カテゴリー「レスピーギ」の記事

2026年2月23日 (月)

神奈川フィルハーモニー 定期演奏会 沼尻竜典 指揮

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世間の連休初日の横浜は、陽気にもめぐまれ、多くの人で賑わってました。

神奈川フィルの定期演奏会へ、ローマ体験に行ってきた4276

1か月間続けた当ブログでの「イタリア」シリーズ。
アバドのメンデルスゾーン→ルスティオーニのローマの祭り→アバドのチェネレントラ→ルスティオーニのヴェルディ→レスピーギのオペラ。
そして仕上げは「ローマ」新説4部作。

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 神奈川フィルハーモニー みなとみらいシリーズ定期第411回

  ベルリオーズ 序曲「ローマの謝肉祭」op.9

  レスピーギ  交響詩「ローマの松」

         交響詩「ローマの噴水」

         交響詩「ローマの祭り」

   沼尻竜典 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

      コンサートマスター:石田 泰尚

        (2026.2.21 @みなとみらいホール)

ローマにまつわる4部作。
レスピーギの三部作を一度にやるのはよくあることですが、ベルリオーズを加えたところが、今回のプログラムの肝です。
ベルリオーズを一緒にやるのは、ploms2014で、デュトワがロイヤルフィルを指揮したものを録音済みですが、そのときはさらにウォルトンのイタリアにまつわる協奏交響曲も加えたという強烈さ。
打楽器、鍵盤楽器多数のフルスペックのオーケストラを要するので、やるならすべてやってしまうのがよろしいようで。

陽気なオペラ「ベンヴェヌート・チェッリーニ」の素材を使った「ローマの謝肉祭」はともかく楽しい演奏。
なにも考えずに受け入れるのがいちばんで、ダブルのタンバリンの妙技も実演では引立ちます。
鈴木さんのコールアングレもほのぼのしててよかった。
この曲は、短いながらベルリオーズならではの歌謡性とハチャムチャ具合をいかに両立させるかが聴きものですが、そこは沼尻マエストロ、神奈フィルの明るいサウンドを得て万全でした。

ベルリオーズから80年の時を隔てた「ローマの松」、その第1音から感じる年月の経過。
音の煌びやかさや、手に取るようにわかるリアルな音楽描写、このあたりは多様な楽器やオーケストラ能力の進化などによるものでしょう。
まばゆさでいけば、神奈川フィルの持ち味だし、みなとみらいホールの明るい響きもおおいにプラスされるので、最高の「松」の演奏が展開されました。
舞台外から聴こえるグレゴリオ聖歌を奏でるトランペットも神々しく見事に決まり、その後の分厚いサウンドも決して威圧的でないまでも目覚ましいものがありました。
そして静まるなか奏でられる斉藤さんのクラリネット、この幻想的なシーンの展開が極めて美しく、いつまでもどこまでも浸っていたいと思いました。
レスピーギの抒情性に着目すると他の作品への視野も広がり、併せて古代の旋法なども絡めて、私の興味はその歌曲やオペラへの興味へと向かったのでした。
そんなきっかけは「ジャニコロの松」なんです。
ナイチンゲールのさえずりも、ホール内のどこからともない方向から聴こえてきて至福のひと時でございました。
そしてひたひたと迫る行進と高まりゆくクレッシェンド、もうあとは眼前の素晴らしき展開に身も心も任すのみ。
決して濁ることのないクリア―な神奈フィルサウンドのシャワーを浴びつくしたのでございました。
あーー、気持ちええーー
コールで出てきた、鳥さんの担当、お魚にみえたけど可愛い鳥のイラストと鳥笛を掲げて4人。
録音だとばっか思ってた、リアル鳥さんでしたよ。

「ローマの噴水」は3部作のなかではいちばん渋いところ。
しかし、幻想味と抒情感では、この曲が随一なので、これもまたかなフィル向き。
朝のまったりとした雰囲気が室内楽的に表現され、各ソロの瞬きも素敵です。
それを打ち破るホルンも見事に決まり、ピアノの活躍も心地よく聴こえるトリトン噴水。
ここから始まるレスピーギの音楽の巧みさを沼尻さんは着実な盛り上げで表現。
音がだんだんと眩しくなってゆくのが丸わかりなのがライブのいいところで、まさに音のシャワーで水しぶきを感じることができるという贅沢。
真昼のトレヴィの高揚感は半端なかった!
オルガンの低音、弦楽器のものすごいパッセージの連続を各奏者さん、とくに石田コンマスの激しい動きを見てるだけで興奮してしまう自分。
その後の急速な静まりと、そこに伴うどこか寂しい雰囲気と安らぎ、この落差の表現も見事。
暗くなってきたので、このままお家に静かに帰りましょう・・ということにはならないよお客さん、祭りだよ!

ということでいちばん大好きな「ローマの祭り」が、楽員さんが補充され準備万端。
指揮台にあがるや、すぐさま開始されるローマ時代への異次元パラレルワールド。
この切迫感ある「いきなりローマ祭り」の始め方は気にいったぞ。
暴力的なチルチェンセスはうるさくならず、弦主体の祈りの歌にかぶる金管や打楽器の咆哮、音が重なってもぜんぶクリアーなところが実によく、沼尻さんの耳の良さと分厚くならいオーケストラの持ち味ゆえか。
寂し気な五十年祭は、ここでも各ソロの巧みさ、独特のレスピーギのエキゾシズムなどなど、見て聴いて楽しむのでした。
徐々に増し行く喜びと祭りへの予感、このあたりのいろんな要素が同時進行しつつ歓喜への方向に持ってゆくレスピーギの筆の冴え。
実演だとほんと楽しく、音楽のすぐれた出来栄えが丸わかりなのです。
夕暮だけど、音楽は酒気を帯びてウキウキしてきたぜ、十月祭。
そして始まりましたよ神奈フィルのウィンドアンサンブルによるセレナーデの蕩けるような美しさと豊かな歌心。
マンドリンの第一人者、父・青山忠さん、先だっての都響の祭りでも登場。
マーラーの7、8、大地の歌でも必ず青山さん。
この方、この親子なくして「祭り」と「千人」「夜の歌」は日本では成り立ちません。
ありがたくイタリアのそよ風をマンドリンで味わい、そのあとは石田コンマスと上森チェロの素敵すぎるソロ。
徐々に漂うカーニヴァル臭、主顕祭。
素っとん狂な音楽に転じるこの鮮やかさも素晴らしく、いやもうワクワクしてきた。
やべえ、手回しオルガン風なところで、身体が泳いじまった。
ユニゾンによる大アリアに酔い、狂乱の一途をたどるどんちゃん騒ぎに色を添える、日本人の心くすぐる多彩な打楽器の大活躍のお囃子に目をみはりつつ、私はもう興奮の坩堝でして、案外冷静に指揮するマエストロよりも、久しぶりに眼前にした石田コンマスの立ち弾きや、オーケストラの皆さんを見回しつつ祭りに参加、堪能したのでござる。
思わず「ブラボー」!
先月のルスティオーニの「祭り」もすさまじかったが、今回は、ローマの旅の終結という完結感もあり、極めて満足感も高く、ホールが一体となった高揚感に満たされたのでした。

あー、おもしろかった!

