」を思い出し、過去の記憶も併せて思い出し、愛する妻に最初に語りかけた言葉も思い出し、再び「月が明るく出ているときは危ないよ」と優しく語りかけるのあった・・・・・」

まさに戦時下の音楽であり、この切ないほどのロマンあふれる音楽。
まるでラフマニノフなのは、ハースト監督が最初はラフマニノフに音楽を依頼したからとか。

アディンセルは、この音楽のほかにも、「チップス先生さようなら」とか「二都物語」「クリスマスキャロル」など、多くの映画に音楽を提供してます。

 そして、ペナリオもドラゴンも、ともにアメリカが生んだ才人。
ペナリオは、若き小澤征爾ともレコーディングがあるし、RCAに多くのレコードがあるし、ハイフェッツとの共演も有名。
ここでは、慎ましくも優しいピアノを聴かせてくれます。

あと懐かしい、カーメン・ドラゴン。
以前にも記事にしてますが、子供の頃、AM810 「FEN」(現AFN)をよく聴いていた。
アメリカ軍の放送局で、有名なディスクジョッキーの番組もあったし、アメリカ色満載で、耳で楽しむアメリカそのものだった。
そんななかに、日曜の朝のクラシック番組があり、その案内役がカーメン・ドラゴンだった。
「Hellow, This is Carmen Dragon」 で始まる、とてもいい声のドラゴンさんは、イタリア系のアメリカ人音楽家で、やはり映画音楽にも多く携わっていたほか、ワルターのコロンビア交響楽団とメンバーの出自を同じくする、ロサンゼルス・フィルハーモニック・アソシエーションという団体から成り立った「ハリウッド・ボウル交響楽団」を率いて、キャピタルレーベルに多くの録音を行った。
ライトなクラシックというイメージが強い指揮者だったけど、クラシック入門としては最適だし、ときに、ムーディにBGM風に耳を傾けるときなど、ドラゴンの手の入った名曲などいいものだ。
 そんななかに、「ワルソー・コンチェルト」が入ってまして、うれしくなって購入したもの。
何度聴いても、いい曲だし、短いからちょうどいいし、年代を感じさせる録音の具合もよろしい。

どっかの国にすっかり侵食されてしまったハリウッド。
かつての華やかなりし銀幕の世界はいまいずこ・・・・・
頑張れアメリカ!
MAGA!

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お月さんと一緒に。

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「ワルソー・コンチェルト」と東京タワーでした。

過去記事

「フィードラー&ボストン・ポップス」

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2020年11月15日 (日)

コープランド 市民のためのファンファーレ メータ指揮

Daiba-a

 コープランド 「市民のためのファンファーレ」

   ズビン・メータ指揮 ロスアンゼルス・フィルハーモニック

                           (1977.8 @LA)

ジャケットはマゼールのガーシュインのものなので、ここでは載せません。

昨日、レインボーブリッジを徒歩で走破して、対岸のお台場の海岸を散策してきました。

幸せそうなカップルばかり、あときっと貴重なお休みを楽しむ東南アジア系の若いグループなど。

いずれもみんな笑顔。

 心を鼓舞するような決然としたファンファーレ。

公正と正義!

お台場の自由の女神が持つ銘板には、アメリカの独立とフランス革命の年がそれぞれ刻まれてます。

勝ち取った自由を堅持する誇り高い意志。

負けるなアメリカ。

Daiba-c

自由の女神を後ろから見ると、その先に大きなテレビ局のビルがあります。
アメリカも日本も、マスメディアはその存在意義の大きな過渡期を向かえていると思う。

しかし、メータの明快な指揮、デッカの鮮やかな録音が光る3分間だった♫

Daiba-b

MAGA

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2020年7月 5日 (日)

コープランド 交響曲第3番 ティルソン・トーマス指揮

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お台場の対岸、レインボーブリッジの芝浦側にある公園から。

この橋、カタカナ好きの都知事が、赤くしたりしてましたが、そうしたくなる気持ちもわかる、実に見栄えのいい橋です。

一番上は首都高、その下が一般道路と歩道、新交通線ゆりかもめ、ということで、車と電車と人間も通るすごい橋。
何度か、歩いて対岸に渡ってますが、高いところがやや苦手なので、ものすごい恐怖を感じます。
足下に海がもろに見えるし、車の振動と風圧も結構くる。
心臓の弱いかたは、おやめになったほうがいい。

