二期会公演、日生劇場45周年記念上演、ヤナーチェクの歌劇「マクロプロス家の事」を観劇。
9つあるヤナーチェクのオペラの上演に接するのは初めて。音源でも「イエヌーファ」と「利口な女狐の物語」くらいしか聴いたことがなく、これから開拓すべき対象に定めていたヤナーチェク。
レコード時代から、その名前だけは知っていた「マクロプロス」。
「マクロプロス事件」とか呼ばれていて、その呼び方ばかりが脳裏にあって、今回の上演で「マクロプロス家の事」としたことじたいが、内容を知らないだけにさっぱりわからない「事件」だった。今回、チケットぴあで購入し、発券してもらうときに、係りの方が「マクロプロス家のこと」と呼んだのが、えっ?という気分にさせてくれた。
こんなことにこだわるのも、オペラの内容を知った今、タイトルを事件としてしまうと安っぽい三面記事的な痴話物語になってしまうし、まして最後の大団円で主役エレナ・マクロプロス(エミリア・マルティ)が、2時間ドラマよろしく、自ら謎解きを登場人物達の前でしてみせるが、それがなかなかに含蓄あるものだから、表面的には事件性を打ち消した方がいいと思った次第。
「こと」とすることで、エレナが永きに渡って係わり合った家々の歴史やエレナの過去も一緒くたに包括できる気がする。
唯一、若者が死ぬが恋に狂っての自殺があるけれど、事件性は薄いドラマなのであった。
原作は、カレル・チャベツという人でSFチックな作品を書いた人らしい。
その原作を作者の了解をえて、ヤナーチェクが自身台本を書いた。かなりの省略もあるし、登場人物個々の個性も弱まったといわれるが、こうして舞台にかかると、そんなことはまったく気にかからない。
1925年の作品、それとはぼ同時代の設定。
第1幕
弁護士コレナティーの事務所、図書館のようにうず高く法律書が配置されている。
秘書のヴィーテクが現在係争中の100年続くグレゴル家対プルス家の土地相続事件の関連資料を調べていて、当事者のアルベルト・グレゴルがやってきて係争の行方にやきもきする。
そこへ、娘のクリスタがやってきて、プリマドンナ「エミリア・マルティ」を讃美する。彼女も同じ舞台にたっているのである。
そこへ、入れ違いに当のマルティとコレナティー博士がやってくる。
マルティの求めに応じ、事件の経緯を博士は語る~ヨゼフ・プルスが遺書を残さずに死んだことから従弟が相続したが、グレゴルは異議を申し立てるが、プルス曰く、遺書はないし、口頭で、同じグレゴルでもマッハ・グレゴルなる人物にと言い残したと~。
そこで、エミリアは、マッハ・グレゴルは、マックグレゴルを読み間違えていること、その母はオペラ歌手でエリアン・マックグレゴルであると語るものの、証拠を出せと言われたため、ヨゼフの遺言状のありかをリアルに語るので、皆は半信半疑となる。
それでも、博士はプルス家に走り、その間、二人になったエミリアとグレゴルのやりとりとなる。
エミリアは、あとギリシア語の手紙があるはずだから手に入れて欲しいと迫る。
めでたく、遺言書がいった通りの場所にあったと、博士が帰ってくる。
第2幕
劇場の舞台裏。クリスタとプルスの息子ヤネクが愛を交わしあっているところへ、父プルスとエミリアが登場。ヤネクはあがってボゥ~っとしてしまい言葉がでない。
アルベルトがプレゼントと花束をもってくるが、借金をしてまで何をする!と叱りつけるエミリア。さらによぼよぼのハウクがこれまた花束を持ってやってくる。
50年前、エミリアとそっくりだったジプシー女に入れあげていたことを、よたよたしながら歌いまくる。彼にはとても優しいエミリア。
プルス一人を残し、エミリアと二人。遺言状とともに、エリアン・マックグレゴルの手紙を見つけたが「E.M.」の署名しかない。それは、エミリア・マルティか、クレタ出身のエリナ・マクロプロスではないか?プロスは、遺贈を受けたフェルディ(グレゴル)はフェルディナント・マクロプロスであり、エリナ・マクロプロスの私生児であることを発見したのだ。
(異なる名前が同一人物であることを証明しなくてはならなくなったわけ)
やがて、エミリアの虜となったヤネクが現れ、父から手紙を盗むように指示されるが、そこにまた父があらわれ、ヤネクを追い出し、エミリアは色仕掛けでもって、手紙を持ってくることを約束させる。
第3幕
エミリアの居室。一夜明けて、例の手紙を要求し、エミリアはついに手紙を手にする。
そこへ、プルス家より、息子ヤネク自殺の報があり、茫然自失のプルス。
さらに登場人物皆がやってきて、エミリアを責める。
博士は、昨晩クリスタがもらったサインの筆致と100年前のエリアン・マックグレゴルのものが一致するとして、偽造ではないかとする。
着替えてから話すと、奥に引き込むエミリア。
その間にも、全員で、E.M.と書かれたスーツケースや手荷物を調べまくると、一連の疑惑の名前が次々に出てくる出てくる。
奥からウィスキーボトルを手に足元もおぼつかないままにエミリア登場。
ついに真相を語りだす。
自分はエレナ・マクロプロス、クレタの生まれ、歳は337歳。父は16世紀神聖ローマ帝国の皇帝ルドルフ2世の待医。皇帝の命令で、不老不死・300年の若さを保てる薬を調合したが、これも皇帝の命令で娘の自分が実験台になった。
飲んだあと、1週間気を失ったため、早合点され父は処刑されてしまった。