Umaya

アフターコンサートは、久々の神奈フィル応援メンバーに、遠来の音楽仲間も交え、横浜地ビールで乾杯🍺

あんな興奮のあとは、ウマすぎるだろ。

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街はもう夜となってました。

楽しかった「ローマ物語」

過去記事

「ルスティオーニ&都響 ローマの祭り」

「ローマの祭り 聴きまくる」

「川瀬健太郎 ローマ三部作」

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2026年2月 6日 (金)

レスピーギ 「ラ・フィアンマ」(炎)

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ある日の壮絶な夕焼け空の太陽。

妖しくも、なにか起こるんじゃないかと心配してしまったのですが、なにごともなくその夜も次の朝も平準でした。

2026年はレスピーギ(1879~1936)の没後90年。
そんなにエポックな節目でもありませんが、演奏会ではそこそこに取り上げられます。

もちろんローマ三部作ばかりが有名で、だれしもが好きな作品でありますし、私も例外ではありません。
しかし、レスピーギはイタリアの作曲家であり、オペラ作曲家でもありました。
そこに着目して、以前より何度も記載してますが、プッチーニだけじゃないヴェルディ以降のイタリアのオペラ作曲家たちを務めて聴くようにしてました。

そんななかで、レスピーギの存在はかなり後期にあり、同時代のイタリアオペラ作曲家としては、マリピエロやピッツェッティらがいて、さらに後輩としてはメノッッティあたりとなります。

56歳という短い生涯にあって、オペラ的な作品は9作残したレスピーギ。
なかなか音源を集めずらいのですが、最近は映像で登場するようにもなり、徐々にコレクションできてます。
今回は完成された最後のオペラ、「ラ・フィアンマ」を取り上げました。

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  レスピーギ 歌劇「ラ・フィアンマ」 ≪炎≫

    シルヴァーナ:ネリー・ミリチオウ
    ドネッロ:ガブリエル・シャーデ
    エウドシア:マリアーナ・ペンチェーヴァ
            バジーリオ:デイヴィッド・ピットマン=ジェニングス
    アグネーゼ:チンツィア・デ・モーラ
    モニカ:オルガ・ロマンコ
    ヴェスコーヴォ:パータ・ブルチュラーゼ ほか

  ジャンルイジ・ジェルメッティ指揮 ローマ歌劇場管弦楽団
                   ローマ歌劇場合唱団

        (1997.12  @ローマ歌劇場)

イタリア人として祖国の風土、歴史、街々を愛したレスピーギ。
ローマ三部作でローマを謳歌した名作を残したが、レスピーギの後半生の心のなかにあった都市はラヴェンナでしょう。
ローマとは半島の反対側、アドリア海に近いエリアでボローニャの東側に立地するのがラヴェンナ。
「ラ・フィアンマ」の舞台はそのラヴェンナです。

1934年、レスピーギの心臓麻痺による56歳の早過ぎる死の2年前にローマで初演。
妻エルザとこのオペラの台本作者グワスタッラと3人でラヴェンナに長期滞在し、この歴史ある街に魅せられたレスピーギ。
オペラの時代設定は7世紀で、その頃はビザンチン帝国=東ローマ帝国と西ローマが対決していた頃。
ラヴェンナはコンスタンティノープルを首都とする東ローマ帝国の総督府があった都市で、帝国は完全支配下になっていなかったイタリア半島をなんとか統治するためにラヴェンナにその機関を置いた。

そんなラヴェンナだから、ビザンチン様式の史跡やモザイク画など、初期キリスト教の東方の文化をにじませた中世前期の色合い残るステキな街とのことで、世界遺産の都市ともなっている。
この機にいろいろ調べてみたけど、メジャーなイタリアの都市を外して、ラヴェンナとか近くのフェラーラを観光するのは実に魅力的だと思った。

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「ラ・フィアンマ」の物語の内容は、ラヴェンナを舞台に、総統一家の悲劇と外部が攻め入る民族との抗争、さらにいちばん大きな軸は、魔女狩りをドラマの核心として描いている。
7世紀の頃は、もしかしたら12~13世紀の中世時代の本格的な魔女狩り・魔女裁判・異端審問などとは違ったかもしれず、多分に台本のフィクション性が高いものとも思われる。
その原作は、ノルウェーの作家ハンス・ヴィアーズ=イエンセンが1908年に書いた「アンヌ・ベダースドッター」という小説で、英訳されてからは「魔女」というタイトルになったもの。
1590年にベルゲンで起きた史実をもとにしたもので、継母が義息子と関係を持ち、そこに魔法がからんでいたとして魔女と告発されて火刑にあってしまう女性を描いている。
 レスピーギのオペラは、それがこの物語の中心となっている。

登場人物を整理・紹介しときます

    シルヴァーナ:総督バジーリオの年若い妻
    ドネッロ:総督バジーリオの前妻との息子、シルヴァーナと幼馴染
    エウドシア:総督バジーリオの母にして、シルヴァーナの義母
             バジーリオ:ラヴェンナ総督府の長
    アグネーゼ:魔女とされ火刑。シルヴァーナの母の知り合い
    モニカ:バジリオ家の若い使用人
    ほかに、悪魔祓い、司教、息子が急逝した母親

東と西の両ローマ帝国の対立軸のなか、バジーリオは皇帝の命により、首都コンスタンティノープルを離れ、ラヴェンナに長期赴任している。
妻は亡くなり、息子のドネッロはコンスタンティノープルで政治や戦略を勉強中。
バジーリオは粗末な家庭出身の若いシルヴァーナと結婚することになり、母エウドシアは最初から反対していた。

第1幕

義母エウドシアは、義理の娘が家政婦に対し必要だとする厳しさが足りないと叱責する。
彼女は亡くなった息子の前妻を、高貴な貴族出身といこともあり規律の模範として考えている。
シルヴァーナは義母のそんな態度に息苦しさを感じ、家の使用人の一人、モニカに打ち明ける。
その時、群衆から怒りの叫び声が聞こえてくる。
アグネーゼ・ディ・チェルヴィアを火刑に処せ、彼女は魔女だと主張する者たちだ。
使用人の娘たちが飛び出して行くと、追いかけていた老婆が突然シルヴァーナの前に現れ、群衆から自分を救い、かくまってくれるよう懇願する。
シルヴァーナは最初は拒否するが、アグネーゼがシルヴァーナの母親もかつて魔女の容疑をかけられていたことをほのめかした途端、その願いに屈し、彼女を匿うことにする。
 バジリオの息子、ドネッロがラヴェンナに帰ってきた。
同い年のふたり、シルヴァーナはバジリオに、まだ子供だった頃に会ったことがあると告げる。
その時も二人は互いに惹かれ合っていて、今回の再会もまさにその通りの展開となる。
エウドシアがやってきて再開した二人の会話に割り込んで、孫のドネッロを歓迎する。
 その時、教会の悪魔祓いに率いられた群衆が、アグネーゼを追って家に押し寄せてきて、彼女が幼い少年チェザーリオに魔法をかけ、死においやったと母親は叫ぶ。
ついに群衆は老女を見つけ出し、火刑場へと引きずり出す。
アグネーゼは厳格なエウドシア、息子のバジリオ、孫のドネッロ、そしてシルヴァーナにも併せて呪いをかけ、いつかお前も火刑に処されると予言し、火刑に処せられる・・・・

第2幕

ドネッロは使用人のモニカと情事を始めていた。
シルヴァーナはこれを知ると、モニカに厳しくあたり、嫉妬に狂ったようになり非難し、ついに友人のようだったモニカを修道院に追放する。
一方、バジリオは息子にローマ教皇に対する戦いに加わるよう命じ、コンスタンティノープル行きを考えさせる。
アグネーゼが炎に倒れる少し前に、シルヴァーナの母親と総督との関係について奇妙なほのめかしをしていたのをシルヴァーナは気にしていた。
バジリオはついにシルヴァーナに、彼女の母親が魔法を使って彼を家に誘い込み、当時まだ成人にもなっていなかった自身の娘と結婚させたことを告白する。
数年後、シルヴァーナの母親が魔女の罪で告発されたとき、バジリオは彼女を擁護し、火刑から救った。
しかし、彼は当時彼女が自分に呪いをかけたと確信しており、自分の信仰によれば罪人を火葬場からは救えたが、地獄の煉獄からは救えなかったという思いにいまでも苛まれていると告げる。
 混乱したシルヴァーナは、なぜ母の死に悲しみを感じなかったのかを理解し始める。
同時に、彼女は母の魔力を受け継いでいると信じはじめ、夢の中で願うことが実現するのは、その力によるものだと確信する。
彼女は義理の息子ドネッロをいまここに出現させようとすると、突然彼が目の前に現れる。
二人は抱き合い、一夜を共に過ごす。