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話は変わって、7月4日は、アメリカ合衆国の独立記念日でした。

ホワイトハウス様から、トランプ大統領のツィート画像をお借りしました。

Independence Day ~ 日本人にはわからないけど、この言葉はきっとアメリカ人の誇りと気概を高めるものでありましょう。

244年目の今年、アメリカはおそらく建国以来の混沌に陥っています。

その混沌を整理すると、
①覇権国としてのしてきた中国との経済摩擦。
②新型コロナ肺炎の蔓延。
③警官の黒人容疑者圧殺を契機とする人種差別を起因とするさまざま動き
 これが細分化、最初はANTIFA =アンチファシスト、つぎは、Black Lives Matterと、より広義の人種差別反対運動になり、全米でデモが起きて、さらに見境のない連中が暴徒化。
反警察の動きも顕著になり、警察官もやってらんないとして辞めてしまう動きも。
しかし、なによりも、白人への報復がひどくて、見るに耐えない残酷な映像もネットで見ることとなりました。
杖をついた高齢女性の顔をすれ違いざまに殴り、卒倒させる若い黒人男性など・・・
民族も色も関係なく、みんな星条旗のもとにひとつだったのに・・・・

アメリカが好きな自分、憧れた自分。
こんなの見せられて泣きました・・・・

やがて、一部の市のエリアが占拠され無法地帯化。
無法地帯化したのは、シアトルだったが、ここは警察が頑張って排除。
しかし、その連中は、違うところに移動してあらたな拠点を築いた・・・

①~③の混沌には、いずれも流れがあり、意図があるとしなくてはなりません。
秋の大統領選挙が迫っていることと、①~③はリンクしてます。
これまでの秩序を変えてしまおうとする動きは、世界へ・・・・

当ブログの趣旨からしたら、もうこれ以上は触れません。

ただひとつ、言えることは、「Make America Great Again!」だ。
アメリカもいろいろと悪どいし、なにかとあるが、でも自由と民主の旗印の国だ!
日本を負かせたアメリカが、ずっと強くあって欲しいんだ。

そんな気持ちと、アメリカへのエールを込めて、コープランドの交響曲を。

 コープランド 交響曲第3番

  マイケル・ティルソン・トーマス指揮 サンフランシスコ交響楽団

            (2018. @サンフランシスコ)

この演奏は、サンフランシスコ交響楽団の公式ネット配信で聴いたものを録音したものです。
サンフランシスコ交響楽団の音質は、驚くほど優秀で、CDで聴くのとなんら変わりありませんでした。
4つの楽章からなる本格的な交響曲で、1944年、まさに我が国との戦争も勝機も見え大転換中の時節で、当然に愛国的な雰囲気・要素にあふれてる。
勝ったものの強みといえば、それっきりですが、でも、自由と民主主義を第一に歌うアメリカの建国精神が、しっかりと刻まれた、そして我こそは、その自由と民主主義を守るんだ的なヒロイズムと、絶対なんだという明るい肯定主義、そんな雰囲気がこの曲にはあります。

でもなんたって、この交響曲は、自作の「市民のためのファンファーレ」が1楽章で、その片鱗が、終楽章ではそのまましっかりと鳴り響くことがキモで、終楽章では、ワタクシ日本人でもまっこと感動しますし、その雰囲気のまま最後のフィナーレを迎えるときには、はなはだ感動します。
サンフランシスコの聴衆の熱狂ぶりも加えて感動。

やっぱり、アメリカ人の心に火を灯す音楽なんですな。

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バーンスタインのDG盤で記事にしようと思ったけど、ところがCDが見当たらない。
最近、管理不行き届きのせいか、行方不明の音源が多い・・・・悲しい。

でも、ともかく頑張れアメリカ!
負けるなCに(意味深)

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お台場から左に転じれば、オリンピックの選手村と、その先の左には豊洲市場も見えます。

本来なら真っ最中、でも、もうね、オリンピックは来年も無理かも・・・それでいい。

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2015年8月 8日 (土)