その後ハンガリーに移り、欧州を名を変えて転々としたが、100年前、ヨゼフと出会い恋に落ち、フェルディを産み、薬の処方もすべてを話し、ヨゼフに託した。
ここで、力尽きて倒れるエミリア。皆の同情を得て一旦は下がるが、やがて達観しきって再び現れる。
ああ、こんなに長く生きるもんじゃない。それがあなたがたにわかったら、どんなに簡単に生きられるか!・・・信じて、人間性を、偉大な恋を、いつどんな時も多くを望んではならないの。・・・恐ろしい孤独、・・・・精神が死んでいるの。
エミリアは、若いクリスタに手紙を欲しくないの? と渡そうとする。
皆が止めるのも聞かず、クリスタは手を伸ばし手紙を受け取る。
ところが、クリスタはそれを燃やしてしまう。
とたんに、エミリアは、白髪と化し浄化したようにこの世を去ってゆく・・・・。
かなり長く書いてしまったけれど、複雑すぎる筋の理解がまずこのオペラ理解につながる。ヤナーチェクが、不老不死の空しい人生に見たものは何か。
版権の問題を超えて、是が非でも惚れ込んだこの台本。
人間の持つ欲望、それはある程度、歳を経てから顕在化する。
ことに若さへの羨望と渇望は・・・・。
私の愛する「ばらの騎士」のマルシャリンの揺れ動く気持ちを考えてみるがよい。
ところが、永遠の若さを手にいれても、孤独と虚しさが残るというのだ。
死があることによる人生の充実感といずれ来る完結感。
ヤナーチェクは、なかなかに奥深く、心くすぐられる題材をオペラにしたものだ。
演出は不必要なものはなく簡潔で常套的なもの。
複雑な筋立てであり、聴きなれない音楽だからまずはそれでよかったものと思う。
それでも、登場人物たちの身のこなしや手の動きに、細やかな演技指導が行き渡っていることが感じられた。
エミリア・マルティ:小山 由美 アルベルト・グレゴル:ロベルト・キュンツリー
ヴィーテク:井ノ上 了吏 クリスタ:林 美智子
プルス男爵:大島 幾雄 ヤネク :高野 二郎
コレナティー:加賀 清孝 道具方 :志村 文彦
掃除婦 :三橋 千鶴 ハウク :近藤 政伸
小間使い :清水 華澄
クリスティアン・アルミンク指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団
演出:鈴木 敬介
(11.24 @日生劇場)
そして小山さんのエミリアが特質大に素晴らしい。
小山さんの舞台は、おもにワーグナーの諸役で数々観てきたが、その都度その存在感の大きさに感心してきた。タイトルロールの今日は、本当に光り輝いていた。
明晰かつ強い声は、日本人離れしていながら、細やかさや陰りある表現にも幅がある。
さらに、その声の通りのよさは、デッドな日生劇場でも隅々まで、潤いで満たしたものと感じる。冷たい、非人間的な歌も必要とされ、最後は悟りの境地となる難しい役柄。素晴らしかった。
情熱的なキュンツリー、私のご贔屓、林さんのクリスタの可憐さ、近藤さんの芸達者ぶり、ベテラン大島さんののびやかなバリトン。
外套での歌いぶりが印象に残っている井ノ上さん、横浜のばら騎士の見事なファーニナル、加賀さんは難解な歌唱をものの見事に歌い、高野さんのヤネクは素直な声。
脇役もみんなしっかりと舞台を固めるなか、掃除婦の三橋さんが味ありすぎ!
褒めすぎかしら!
褒めついでに、なんといってもイケメン、アルミンクの潤いあるオペラテックな指揮ぶりと、新日フィルのクリアな音色がとてもよかった。
ヤナーチェクの断片的でモザイクのような音楽が、錯綜し、やがて音たちがそれぞれ結びついてゆくさまが、先に記したホールのややデッドな響きでもって、とても身近にわかりやすく耳に届いた。
私は、今日のために未知のマクロプロスに近づくため、マッケラスのCDを先週購入して筋をわからないままに、何度か聴いた。
聴いたことがある・・・程度にはなったが、こうして真剣に舞台に接してみて、複雑ながらも求心力のある舞台と、ヤナーチェク独特の音楽に、まったく心奪われてしまった。
東方的でメロディアスな旋律と独特のリズムの交錯する少し長めの前奏曲がとても印象的。
この前奏曲のモティーフをしっかりと頭に刻んでおくと、最後のエミリアの独白の場面にそれが登場するものだから、とても感動できる。
暗くなった舞台に、登場人物だけ照明が上から当たる。
クリスタに親しげに話しかけるエミリア。気の毒がるクリスタ。
クリスタが、手紙に火を着けたとたん、エミリアから真赤なガウンが外れ、白い装束に頭髪も白(銀)くなってしまい、彼女は皆に見送られつつ舞台奥へと歩んで行き幕となった。
感動した!
プロンクター女史の声が2階席まではでに届いていたが、全然気にならなかった。
そのプロンクターと思われる方が、山手線で私の斜め前に座って、一生懸命に分厚いスコアをさらっておられた。
あの仕事も大変なものだな。音楽と言語と歌唱、すべてを把握しなくてはならないのだから。
それと、今日は3幕に、天皇皇后両陛下がご来席された(様子)。
私は2階席で見えなかったが、盛大な拍手が起こった。
劇場のユニフォームを着たSP風の方もたくさんいたし。
ヤナーチャクのオペラ、こりゃ次々に聴いてみたいです。
チェコやスロヴァキアのオペラ団も、来日時は魔笛やドンジョヴァンニばっかりやってないで、ヤナーチェクやドヴォルザークを持ってきて欲しいもの!
(画像はclassic NEWSから拝借しております)
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