第3幕

シルヴァーナとドネッロは情事を続け、互いに離れることができないくなっていた。
エウドシアはとっくにその事実を知っていたが、息子バジリオのことを思い秘密にしていた。
しかし、彼女は政治的影響力を行使し、いまこそドネッロをコンスタンティノープルへ帰還させるよう仕向けた。
孫にこのことを伝えようとした日、彼女は孫の部屋でシルヴァーナを見つけてしまう。
明かになった二人の不倫関係はもはや隠し通すことができなくなる。
義母の陰謀によってドネッロと引き離されることを知ったシルヴァーナは、怒りと絶望に打ちひしがれ、バジリオに不倫の事実を白状する。
そしてバジリオと過ごした幸せな瞬間はまったくなく、彼の誘いに屈するたびに彼を軽蔑していたと告げ、バジリオを罵倒する。
老いたバジリオは精神的に混乱し崩壊し、心臓麻痺を起こしてしまいそこで息を引き取る。
 エウドシアは息子の死をシルヴァーナのせいにし、彼女を殺人鬼、さらには魔女と罵倒する。

暴徒と化したの群衆の裁きに引き渡されたアグネーゼのときとは異なり、シルヴァーナは司教のもと正式な裁判を受けることとなる。
彼女は姦通に関しては告白するが、魔女の嫌疑は一切を否定する。
彼女の自己の弁護は愛の炎に屈したことが唯一の罪、ドネッロと彼女は愛で結ばれており、この愛に生きると主張。
ドネッロも同じ思いとなり、感動してシルヴァーナを弁護すると、司教と聴衆は心動かされ、シルヴァーナを無罪放免にしようとする。
しかしそのとき、義母エウドシアが口を開き、魔女として有罪判決を受けたアグネーゼとの関係、そしてシルヴァーナの魔女のような母親にまつわる噂を、激しく言いつのり、その過去を全員に思い出させる。
そして最後に、彼女は「魔女!魔女の娘!」という言葉で告発を終える。
ドネッロもこといたっては、シルヴァーナを疑い始め嘘だと言ってくれと責め、シルヴァーナはもはや彼を信頼できないことを悟る。
愛への夢は砕け散ってしまい、自暴自棄の心境となったシルヴァーナ。
司教が十字架を彼女に差し出し、魔女を糾弾する最後の機会を与えた時、彼女はその誓いの言葉を発することができない。
彼女の沈黙は告白とみなされた。
人びとは、神は正しく下された!魔女!と叫ぶ。
シルヴァーナは火葬場へと運ばれる・・・・

                

救いのない絶望的なドラマ。
2度も魔女狩りの火刑があり、不倫あり、突然死あり、義母のいびりあり、嫉妬あり、愛のシーン・・・・
人間の心のなかにある迷信や超常現象的なものに対する恐れと不安のおののき、そして期待と不安への憧れ。
そんな心情もあって、このオペラの初演とその後の各地で世界戦争前夜当時の上演ブームにつながったんだと思います。
それは人々の集団ヒステリーでもあり、キリスト教と邪教との聖邪の対立、厳しい家父長制、女性の心の自立、フェニミズムなどなど、いまでも通じる普遍的な事象をあらわしてもいて、このオペラに社会性をまとわらせた演出が可能であることも証してます。
忘れ去られたこのオペラ、ローマでのライブをメインに聴きましたが、2024年のベルリン・ドイツ・オペラ上演も視聴できました。
研ぎ澄まされたクリストフ・ロイのシンプルな演出の説得力と歌手たちの迫真の演技があまりにも素晴らしく、度肝を抜かれました。

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レスピーギの音楽の素晴らしさ。
冒頭から宿命的なサウンドで、このオペラの逃げようのない苛烈さをすぐさまに感じさせる。
そしてすぐさま、エキゾシズム漂う東方ムードに覆われる使用人たちの女声の歌声。
歌手たちには、アリアなどひとつもなく、独白的な場面でつながれているが、義母エウドシアのまるでワーグナー作品のオルトルートの存在を思わせるような邪悪な雰囲気の音楽や、ドネッロのやたらと甘い役回り、表向き強権ムードのバジリーオ爺さんが、若い妻にはメロメロだったりするシーンなど、ともかくよく書けてる。
そしてヒロインのシルヴァーナの音楽は、とても同情的な側面で書かれている一方で、暗い情念をにじませるような二面性もあり、この役柄を歌いこむ大変さも感じるのであります。
交響詩でも存分に発揮されているオーケストレーションの見事さは、オペラでも各シーンの鮮やかなまでの描き分け、事象を彷彿とさせるリアル感など、ここでも満載です。
 あとなによりも、美しいのは愛を語るシーンでのとろけるような甘美かつ抒情的な音楽。
1幕の若いふたりが、子ども時代を語るシーンでは森や鳥のさえずりなども模写され美しいく清々しい一方、結ばれてしまったあとの3幕での二重唱は濃厚なトリスタン的後期ロマン派の音楽となっている。
 そして、1幕の最後、終幕でのエンディングの強烈さもすさまじいです。

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97年のローマでのライブは舞台の熱気をそのまま感じる優れもの。
ロッシーニ指揮者でもあり近現代ものが強かったジェルメッティは2021年に75歳で亡くなってます。
存命ならばイタリアを代表する巨匠であったでしょう。
ここでのレスピーギは、切れ味よろしくローマのオーケストラとは思えないくらいに鋭い音がでてるし、また歌心もたっぷり。
歌手では実績あるミリチオウが圧倒的な歌声で、清楚さから妖気と諦念もうまく表現していた。
ほかはデコボコあり。

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        シルヴァーナ:オレシア・ゴロヴネヴァ
    ドネッロ:ゲオルギー・ヴァシリエフ
    エウドシア:マルティナ・セラフィン
             バジーリオ:イヴァン・インヴェラルディ
    アグネーゼ:ドリス・ゾッフェル
    モニカ:スア・ジョー   ほか

  カルロ・リッツィ指揮 ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団
             ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団

      演出:クリストフ・ロイ

        (2024.9.29  @ベルリン・ドイツ・オペラ)

私のヒットゾーンの作品を次々と上演してくれてるベルリン・ドイツ・オペラでのライブ。
ドイツ放送から録音し、さらにその舞台もネット視聴することができました。
この視聴で、ラ・フィアンマの作品理解をかなり深めることができた。
無駄なものをいつもそぎ落とすミニマル演出家ロイ。
室内仕立てのサスペンスを見るかのような求心力と音楽への集中を妨げないシンプルな演出は、ここでも見応え充分。
女声3人とモニカを加えた4人がすばらしい。
役柄に没頭し迫真すぎる演技と柔らかさと強烈さも併せ持ったロシアのゴロヴネヴァはビジュアルもよい。
大ベテランのゾッフェルが鬼気迫る魔女役に、ドラマテックソプラノのセラフィンが、ここではメゾの領域で本ドラマでの悪役に挑戦し、複雑な心境を歌い演じる。
ローマ盤より録音が最新のせいか、バリっとした鮮やかさがあるオーケストラがうまい。

いつかDVD化を望みたい。

音源としては、85年頃のガルデッリ盤があり、当時フンガトロンレーベルにレスピーギのシリーズを録音中だった。
聴きたいのですが、そちらは入手難。

ヴェルディ(1813~1901)以降のイタリアオペラ作曲家

  ・ボイート     (1842~1918)
  ・ポンキエッリ   (1843~1886)
  ・カタラーニ    (1854~1893)
  ・レオンカヴァルロ   (1857~1919)
  ・プッチーニ    (1858~1924)
  ・フランケッティ  (1860~1942)
  ・マスカーニ    (1863~1945)
  ・チレーア     (1866~1950)
  ・ジョルダーノ     (1867~1948)
  ・モンテメッツィ   (18751952)
  ・アルファーノ    (18751954)
  ・ヴォルフ=フェラーリ(1876~1948)
  ・レスピーギ     (1879~1936)
  ・ピツェッティ    (1880~1968)
      ・マリピエロ     (1882~1973)
  ・メノッッティ     (1911~2007)