19世紀アメリカ・ピアノ作品集 越山沙璃

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暮れどきの東京タワー。

この暑い時期の夕暮れは、淡くて、くっきりとした冬の夕焼けとも違って、とても美しいのです。

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ゴットシャルク、マクダウェル、スーザ 19世紀アメリカ・ピアノ作品集

         ピアノ:越山 沙璃


  ゴットシャルク  「バンジョー」
             「プエルト・リコの思い出」

  スーザ       「ワシントン・ポスト」
             「海を越えた握手」

  マクダウェル    『2つの幻想的小品』
                「物語」、「魔女の踊り」

  ゴットシャルク  「アンダルシアの思い出」
             「バナナの木」

  マクダウェル    『忘れられたおとぎ話』
                 「王子の戸外での歌」、「仕立屋と熊」
                 「薔薇の園の美女」、「妖精の国」

  スーザ       「忠誠」
             「星条旗よ永遠なれ」

  マクダウェル    『森のスケッチ』
                 「野ばらに寄す」、「鬼火」、「昔ひそかに会った所で」
                 「秋に」、「インディアンの小屋から」、「睡蓮に寄す」
                 「リーマスおじさんの話から」、「荒れ果てた農園」
                 「草原の小川のほとり」、「日暮れの語らい」

  ゴットシャルク   「ユニオン~国民歌による演奏会用パラフレーズ」

                    (2015.6.15 @岸和田 むくの木ホール)


いつもお世話になってますEINSÄTZ RECORDSさんの、APPLAUDIRレーベル新録音第2弾、アメリカのピアノ音楽を聴きました。

第1弾は、金田仁美さんによるビゼーのピアノ作品集でした。
そして、今回は、19世紀のアメリカのピアノ音楽という、極めてユニークな1枚です。
これには、唸りましたね。
しかも、ピアノを弾いてるのが、関西を中心に活躍するピアニスト、そして、モデルでもある越山沙璃(こしやまさり)さん。

彼女の経歴を、CDからお借りして簡単にご紹介しますと、幼少期をロサンゼルスで過ごしたあと、15歳で、さらに渡米し、カリフォルニア州立大学音楽部にて学び、帰国後は、神戸山手女学院大学音楽部にて、さらなる研鑽を積み、演奏活動とモデル活動の両輪でがんばってます。
CDのジャケットも音楽とマッチングしたお洒落な1枚だし、リブレットには、モデルとしての彼女のお写真も、多数掲載されてますよ。

 さて、一般に、アメリカのクラシック音楽というと、ガーシュインに始まるジャズとの融合や、コーポランドのような土着音楽を取り入れたものなど、ヨーロッパにない、いわゆる「アメリカ音楽」を思い描きますね。
それ以降の、ユニークなアイヴズや、ロマンティシズムに傾いたバーバーやハンソン、そしてシリアス系のシューマンやピストン、バーンスタイン・・・・という系譜が思い浮かびます。
あとは、ミニマルとか、アフリカっぽいものなどが、後続するわけですが。

 しかし、これら20世紀以降に確立した、「アメリカ音楽」としてのカラーリングですが、その前、ヨーロッパそのものの音楽しかなかった18世紀とに、挟まれた19世紀に、脱ヨーロッパの「アメリカ音楽」の創世記に活躍した作曲家も多数いました。
 その時代の代表的な3人が、このCDに収録されている、ゴットシャルク(1829~1869)、スーザ(1854~1932)、マクダウェル(1860~1908)です。

ゴットシャルクは、ニューオーリンズ生まれ、ヨーロッパに渡り、名ピアニストとして名を馳せたあと、帰国後は、中南米から北米にかけて楽旅して、その風物に則した、ピアノ作品を主とした作品を残しました。
カリブの風を思わせる爽やかさや、快活さ、そして、ちょっとアンニュイな、ヨーロピアンな雰囲気、たとえばショパンの顔もちらほらするような、そんなユニークな作品たちでした。
南国風の交響曲や、オーケストラ作品もあるので、いずれ聴いてみたいです。
 この越山さんのCDでは、冒頭と中間と最後がゴットシャルクで締められてます。
その1曲目、「バンジョー」からして、いきなり耳と身体が惹き付けられちゃいました。
技巧的な作品だけれど、バンジョーという陽気な楽器をいかにも思わせる楽しさを感じ、ノリノリですよ。
越山さんの、技量も舌を巻きます。よくぞこんなに指が廻るもんだと♪
だんだんと、クレッシェンドして熱くなってゆく「プエルトリコの思い出」も楽しくも、物悲しいし、南国のショパン風の「アンダルシア」もいい感じです。
こんな多様なゴットシャルクの作風を、越山さんは鮮明に弾きだしてました。
 ちなみに、ゴットシャルクさんは、齢40にて早世してます。