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まるでゴジラのような雲。

ドラマテックにすぎる空でした。

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2026年1月18日 (日)

東京都交響楽団定期演奏会 ルスティオーニ指揮 ①

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久しぶりの池袋芸術劇場。
かわらぬ人の多さが田舎暮らしに慣れた自分にはキツイものがありました。

イタリア週間 4276

東京都交響楽団の首席客演指揮者となるミラノ生まれのダニエーレ・ルスティオーニ。
その奥さんでミラノとベルガモの間ぐらいにあるレッコ出身のヴァイオリニスト、フランチェスカ・デコ。
この素晴らしい共演でした。
ルスティオーニは、ずっと注目していたオペラ指揮者なので、即座にチケット手配しました。

ちょっと加工してスクリーンに美男美女入れてみました。

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  東京都交響楽団定期演奏会 第1033回

 ブラームス ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.77

   バッハ   無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番 ~ジーグ

     Vn:フランチェスカ・デゴ

 R=コルサコフ スペイン奇想曲 op.34

 レスピーギ   交響詩「ローマの祭」

    ダニエーレ・ルスティオーニ指揮 東京都交響楽団

         (2026.1.17 @東京芸術劇場)

独・露・伊の3人の作曲家がランダムに並んでいるように感じますが、ここに通じているのは南国・南欧への憧れとイタリアそのもの。
ブラームスは、調性も同じくする第2交響曲と同じくペルチャッハで発想・書かれた曲。
ソリストと指揮者の個性が申し分なく発揮できるプログラムだと思いました。

激することなく神妙な雰囲気で始まったブラームス。
デゴのソロの入りもさほどに情熱的でなく一音一音を確かめるような慎重な雰囲気。
ブラームスの協奏曲に抱くイメージが違うと思う方がいるかもしれない。
わたしは、こうした柔和なブラームスは好き。
ヴィブラートをあまり効かせないのも好ましく、華美に傾くことがない。
ともかくデゴさんのヴァイオリンは音色が美しく繊細。
だから第2楽章が絶品で、見事なオーボエソロにも増して、楚々たるアリアのようなヴァイオリンの歌には聞惚れましたよ。
戻って1楽章ですが、カデンツァにブゾーニ編のものが使用され、そこではティンパニがドロロロ~ンと鳴り、背後で終始そのティンパニも静かに鳴り響くと言うヴァイオリンがまるで浮き上がってくるような効果をもたらすもので、実に面白く新鮮だった。
彼女のヴァイオリン協奏曲のCDもそのカデンツァが使われているようで、カップリングは珍しいそのブゾーニの協奏曲だ。
こうした知的なこだわりも彼女ならではなのだろう。
終楽章は明るく爽快に、ルスティオーニの開放的なオーケストラに導かれるように快活なるヴァイオリン。
こんなに爽やかで微笑みに満ちたブラームスの協奏曲は自分では初めてかもしれない。
 ついでにオジサン目線だけれども、演奏中のデゴさん、弾いてないときに空を見つめるような目線、ともに美しかった。
アンコールはお得意のバッハ。
技巧をひけらかすことのない真摯な、でも美しい演奏でした。
別日ではアンコール2曲やった様子ですが、この日は1曲。
翌日の札幌でのソロコンサート、翌々日は東京に戻り武蔵野市でまたソロと、ちょっとハードなスケジュールに合わせてのことだったかもしれません。

ルスティオーニはロシア物も得意にしていて、R・コルサコフでは「金鶏」がDVD化されているほか、チャイコフスキー、ラフマニノフなどもさかんに指揮してます。
明るく歌心にあふれ、ダイナミックな緩急に富んだスペイン奇想曲、めちゃくちゃ面白かった。
シェエラザードにも通じる異国情緒たっぷりの要素を、さすがルスティオーニは歌いまくって巧みにムード満点だし、コルサコフのオーケストレーションの巧さも5つの場面の描きわけの見事さで実によくわかりました。
水谷コンマスのソロを指揮者もオーケストラも楽しそうに聴き入り、そこからもうノリノリの雰囲気で一気呵成に情熱の爆発と開放を成したルスティオーニの指揮のうまさ!

この日の目玉、楽しみにしてた「祭」じゃ!
人員増強して、オルガン席にも奏者が陣取り始まりました金管の咆哮をともなう古代ローマの熱気あふれる世界観。
都響めちゃくちゃうまいし、音に濁りなし、ルスティオーニの整然とした棒さばき。
大振りはしないけれど、動きは多いし、ぴょんぴょん跳ねるし、左右に忙しく、顔の表情も豊か。
こんどは正面席で聴いてみたい。
 ローマを見出した巡礼者の祈りと歓喜での音楽の盛り上げも見事だったし、こうした変化を鮮やかに描き分ける才はオペラ指揮者ならではかもで、十月祭の夕暮ムードも素敵でセレナーデもうっとりしてしまう。
そして急転するムード転身もあざやかで、はちゃむちゃカーニバル状態の第4部の整然とした持って行き方もあざやか。
熱狂するローマ市民ばりに、ワタクシもワクワクが止まらず、ドキドキしてきた。
ずっと終わらないでカーニバルやってくれい、と思わずにはいられない魅惑の時は、無情にも過ぎつつ熱狂うずまくレスピーギ=ルスティオーニワールドはジャンジャンと終結!
思わず、ブラボーしちまった!

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最高じゃん、ルスティオーニ。
都響もノリがよくって、みんな楽しそうだった。
われわれ観衆もみんなニコニコで帰りました。

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後半のこうした音楽を指揮したらルスティオーニは無類に上手い指揮者だ。
本格的なシンフォニーとピットでの指揮を聴いてみたい。

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こんなパフォーマンスとオーケストラとやってくれる。

ミラノ生まれといえば、アバドと同郷。
しかし、育った頃はムーティ時代のミラノ。
いつしか、スカラ座の指揮者になって欲しい。
次は、ヴェルディとワーグナーを聴きます。

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2021年7月23日 (金)

これでもかとばかりに「ローマの祭り」を聴いてしまう

F

みたままつりで、毎年展示される、青森ねぶた。

今年も、青森のねぶたまつりは中止。

G

こちらは、弘前ねぶた、お隣に展示。

五所川原も有名だし、大湊など、ほかの地域に独特のねぶたがあるそうで。

東北の祭りは、日本人の心に夏の刹那的な輝かしさと郷愁とを呼び覚まします。

そして日本の各地、自分の町々にもいろんなお祭りがある。

それらがみーーんな中止。

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担ぎ手は鬱憤がたまるし、神輿も手持ち無沙汰にしか見えない。

祭りを返せーーーーーーーっての!

ちきしょー、日本じゃないけど、レスピーギの「ローマの祭り」をめちゃくちゃ聴いてやる、ってことで。

手持ちの音源を、全部じゃないけど、1週間かけて聴いてやったぜ、の巻だ、こんにゃやろー。

Roman-festivals-1

いきなり金管の大咆哮で始まる「チルリェンセス」はローマ時代の暴君の元にあった異次元ワールドの表出。

キリスト教社会が確立し、巡礼で人々はローマを目指し、ローマの街並を見出した巡礼者たちが喜びに沸く「五十年祭」。

ルネサンス期、人々は自由を謳歌し、リュートをかき鳴らし、歌に芸術に酔いしれる「十月祭」。

手回しオルガン、酒に酔った人々、けたたましい騒音とともに人々は熱狂する。キリストの降誕を祝う「主顕祭」はさながらレスピーギが現実として耳にした1928年頃の祭の様子。

(以上、過去記事より)

名盤云々とするのは好きでないので、印象を書き散らすのみ。

・トスカニーニ&NBC 
  鋼のような演奏。無慈悲な祭りの熱狂を正確無比に描き出す。
  モノなのに、そんなハンデはこれっぽちもない。

・デ・サバータ&ベルリンフィル
  当然にモノで放送録音、ヒス多し。
  こちらもBPOだけあって正確無比ながら、テンポを動かし、早くて遅い。
  ラストは悠揚迫らぬ雰囲気。
  ベルリンフィルはこの曲の録音ないかも?