スーザは、いうまでもなく、「マーチ王」として、行進曲ばっかりのイメージが強烈です。
もちろん、「星条旗・・・」は、アメリカの第二国家のような存在になってますが、それらを、作曲者自身の編曲でピアノ作品として、ここに聴くのも、面白いものでした。
元気一杯すぎる、吹奏楽やオケバージョンと違って、弾むリズムが、心地よいスタッカートで引き立ち、気分よろしく、越山さんのはぎれのいい演奏が、実にオツなものなんです。
 スーザは、ワシントン生まれ、ヨーロッパ人の血を持ちながら、アメリカに完全特化した人ですが、行進曲以外にも、オペラレッタも多数あるものの、その音源はまったくありません。。

マクダウェルは、かつて、2曲あるピアノ協奏曲をこちらでとりあげました(→)
 

ニューヨーク生まれで、アイルランドとスコットランドにルーツを持ち、フランスとドイツに学び、このCDの3人のなかでは、一番、ヨーロピアンな雰囲気を持つ人です。
ラフやリストに接し、ヨーロッパ本流の流儀を身に付けたマクダウェルは、帰国後、母国の民謡の採取や研究に勤しみました。
 その結実が、このCDにたくさん収録されている小品たちです。
個々にコメントをすることはできませんが、それらのタイトルを読んだだけで、その作品の持つ、詩的で、ロマンティックな雰囲気を読みとっていただけると思います。
 陽気なスーザのあとに、こちらのマクダウェルを聴くと、そのしっとりとした温和で柔らかな世界に心が和みます。
一転、越山さんのピアノも、女性的で、優しいタッチも美しいです。
親しみにあふれた「忘れられたおとぎ話」、草原や、野辺、河原など、ナチュラルな風景をも心に浮かんでくるような「森のスケッチ」。
 いずれも、ステキで愛らしい作品ばかりで、ピアノを聴く喜びも感じさせてくれる越山さんの演奏です。
 これらの曲を聴いていて、グリーグの抒情組曲や、小品集を思い起こしましたし、イギリスの作曲家、アイアランドのピアノ作品にも相通じる優しい世界を感じました。

このマクダウェルさんも、早世で、馬車にはねられてしまったことが要因で、48歳で亡くなってしまいます。
前にも書きましたが、この方が、もう少し活躍できたら、ハリウッドが迎えたコルンゴルトらの亡命作曲家たちが造り上げた、保守的な後期ロマン派の系統ともつながった可能性があったかもしれません・・・・。

 CD最後におさめられたのが、ラストを飾るゴットシャルクの大曲ですが、アメリカ国歌も扱われ、愛国の志しと、静かな情熱、そして華麗さとが相混ざった桂曲でありました。
1枚のCDで、一夜のコンサートを楽しんだような気分になる、そんな一貫した流れも感じさせるプログラムの妙と、越山さんのアメリカ音楽にかける思いを感じさせる演奏にございます。

まだまだ若い、越山沙璃さん、これらの曲をますます極めて、これからもアメリカ音楽の楽しさをどんどん発信して欲しいと思いましたし、シューマンやショパン、グリーグも聴いてみたいものです。

今年、6月の出来たてホヤホヤの演奏を楽しませていただきました。
雰囲気あふれる録音と、CDの装丁も素敵なものでした。
大阪発のEINSÄTZ RECORDSさんのAPPLAUDIRレーベル、今後の展開が楽しみです。

是非、聴いてみてください

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2015年7月11日 (土)