・オーマンディ&フィラデルフィア(RCA)
  録音のせいか、きらびやか、あ、この時代のこのオケだからか?
  間合いの取り方や、大仰さがやや時代めいて聴こえるという不遜な思いも
  でも、各処決め所はさすがで、王道を行く演奏

・バーンスタイン&ニューヨークフィル
  荒馬のようなNYPO、デフォルメされた金管、おどろおどろしくもあり。
  官能の極み興奮の坩堝もあり。
  ジェットコースターだよ、おっかさん
  たのしーよ、おとっつあん。

・マゼール&クリーヴランド
  大向こうをうならせるような原色系の演奏。
  おらおらと煽られもするが、でも以外に沈着だったりする。
  聴かせ上手で、指揮しながら、客席に向かってどうよ?
  ~って言いそうなマゼールさんの指揮、好き。
  オケがめちゃウマい、録音もいい。

・デュトワ&モントリオール(1982)
  ビューティフル!テンポもよろしく、しなやか。
  録音も演奏と同質的な美的なもの。
  うまいもんだ。しかしウネリは少なめ、どこまでも美しい。
  N響でお馴染みの指揮ぶりが思い浮かぶ。

・デュトワ&ボストン響、ロイヤルフィル(2014)
  ともに2014ライブで、タングルウッドとPromsの自己エアチェック音源。
  32年の歳月は確実に音楽の構えの大きさにあらわれてる。
  堂々としつつも、強靭な響きと華やかな煌めきもあり。
  ボストン響の充実ぶりが上回る。
  RPOはプロムスの独特のあげあげムードの後押しもあり。
  ともに、一気に3部作を連続演奏。

Roman-festivals-2

・小澤征爾&ボストン響
  アナログ時代のざーさんの代表盤。
  レコードのこのジャケット好きだった。
  ヨーロピアンなBSO。
  品もありつつ、しなやかで、バランスのいい美しい演奏。
  ラストに、そんなにはっちゃけず、冷静なままに終了。
  オリーブオイル垂らした味噌汁うまいよ、ジャポネーゼ!

・シノーポリ&ニューヨークフィル
  自分に音楽を引き寄せたレニー&NYPOとは違った冷静さ感じる
  録音のせいもあるが、パンチは効いてるし音の圧も高い。
  五十年祭はかなり深刻で気が重たくなるが、後の解放感が心地よい。
  面白いコンビだな、ドレスデンでも聴いてみたかったぞ。

・ヤンソンス&オスロフィル
  濃い味少なめ。
  パートの絡み、音の出し入れ、強弱が実に巧みで、メリハリありうまい。
  これも語り上手な演奏だが、後年にバイエルンで再録して欲しかった
  
・ガッティ&ローマ聖チェチーリア
  これはいい。
  譜面に忠実に、細大漏らさず音にした感じ。
  着実で堂々としつつ、繊細さ甘味さもあり。
  ホルンがめちゃうまい。
  ラストの自然な盛り上げにオジサン興奮、ふがぁーー

・マリナー&アカデミー・セント・マーティン
  90年代、アカデミー増強で、大オーケストラレパートリーを録音していた
  あっさり、うす味ローマ祭り、歳取ると、こんなローカロリーが好き。
  10月祭の透明感ある美しさは格別♪

・ルイージ&スイス・ロマンド
  伝統のオケを指揮したルイージ、若い。
  冒頭からガンガン結構行くが、10月祭ではしっとりと弱音を活かした美演。
  ラストはすさまじい熱狂ぶりであります。
  ヴェルディみたいなローマ祭り。
  
・パッパーノ&ローマ聖チェチーリア
  小粋でスマート。しゃれっ気もダイナミックさも兼ね備えてる。
  オケは明るく痛快だ。
  煌めくサウンド、ローマの地下での神妙な祈り、鼻歌混じりのセレナード
  最後は爆発的な祭典へ。いぇ~い!
  最高だぜ、パッパーノ兄貴!

・ファレッタ&バッファローフィル
  おなご指揮者ファレッタさんは、レスピーギや後期ロマン派。
  加えて、英国物もお得意だ。
  オケの力量もあろうか、ちょっとした詰めは甘いところがある。
  しかし細部は美しく、よく歌ってる。
  爆発力も兼ね備え、さすが、アメリカオケを感じる。
  バッファローはアメリカ北部、エリー湖に面した都市。
  いずれアメリカオケ旅で取り上げます。 

※世評高いムーティさんは持ってません(意味深)
でも、バイエルン放送とのライブ放送を自己音源で聴いてますが、一気呵成、ラストスパートよしの演奏でした。
あと、放送音源では、ウェルザー・メストとクリーヴランドの快速特急ローマ祭りも面白い。
バッティストニーニ&東フィルの激熱ぶりぶり放送ライブも好き。
最近では、ジョン・ウィルソンとBBCスコティッシュのものが、ビジュアル感あふれる演奏で気にいりましたね。
バティス盤がどっかいっちゃって見当たらない

未入手CDでは、怖いもの見たさでスヴェトラーノフさんですかねぇ。
アバドは絶対に振らなかったレスピーギ。

無謀な企画に、正直疲れましたが、それでも何度聴いても面白い曲だ。
クソ暑い夏向きの音楽。

それにしてもレスピーギの音楽はなんでもありで、しかもよく書けてる。
オペラ収集中につき、そちらも再開しなくちゃならない。
時間が足りない・・・

H

2年前の祭り。
あのときの熱狂はもう戻らないのか・・・・

「祭」で耳が疲れたら、「松」のジャニコロ・ナイチンゲールで癒され、「泉」のほとりで涼もうじゃないか。

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2015年5月31日 (日)

レスピーギ 「セミラーマ」 ガルデッリ指揮

B

5月のある日の夕焼け。

くっきりとした冬の夕焼けと違って、この時期のものは、地上の熱の影響で、なかなかに、ドラマティックな光景になることが多いです。
何度も、書きますが、夕焼け大好き。

Respighi_semirama

  レスピーギ  歌劇「セミラーマ」

    セミラーマ(バビロニアの女王):エヴァ・マルトン
    スジャーナ(カルデアの王女):ヴェロニカ・キンチェシュ
    メロダーシュ(バビロニアの士官):ランドー・バルトリーニ
    ファラッサール(アッシリアの統治者):ラーヨス・ミラー
    オルムス(バアル神の高僧):ラースロ・ポルガー
    サティバーラ(バアル神の預言者):タマス・クレメンティス

  ランベルト・ガルデッリ指揮  ハンガリー国立管弦楽団
                    ハンガリー放送合唱団

                     (1990.8.20~29 @ブタペスト)


レスピーギ(1879~1936)の10あるオペラ関連作品(そのうち一つは、未完。さらにひとつは、未完を夫人が補筆完成)のうち、3番目、「セミラーマ」を。

レスピーギの概略、その人となりは、こちらに書きました(→)

レスピーギのオペラは、そのすべてが録音されておらず、また、その限られた音源も手に入れにくく、しかも外盤ばかりで、その作品の詳細理解が難しいのですが、未知オペラをじっくり聴きあげることが好きなワタクシ、次のターゲットをレスピーギにいたしました。

1908~10年にかけての作品で、ドイツ滞在中に書きはじめ、ボローニャにて完成。
初演も、ボローニャで、同年、11月に行われ、大成功を博したとされます。

原作は、ヴォルテールの「セミラミス」で、これを台本作家アレッサンドロ・チェーレが3幕仕立てにいたものが、このオペラのベースです。

 このセミラミスは、美貌・聡明・残虐さをそなえた、紀元前9世紀のアッシリアの伝説上の人物で、アッシリア王に気に入られ、王子も産むが、その王を殺し、王子は行方不明になり、やがてあらわれた王子を、実の息子とお互い知らずに結婚しようとし、最後は、その息子に、父殺しの復讐をされてしまう。