神奈川フィルハーモニー第311回定期演奏会  川瀬賢太郎指揮

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久しぶりの金曜夜の神奈川フィル定期。

それでも、まだ明るくて、これまた久しぶりのお日様は、西日が眩しいのでした。

県民ホール定期の最愛のプッチーニ、音楽堂のハイドンと、2回欠席してしまい、これまた久しぶりの神奈川フィルです。

今宵は、ドヴォルザークと、アイヴズ。

一見、まったく関係のない二人の作曲家ですが、アメリカというキーのもと、前半に「新世界」、後半にアイヴズの交響曲という、実に秀逸なるプログラム。

若きマエストロ、川瀬さんが、是非とも聴かせたかったというこの組み合わせです。

夕日が沈むように、調和の和音が消えるように終る前半と、賑やかな中に、意表をついて不協和音一発で終る後半。
 これもまた、鮮やかななる対比でございました


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      ドヴォルザーク  交響曲第9番 ホ短調op95 「新世界より」

   アイヴズ      交響曲第2番


           川瀬 賢太郎 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

                      (2015.7.10 @みなとみらいホール)


まず、苦言をひとつ。
楽員さんが登場し、いつも拍手でお迎えして、みなさんのご挨拶から始まる恒例の定期。
ホールは静まり、指揮者の登場を待ちうける静寂に聴こえはじめた、ピッ、ピッという時を刻むようなデジタル音。
ん? 私の席の斜め後ろの方からする。
曲が始まっても、いや、最初から最後まで、静かな場面ではずっと気になって仕方がなかった。
 周りの皆さんも等しく苦言を呈してました。
休憩時に、事務局さんを通じて、この件をお話しして、調査していただき、後半には解決したのですが、メトロノームの電子音だったそうな。
ご本人は気がつかなかったのだろうか?また、何故にメトロノームが作動?
まったく論外のこと、多少の雑音は目をつぶるにしても、今回に関しては、とんでもないこととして、猛省を促したい!

 さて、気を取り直して、「新世界」。
先の雑音を耳から取り除くようにして、ステージ上の熱演に集中。

いゃぁ~、こんな本気の「新世界」、久しぶりに聴きました!

聴衆も、オーケストラも、互いに、聴き古し、演奏し尽くした名曲中の名曲。
でも、若き川瀬さんの、情熱溢れる指揮ぶりと、新鮮な切り口が、活力あふれる、まさに、ニュー「新世界」といっていいくらいの名演を築きあげることとなりました。

時間を測ったら46分。1楽章の繰り返しを行ったこともありますが、ともかく丁寧に歌い上げ、細部にも目を凝らした結果、その演奏時間だったのではないかと思います。
 それでいて、意図的であったり、恣意的であったりといった感じは、まったく受けることなく、指揮者の感じたままの感性が素直に、そのまま音になって奔出してくる、といった風情なのです。
 強弱のダイナミクスが豊かなこと~弦がサッと静まり、木管の主旋律がふわっと浮かんできて、この曲ならではのしみじみとした魅力が引き立ちます。
 ヴィオラやチェロの内声部にも気をつかい、ときに浮き上がらせ、思わぬ表情が聴かれることもしばしば。
 そして、なんたって、ラルゴのイングリッシュ・ホルンの、懐かし感は、この音楽のイメージそのもの。ここで、こんなに感激したの久しぶり。
ソロの方も、見事で、演奏後、喝采を浴びてましたね。

 ボヘミアを感じさせた3楽章のトリオは、まさに舞曲で、体も動きそう。
そして、決然と、颯爽と、そして、疾走感も、高揚感もたっぷりあった終楽章。

褒めちぎっちゃいましたが、ともかくナイスな「新世界」だったんです。
楽員さんたちの、夢中の演奏ぶりも印象的でした。

あの不愉快な音も、忘れちまいました。

 休憩後は、アイヴズ。

新世界が1893年。アイヴズの2番が1900年。
その7年の年月が、まったく短く感じた、今回のアメリカ・テーマの聴き比べ。

 生命保険会社のサラリーマン・経営者として、ニュー・ヨークに在住を余議なくされながらも、故郷コネチカットを想い続けたアイヴズ。
マーラーと同じくして、曲中に、故郷で聞いたマーチングバンドや賛美歌、民謡などがごった混ぜになって挿入されるその作風。

ライブで聴くと、オーケストラが何をやってるか、どの奏者がソロを奏しているかがよくわかって、錯綜したアイヴズの音楽が、すっきりと整理されて耳に届きました。
 それも、この曲に熱意をかけた川瀬さんの献身的な指揮ぶりと、神奈川フィルのクリアーで透明感あふれる音色、そして、ベテランと若手の素晴らしいソロがあってのことかも。