かつてのギリシア神話によくある説話のたぐいで、オイディプスやエレクトラを思い起こします。

そして、この題材は、多くのオペラとしても残されてます。
一番有名どころでは、ロッシーニの「セミラーミデ」でしょう。

 この壮絶なドラマに、レスピーギは、その劇的なオーケストレーションの才能と、イタリアオペラの伝統の豊麗な歌唱を組み合わせ、見事な作品を書き上げました。
30歳のレスピーギの意欲的なこのオペラには、いろんな要素がぎっしり詰まっていて、以下、解説からや、聴いた印象も含めて羅列してみます。

・強気で自己中心的な女王(王女)、そして、暗い影を引きずっているという意味で、
 サロメや、エレクトラ、トゥーランドットに通じる。
 同様に、壮大な歴史ドラマが背景に。

・そうした意味もこめて、その音楽は、R・シュトラウス(1864~1949)顔負けの濃厚
 芳醇世紀末サウンド。
  同様に、先輩プッチーニ(1858~1924)顔負けの、甘味で美しい旋律の渦。
 さらに、ロシアで教えを受けたR=コルサコフ譲りの、エキゾティシズム。
 ペンタトニック音調が、いかにもメソポタミアン(?)な雰囲気を醸し出してる。
  レスピーギ若き日々の立ち位置が、よくわかります。
 古典的な佇まいを示すのは、ずっと後年のこと。

・プッチーニは、このレスピーギの「セミラーマ」が作曲されたころ、まだ、
 「トゥーランドット」(1919年頃より準備、1924年未完)の発想をまだ持ち合わせて
 いなかったが、レスピーギのスコアを どこかで見たという可能性が云々される・・・・

・「トゥーランドット」とのキャストの類似性
 そちらも、もともとが、アラビアが舞台の物語。
 ドラマティックソプラノによる女王、ヒーローの王子、その王子を慕う優しいソプラノ
 慈悲に溢れたお爺さん(バス)は、共通。
 そこに、「セミラーマ」は、横恋慕するバリトンが加わる。

・「サロメ」の影響
 シュトラウスの「サロメ」は、1905年の作で、「セミラーマ」作曲開始の3年前。
 セミラーマ前に、ドイツに長期滞在していたレスピーギ。

・コルンゴルトサウンドへの近似性
 コルンゴルト(1897~1957)は、レスピーギの一回り後輩。
 近未来的なキラキラサウンドは、お互い近いものがある。
 ことに、「死の都」を一瞬思わせるヶ所が、「セミラーマ」にもありました。
   しいては、ハリウッドの壮大な歴史ドラマにも相通じるものも!


 以上のように、聴いていて、いろんなインスピレーションが湧き上がってくるレスピーギの初期のころのオペラ。
あと出しイメージ操作のできる、いまのわれわれ聴き手ですがゆえ、このように、何に似てるとか、誰の影響とか言ってしまいます。
 ですが、以前にも、ぼんやりと書いたとおり、音楽って、そういうものだし、作曲家も、演奏家も、みんなお互いに影響しあって、刺激しあって存在してるもの。
何々風とか、誰それに似てるなんて、別に、その音楽の存在価値をおとしめるものでは、一切ない表現や評価だと思います。
 そして、いろんな作曲家たちが活動した時代背景や、場所、それらの相関関係を紐解くことも、後世のわれわれには、楽しみのひとつであります。

 物語は、紀元前9世紀ごろのバビロニア

第1幕 バビロンの王宮
 
女王セミラーマと、かつて征服された国の王女、いまは、その待女となったスジャーナが、反乱軍との戦いに勝利した自軍が、多くの豪華な戦利品を積んで入港するのを空中庭園から見守っている。
しかし、ふたりの女性が気になるのは、それらのお宝ではなく、その出生も謎に満ちた勇敢な戦士、メロダーシュのこと。
 
 反乱軍の指導者の処刑も行われ、セミラーマは、冷徹に対処しつつも心が苦しい。
その晩、スジャーナとメロダーシュは、久方ぶりに会って、お互いの愛を確認する。
ふたりは、幼馴染みであった。

第2幕 バアルの神殿

高僧オルムスが朝の祈りを捧げている。
そこへ、ファラッサールが預言者とともに、相談にやってくる。
彼は、かつて、バビロニアの国王を高僧から約束もされ、かつての国王殺しも加担していて、セミラーマが、メロダーシュに夢中になっていることから、彼女のことを失いたくないと思っている。
 この横柄な態度に、バアル神の像の後ろで聞いていたセミラーマが躍り出て、怒りをあらわにする。
 ファラッサールは、あの正体不明の亡命者、メロダーシュこそ、かつてのセミラーマの息子ニノでありことを告げるが、セミラーマはまったく信じることがなく、メロダーシュとの婚姻を進めることを宣言する。
高僧オルムスの占いでは、不吉の預言が・・・

第3幕 宮殿

セミラーマとメロダーシュの婚姻が発表され、その賑やかな祝宴に皆は浮かれている。
ファラッサールは、スジャーナに、メロダーシュの身の上の秘密を告げ、彼女からメロダーシュに思いを踏みとどまらせようと画策する。
 深い悲しみに落ち込み、愛する恋人を失うことでは、利害の一致する彼女は、メロダーシュに、ファラッサールから聞いた話を伝え、母親と結婚することをやめさせようとする。
 熱い愛を語りあう、セミラーマとメロダーシュのところにスジャーナは意を決して登場。
女王は、席を外すが、スジャーナから話を聞いた血の気の多いメロダーシュは、意味のない中傷として腹をたて、むしろ、ファラッサールを殺害する計画をたてる。
 その晩、暗い霊廟にて。
ファラッサールがかつて、先王を暗殺したのと同じように、今度は、メロダーシュが隠れ、待ち受ける。
そして、あらわれた人物にメロダーシュは襲いかかり、一撃で倒してしまう。
 
 ところが、倒したその人物は、セミラーマであった。
セミラーマは、息も絶え絶えに、「わたしの息子よ、母親の言葉を聞け、わたしは、これから暗黒をさまよいます、そして、永遠にあなただけを愛します、ニノ、わたしの子供、母は、あなたに口づけがしたい・・・・」といってこと切れる。
外では、セミラーマの名を歌い呼ぶ、声がこだまする。

                幕

対訳なしで、まっく難渋しましたが、だいたいこんな感じの物語です。
セミラーマは、冷たいトゥーランドットのようで、でも、息子に命を奪われることで、母として覚醒し、優しいひとりの女性となって浄化されるのです。
最後の、静謐なシーンは、とても印象的で、感動します。

そして、全編にわたる、若いとはいえ、レスピーギならではのオーケストラの素晴らしさ。
歌も、イタリア・オペラの伝統を踏まえながらも、激烈なヴェリスモとは一線を画した、どちらかといえば、フランスやドイツのオペラに近い感じで、抒情と流麗さが際立ちます。

1幕の若い男女の二重唱は、匂い立つほどの芳香を感じます。
とてつもなく美しく、官能的で、トリスタン的でもありました。

2幕では、東洋風の調べが、アラビアンな雰囲気ムンムンで、エロティックかつエキゾティック。
そして、ファラッサールの、まるで、スカルピアをも思わせるような信条告白がナイスなアリアがありました。
さらに、セミラーマの気の強さが満々なのが分かるアリアもあります。
まるで、不感症のトゥーランドットみたいだ。
何度もいいますが、トゥーランドットより先の作曲ですから。

3幕では、スジャーナの「悲しいかな・・・」という、それこそ哀れさそうアリアが美しい。
そのあと、一転して、パーティのどんちゃん騒ぎになだれ込む、その対比。
ベルクやシュレーカーすらも思いおこしたその鮮やかさ。
その宴会は、「神々の黄昏」の第2幕っぽい。
そして熱い親子の恋人的な二重唱に、母として死を迎える、楚々とした最後の場面。
優しい女性として、自省もこめて、人生の括りとして、力強く、でも愛情を込めて歌う死のセミラーマは、ほんとに感動的です。
死による浄化が、ここで行われる訳です。