ともかく面白かった。
CDで聴くと、1~4楽章は流し聴きしてしまい、終楽章で覚醒する感じなのですが、今回は、5つの楽章が、互いに関連性を持ちつつ、最後の不協和音の一音に向かって積み上げられているのを受け取ることができました。

分厚い弦の響きが楽しめた第1楽章。
何故か、マーラーの6番のフレーズを思い起こしてしまった第2楽章では、リズム感がとても豊かで、川瀬さんのジャンピングも決まってましたよ。
小山さんの奏でるオーボエ、江川さんのフルートに橋渡しされる旋律も可愛い。

緩除楽章たる3楽章の、アメリカの方田舎を思わせる、夕暮れ時のしみじみ感。
山本さんの情感あふれるソロも聴けます。
ほのぼのして、体の余分な力が抜けていく感じでしたね。

次ぐ4楽章は、最初の楽章の回帰では、弦ばかりでなく、フルオケ。
一転して、明るく楽しげな、終楽章。
川瀬さん、弾んでましたぜ。
お馴染みの旋律がちょこちょことと顔をだし、ホルンから、これまた懐かしい調べが。
実加ちゃんの艶のあるホルンを聴いてて、何故か、フンパーデインクの「ヘンゼルとグレーテル」を思い起こしてしまいました。
休みなく、いろんな表情を交えつつ、木管群の巧さも炸裂、金管も分厚く入ってきて、太鼓やスネアも効いてます。
石田さんは、腰を浮かせ、となりの崎谷さんも熱い演奏ぶり。
 そしてですよ、曲はまたしみじみ調に。
フルートのオブリガートを伴いつつ、チェロのふるい付きなるような素敵すぎるソロが。
ずっとずっと聴いて、浸っていたかった山本さんのチェロです。
 そんな気持ちをひきはがすように、曲はずんずんと、お祭り騒ぎに突入し、不協和音一発で終了。

あ~、楽しかった。

お客さんの反応も上々で、みんな集中して熱心に聴いてたし、アイヴズって、こんなに面白いのって、きっと思える曲に、演奏でした。

神奈川フィルの定期は、今回で夏休みに。
サマーミューザでも、アメリカものやるから、平日昼だけど、行こうかな

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2014年11月22日 (土)

東京都交響楽団演奏会 マクリーシュ指揮

Geigeki

東京藝術劇場、ロビーの天井ですよ。

お友達にお声がけいただき、東京都交響楽団の定期演奏会に入ってまいりました。

翌日の、尾高&読響のエルガーは、都合により行けなくなって、がっかりしていたところ、ありがたきことでした。

渋いプログラムでしたが、その豊かなバラエティと、ひとひねりした選定に、とても満足できたコンサートでした。
あらためまして、ありがとうございました。

Tmso_201411

  コープランド    「アパラチアの春」

      
              ~13楽器のためのバレエ(原典版)~

  R・シュトラウス  13管楽器のためのセレナード op7

  メンデルスゾーン 交響曲第5番 「宗教改革」

               (ホグウッド改訂版第2稿)

    ポール・マクリーシュ指揮 東京都交響楽団

       
                     (2014.11.21@東京藝術劇場)


急逝してしまった、クリストファー・ホグウッドに替わって、同じプログラムを引き継いで、日本初来日を果たしのは、同じ英国の古楽系の指揮者、ポール・マクリーシュ。

ホグウッドは、古楽演奏のはしりの頃、その学究と鍵盤も含めた演奏力の高さで、管弦作品を多くとりあげ、革新を築いておりました。

そのふた世代ほど後輩になりますマクリーシュ氏は、すでに定着した古楽演奏のなかでも、声楽を中心とした作品に、あらたな旋風を吹きいれた名手であります。

モンテヴェルディから、ヘンデル、さらに最近は、ベルリオーズやブリテンまでもレパートリーにおさめ、躍進中。
ホグウッドもそうでしたが、最近の古楽系の演奏家たちは、音楽ジャンルの垣根はなく、近現代ものまでも、幅広く演奏するようになりました。