 全体を統率する、ガルデッリの指揮が、まことにもって素晴らしい。
オペラの呼吸を完璧なまでに身に付けたこの指揮者は、ヴェルデイを指揮する如く、真摯に、そして旋律のラインを大切にしながらも、歌手を盛りたててます。
ハンガリーのオケが、こんなに軽やかで明るいのも、この指揮者のおかげです。

エヴァ・マルトンは、相変わらずの熱演ですが、マゼール盤のトゥーランドットが刷り込みでもあるので、どうしても、そちらの印象に引っ張られます。
強引さが逆によく出ていて、これはこれで良い歌唱でしょう。

息子兼恋人のバロトリーニは、ちょっと一本調子。
ドミンゴだったら・・・との思いをぬぐい切れません。
もっと、スタイリッシュな歌を望みたい。

あと、ポルガーの深いバスが印象的で、このハンガリーの亡き名バリトンの良き記録ともなりました。
ほかは、まずまずかな。

なによりも、ゼロから始まって、何度も何度も聴いて、ものにしてゆく、初聴きのオペラ体験。
レスピーギのオペラ、ほかの作品も、なかなかでして、これから聴き馴染んでゆくこと、大いに楽しみです。

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2015年5月 8日 (金)

レスピーギ 交響組曲「鳥」 オーマンディ指揮

Ninomiya_4

連休終わりましたね。

概ね、好天に恵まれ、各地はラッシュ状態だったみたいですね。

わたくしは、いつもどおり、神奈川の実家に帰って、その周辺のみで、毎日、早朝散歩を楽しみつつ、のんびりしましたよ。

アヤメの花と、夏みかんと青空。

5月ならではの光景でした。

Ninomiya_3

  レスピーギ  交響組曲 「鳥」

           ユージン・オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団

                        (1960年代 フィラデルフィア)


レスピーギシリーズ。

今日は、ちょっと短めの可愛い管弦楽作品。

1927年、48歳のレスピーギ。
「ローマの祭」の1年前の作品です。

ローマ三部作の、華やかで豪快なサウンドから、うって変わって、古典的な佇まいを持つ、瀟洒で、典雅な組曲です。

17世紀から、18世紀にかけてのフランス、イタリア、イギリスのクラブサン作品をもとに作曲されたもので、原曲の雰囲気を巧みに残しつつも、レスピーギらしく、描写のウマさ、キラリ系の音色も散りばめ、楽しくも優雅な作品となりました。

 ①「前奏曲」  誰もが聴いたことあるような楽しい出だし。あとのめんどりも登場。

 ②「はと」   はとポッポというと、いまや、あの宇宙から来た問題行動のヒト??
          でも、こちらは、憂愁を感じさせる緩やかな曲。
          フランスのジャン・ガロという人の原曲。

 ③「めんどり」 いかにも「めんどり」、かまびすしいし、ちょこまかしてる。
           最終のトランペットの嘶きが、おもろい。
           町内に、鶏肉屋さんがあって、そこのもものローストは絶品だった。
           その店のオバサンは、鳥にそっくりだった。
           ラモーの原作。

 ④「夜啼き鶯」 作者不詳のヴァージナル原曲(英)。
           夜のしじまに泣く夜鶯は、ロマンティックで涼やか。
           いい感じ~

 ⑤「かっこう」  誰が聴いても、かっこう鳴いてます。それもたくさん、何度も何度も
           レスピーギの見事な筆致が冴え渡る。
           各楽器に橋渡しされ、弦楽器も鳥の羽ばたきのように軽やか。
           そして、最後は、冒頭の主題がちょっと晴れやかに登場してお終い。
           イタリアのパスキーニの作品が原曲。

なんか、すっきりする桂曲にございましたね。
休み明けの、ぼんやり頭にちょうどいい。

そしてオーマンディとフィラ管は、こうした曲では、抜群にうまく、キラキラ感も、爽快感も充分。
CBSの録音も、それに相応しく、60年代のアメリカンサウンドって感じ。

レスピーギ、楽しいな。
           

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2015年4月30日 (木)

レスピーギ 劇的交響曲 ナザレス指揮

Tokyo_tower_a

まいど、こちらでは、おなじみ東京タワーです。

そろそろ夏の白のライトアップ仕様に変更の季節です。

5月連休も始まるし、ほんと、月日の流れるのは早い。

この前、お正月だったのにね・・・

 先日の、「ローマ三部作」以来、脳内は、噴水松祭りとなっておりまして、ことあるごとに、それらのフレーズが鳴り渡っております。

その流れでもって、レスピーギのほかの作品も聴きましょう。

Respigi_sinfonica

  レスピーギ   劇的交響曲~Sinfonia Drammatica

    ダニエル・ナザレス指揮 スロヴァキア・フィルハーモニー管弦楽団

                      (1986.2@ヴラティスラヴァ)


1.レスピーギ

オットリーノ・レスピーギ(1879~1936)は、ローマ三部作や、リュート組曲ばかりが突出して有名ですが、交響曲から、室内楽、器楽、オペラ、声楽まで、あらゆるジャンルに広範にその作品を残した多作家です。

作曲以外にも、音楽学者・教育者としても実績があり、指揮者であり、奏者としても、ピアノ・ヴァイオリンの名手であり、音楽の分野すべてにその情熱を注いだ才人でした。

ボローニャに生まれ、音楽教師の父から、ピアノとヴァイオリンを学び、音楽の道を進む。
地元の音楽院で、本格的に楽器や作曲を習得し、当初は、ヴァイオリン奏者としてキャリアをスタートさせ、ペテルブルグでは、R=コルサコフに出会って、大きな影響を受けたりもしている。
 1900年以降(21歳)からは、活動の主力を作曲に移し、1913年には、聖チェチーリア音楽院に職を得て、ローマに移住し、教鞭とともに作曲活動に従じることとなります。
 1919年(40歳)には、作曲の師弟で、歌手でもあったエルザ(1894~1996)と年の差の恋を経て、結婚。
エルザは、レスピーギを献身的に支え、自身の作曲活動は押さえ、主人の作曲した歌曲や声楽作品の演奏や、編曲、そして、没後も、未完のオペラの補筆完成、伝記の執筆、レスピーギ財団の設立など、多くの偉業を残し、102歳で亡くなってます。
 96年のことですから、まだ少し前ですね。
彼女の存在は、レスピーギにどれだけ、力を与えたか、はかり知れません。
彼女自身の作品も、そこそこ残っておりまして、オペラ作品もあるみたいです!

そんな献身的な愛を背景に、多くの作品をローマを拠点に残したわけです。
あと、レスピーギを語るうえで、忘れてはならないのは、トスカニーニの存在です。
「松」と「祭」の初演者であり、いまにいたるまで、その残された録音は名盤として輝いてますが、トスカニーニは、「松」の初演の大成功を自身が独占したかのようにふるまって、レスピーギの不興を買ったりもしてます。
 それと、方や自由の国アメリカで、その活動を謳歌したトスカニーニですが、ローマで、音楽の最高学府の院長も務め、ローマを愛したレスピーギは、ときに台頭したイタリアン・ファシズム、ムッソリーニとも折り合いをつけなくてはなりませんでした。
ローマの栄光の回帰を謳ったムッソリーニに共感も覚えたことは確かでしょうね。
 しかし、幸いなことに、といったらなんですが、戦争が激化する前、1936年に、レスピーギは、心臓の疾患で亡くなることとなりました。
 ひとまわり世代が上の、アルプスの向こう側にいたR・シュトラウスとナチスとの関係も、心の中では従っていなかったという点においても、どこか共通していると思います。

2.シンフォニア・ドラマティカ

1913~14年(34歳)の意欲作。
大規模な声楽作品や、オペラも3つ書いていて、その作曲の腕は、ほぼ完成の域に達していました。
15年には、「ローマの噴水」が待ち受けてます。

全曲で1時間。しかも3つの楽章。
 そう、先達のフランクの影響もあるのでしょう、同じ3つの楽章で、循環形式を思わせ、3楽章では、前の楽章の旋律が諸所回顧されます。