 そんなわけで、ホグウッドが得意にし、またCDにもなっているコープランドは、室内編成のものが原典版で、今回は、大きなホールでの演奏に不安を覚えましたが、都響のトップ奏者たちの精緻なアンサンブルを得て、マクリーシュさんは実に丁寧に、そして透明感豊かな桂演を披露してくれました。

 フルート、クラリネット、ファゴット、ピアノ、第1ヴァイオリン2、第2ヴァイオリン2、ヴィオラ2、チェロ2、コントラバス1の13人編成。

いつも聴く、オケの組曲版は、この原典版のだいたい3分の2ぐらいがチョイスされているといいます。
聴きなれない場面も多くありましたが、総じて、コープランドらしい、平明で、優しく、そして懐かしいムードにあふれてまして、オケ版でもそうですが、わたくしは、この曲を聴くと、西部時代のアメリカの光景を思いうかべてしまいます。
 そんな思いを頭に浮かべながら、この演奏を楽しみました。
長い曲(37分)になりましたが、やはりシェーカー教徒たちの聖歌、「シンプルギフト」の登場を心待ちにしてしまう。
そして、それは、とても豊かに演奏され、こちらの気持ちを、大いにほぐれ、心は、曲とともに静かに解放されていくのでした。

 ここで休憩が入り、今度は、管楽アンサンブルでのR・シュトラウス。
フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、コントラファゴット1、ホルン4。

ホルンを愛したシュトラウスならではの曲でもありますね。
10分ほどの可愛いサイズですが、17歳の若書きにかかわらず、落ち着きと、ほのぼのとした暖かな雰囲気の曲であります。
危なげのない都響のウィンドセクションですな。
合唱の指揮にも長けたマクリーシュさんですから、よくブレンドされた素敵な響きが、この大きなホールを満たしていきます。
清朗かつ清々しい曲に演奏でした。

出を控えた舞台袖から、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲が聴こえてきて、思わず笑顔になってしまいました。
お隣と、これは、雰囲気作りねと会話(笑)

そして、「宗教改革」ですよ。
ようやくオーケストラが勢ぞろいで、ティンパニはバロック仕様。
対向配置をとりました。
 そして、目立つのが、トロンボーンとコントラバスの間に陣取った、「セルパン」という楽器。

Serpent

こちらは、都響さんのサイトからお借りしました。
セルパン演奏の第1人者、橋本晋哉さん。
 セルパンは、古楽器のひとつで、グレゴリオ聖歌等、教会での宗教音楽の演奏に、音量補強用に奏されていたといいますが、わたくしは、初めてその存在を知りました。
フランス語で、ヘビっていうらしいですよ~~~(serpent)

メンデルスゾーンは、コラールが高鳴る終楽章に、この楽器を指定して作曲をしておりますが、通常は、チューバだそうな。

こんな、本格的なこだわりに、さらに、メンデルスゾーンが初演前に削除した音符を復元した、ホグウッド校訂版を選択するという珍しさ。

この曲は、どうしても「パルシファル」を思ってしまいます。
「ドレスデン・アーメン」があるから。
その場面が、少なめのヴィブラートで、しなやかに演奏されるのは、とても新鮮な聴きものでした。
マクリーシュ氏は、厳格なピリオド奏法を要求しておらず、響き合う音の競演を自ら楽しむかのような指揮ぶりに思いました。
英国指揮者らしい、中庸さも兼ね備え、スマートかつしなやか。
素敵な2楽章に、ちょっとアンニュイの3楽章もよかったですが、なんといっても、終楽章のコラールには、晴れ渡るような気持ちのいい思いを味わいました。
セルパン氏は、見ていると吹いていますが、全奏のときばかりなので、その存在が音としてははっきり確認できず残念。
 帰宅後、ネットで、橋本さんの解説と音を少し確認できて、なるほどの思い。

見聞を広めることもできた楽しいコンサートでした。

アフターコンサートは、こちらを紹介いただきました。

Opus

「Bar Opus」 音楽好きのマスターが、収集しているレコードをかけてくれます。

選んだのは、サヴァリッシュの「スコッチ」。

こんなレア音源ありまぁす!

もちろん、おつまみも、厳選されたお酒の数々も最高ですよ。

ご案内ありがとうございました。

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2014年9月27日 (土)

バーバー ピアノ・ソナタ 三舩優子

Nakanoshinbashi

ぼろいカメラですが、普通に橋の欄干に固定して、サッと写したら、こんな感じに撮れました。

中野の街から、新宿高層ビルを望む。

川は、神田川でございます♪

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   バーバー  ピアノ・ソナタ 変ホ短調

      ピアノ:三舩 優子

            (2009.8.6 @三芳町文化会館)


サミュエル・バーバー(1910~1981)のピアノソナタ。

初めて聴きました。

アメリカ、保守派のバーバーは、多作家で、交響曲からオペラまで、あらゆるジャンルに、そこそこの数の作品を残しております。

わたくしが、バーバーの音楽を初めて聴いたのは、いまや有名曲となった、ヴァイオリン協奏曲で、EMIが、シリーズ化した「アメリカ・ザ・ビューティフル」という音源シリーズの中の一環で、ハンソンの「ロマンティック交響曲」とカップリングされた、スラトキンの指揮によるものでした。

ハンソンも含め、郷愁と懐かしさを感じさせる作風は、現代を生きた作曲家として、かえって新鮮に思え、バーバーのイメージは、そのように自分のなかで定着していったのです。

その後に聴いてゆく、「弦楽のためのアダージョ」や「ノックスビル」なども、同じ延長線上に捉えました。
しかし、バーバーの音楽は、ノスタルジックな、ビューティフル・アメリカン一色ではなかった。
 交響曲や、他の協奏曲、オペラ「ヴァネッサ」などを聴き進むうちに、ロマンティックで簡明な側面に加え、シリアスで、ちょっと難解、シャープな顔を持ち合わせていることを認識するようになりました。

今回のピアノ・ソナタも、まさにそう。

4つのきっちりした楽章を持つ、古典的なフォルムのソナタで、第1楽章から調性がないようで、不安な雰囲気に気押されるけれど、バーバーらしい、というのもヘンですが、ふたつめの主題が旋律的で、ホッとしたりもします。
 スケルツォに相当する第2楽章は、2分あまりですが、めまぐるしくも可愛い感じ。
そして、深みを感じるアダージョの第3楽章は、かなり深刻な表情で、秋の日に聴くと、とても寂しい気持ちにさせてくれる。
何か、忘れものをしてきたみたいで、気がかりな感じ・・・
 名技性を要求される激しいアレグロの終楽章にも、どこか厳しさが先行し、不安な気分に押される感あり。
フーガ形式で書かれ、しかも複雑なリズムが錯綜し、素人のわたくしなんぞ、よくこんな音楽がばりばり弾けるな、と感心することもしきり。

しかし、どうだろう、ここに聴くバーバーの音楽は。

大好きな、ヴァイオリン協奏曲のノスタルジックなイメージにのみ自身の想いを限定していたにすぎず、交響曲や、ヴァネッサ、そしていま、このソナタを聴いた自分は、バーバーという作曲家を体系的に見直さなくてはならないと痛感してます。
 それは、まるで、バーンスタインの音楽を、キャンディードやミサ曲、交響曲をしっかり聴いて、自身の耳を再修正したことと同じように思う。

1947年、米作曲家同盟設立25周年に書かれた作品。
戦後、そして冷戦への不安など、まだまだ不穏な時代ですね。
この曲は、ホロヴィッツが初演し、そしてレコーディングもあります。
あと、クライバーンも好んだようです。

先日、バーンスタインの「不安の時代」で、共感のこもった見事なピアノを聴かせてくれた、三舩優子さんの、こちらのCD。
会場で買ったものです。
以来、何度も繰り返し聴いてます。
技巧の冴えもさることながら、4つの楽章のメリハリある描き分けと、濁りのない明確なその、ピアノの音に感銘を受けます。
鮮やかな終楽章に耳が行ってしまいがちですが、3楽章の灰色の世界に浮かぶ、ほのかな抒情に、いつものバーバーの顔が見え隠れしたりする、そんな優しい三舩さんのピアノがとても気にいりました。

ピアノ・ソナタ以外にも、バーバーの代表的なピアノ作品がたっぷり収録されてます。
晩年の透徹極まりない「バラード」や、ゆるやかな気持ちにしてくれる組曲「演奏」などなど。
またの機会に取り上げたいと思う桂品です。

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