しかし、長いです。
1楽章:23分 2楽章:17分 3楽章:18分

多くの構想を経ての作曲だったらしく、しかも、全体は、シリアスなムードに覆われてます。

なかでも、長大な1楽章は、全編深刻。
フランクのような重々しい序奏部があり、その後の展開は、マーラーのような深刻・激情・憂愁、といった感じのなかに、明るさも垣間見られるものです。
しかも、その多彩な響きは、R・シュトラウスです。
 その音楽を聴いて、誰に似てるとか、・・っぽいとか言うのは簡単ですが、実は、年代の考察と、地理的環境を鑑み、それこそが、彼らの音楽の影響のし具合を推し量るものなのです。

第2楽章は、抒情の極み。
全編、メランコリックなまでに、いじらしい旋律が支配する。
それは、R・シュトラウスも感じさせつつ、でも濃厚さはなく、すっきり系のこだわりの少ないR=コルサコフって感じ。
そのオーケストレーションや、響きが、ちょっとロシアン後期ロマン派です。
そう、聴きようによっては、スクリャービンも顔を出します。
 ともかく、美しい音楽で、核心的な深みはなくとも、その磨き抜かれた美音は快感なのです。

第3楽章は、これまでの最終結として、すべての要素、作曲家の影が、ちらつき、オーケストレーションにおいても、明晰・明快の限りを尽くし、巧みの筆致に近づきつつあります。
この楽章は、まさに「劇的」で、3管編成、ホルン6、打楽器4、オルガンといった大編成オケが炸裂します。

正直、イマイチ感はありますが、レスピーギを知るうえで、この交響作品も必聴の音楽のひとつだと思います。

このCDは、インド出身の、ダニエル・ナザレスとスロヴァキアのオケという、多国籍演奏ですが、なかなかにウマイものです。
ほんとは、シャンドスのダウンズ&BBCフィルの方が、バリッとしてそうですが・・
でも、こちらの演奏の、ヨーロピアンな雰囲気とやるせない終末感、世紀末感は、とても気にいってます。
 ナザレスさんは、70年代後半からウィーンを中心に活躍した指揮者で、メータっぽい芸風で、確か、N響にも来たはずです。
知的な中に、没頭的なスタイルを有し、爆演もときに披歴する面白い指揮者だったと記憶してます。
FMの海外ライブでよく聴きました。
昨年、早世してしまったそうです。

レスピーギの特集、ほかの作曲家もランダムに挟みながら、いくつかやろうと思ってます。

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2015年4月26日 (日)

神奈川フィルハーモニー第308回定期演奏会  川瀬賢太郎指揮

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今年は、横浜公園のチューリップをまだ見にいってませんでした。

みなとみらいでのコンサートを前に、ちょっと足をのばして、ベイスターズ開催試合で賑わうハマスタに気を取られつつ、最後のチューリップの見ごろを収めてきましたよ。

Yokohama_park_f

とりどりの鮮やかなチューリップたち。

これから聴く、華やかな音楽たちへの期待が、いやでも高まります

レスピーギの音楽は、ともかく艶やかで、音の輝きにあふれていて、いろんな側面が、抜群のオーケストレーションとともに楽しめます。

そして、まったく、爽快極まりない演奏に、この日、「ハマは、ローマになりました

Kanaphill201503

      レスピーギ   交響詩「ローマの噴水」

                 交響詩「ローマの松」

                                  交響詩「ローマの祭」

             マスカーニ   歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲
                               (アンコール)


     川瀬 賢太郎 指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団

                      (2015.4.25 @みなとみらいホール)


ローマ三部作を、一度に聴ける。

CD1枚分の演目で、時間的には、短めだけど、アンコールも入って、文字通り、イタリア尽くしのコンサートを思い切り楽しみ、そして、思いきり熱い拍手を送りました!

それにしても、神奈川フィル向きのこれらの曲。
以前に、神奈川フィルで聴きたい曲を、リストアップしたことがあります。
4年前に書いた、その聴きたい曲ランキング(→)ですが、10曲中、もう6曲も、実現してきております。
ほんとに、うれしい。
神奈川フィルに対する自分のイメージが、ひとつひとつ結実していくことも、応援の醍醐味です。

さて、前置き長いですね。

 3曲を、作曲順に、噴水(1916)→松(1924)→祭(1928)。
こうして聴くことで、レスピーギの筆致が円熟してゆくこともわかるし、より、芸術的なエンターテイメント性を高めて行くこともわかります。
 あらゆるジャンルに、まんべんなく、多くの作品を残したレスピーギですが、イタリアのR・シュトラウスと呼んでもいい。
56歳という、ちょっと短めの生涯に、後半は、オペラに心血を注いだ点でも、シュトラウスに近い。
さらに、古典主義への回帰と、当時イタリア・オペラ界における主流、ヴェリスモからの脱流という点でも。

こうして、パイプオルガンのあるホールで聴くと、3曲ともに、オルガンがいかに効果的に使われているかがよくわかりました。
なによりも、お家では楽しめない大音量と繊細なピアニシモを、誰はばかることなく楽しめるのもライブならでは。

・「ローマの噴水」

静かな朝から、ローマは始まりました。
1曲目から、神奈川フィルは精緻の限りをつくし、音の透明感が大切なこの曲の本質をしっかりとらえて聴かせてくれました。
 そして、ぞくぞくするクレッシェンドを、川瀬さんは、巧みに導きだし、「昼のトレヴィの噴水」では、この曲に、こんなに胸が高まるのは初めてというくらいに、ドキドキしましたね。
キラキラした眩い音のシャワーを、思いきり浴びた感じ。
 チェロトップの門脇さんのソロも艶やかで、斎藤さんのクラリネットも深みがありました。
夕暮れの、しじまが降りたつとき、思いきり、息をひそめて、神奈川フィルの美音に集中しました。
 が、前のご年配の紳士が、こともあろうに、飴ちゃん攻撃を。
おいおい、やめてよ。。。。すかさず、お隣の方が制止をして、大事には至りませんでしたが・・・・。

・「ローマの松」

静かな宵闇から、いきなり、真っ昼間!
湧き立つ音たち、華やぐ子供たちの賑やかな声、そして声。
今日も、譜面台から、ちょこんと頭をのぞかせたホルンの実加ちゃん、先輩・同僚たちに囲まれて、若々しい弾むホルンを聴かせてましたよ。
 うごめく低弦、金管の分厚い咆哮が聴けた「カタコンブ」
 ついでm斎藤さんの抑えたクラリネットが素敵で、小山さんのオーボエも可愛いし、首席交代した山本さんの繊細なチェロ、涼やかなピアノ、そして舞台袖で吹くトランペット氏、完璧で聴き惚れました。
この、「ジャニコロ」の幻想感あふれるシーンなど、静かで、抒情的な音楽の素晴らしさも、レスピーギの本領。
ナイチンゲールの鳴き声は、ホール左右の上から、降り注いできまして、ステレオ効果も満点で、さながら夜の帳も降りた桃源郷に、ひとり佇み、思索する想いでした。

 川瀬さんは、一音一音、とても丁寧に扱っていて、フォルテや激情場面との鮮やかな対比が実に見事です。
そして、それに応える神奈フィルの各奏者たちの、ソロも次々に決まりまくり、この「松」は、乗りまくりの、完璧なる激演となりました。
 爆発的な大団円では、平尾さんの渾身のシンバルに、神戸さんの、ティンパニの思い切りの乱れ打ち。
左右客席上方から、トランペット、オルガン脇でトロンボーンも加わり、ビジュアル的にも大壮観。
川瀬&神奈フィルの繰り出す音の洪水と荘厳な大伽藍は、ホールの聴衆を熱い興奮でもってステージと一体化して、言葉に尽くせぬ大エンディングとなりました。
ホールが、地鳴りするほどに、音で埋め尽くされ、わたくしは、もう、眼前のまばゆいばかりの出来ごとに、拍手も忘れて、ぽかーんとしてました。

 そしたら、真後ろから、超盛大なブラボーさんが登場。
この方、やたらと声がいいんだ(笑)
このオジサンにもブラボーだ。

・「ローマの祭」

ローマは、祭の季節。
わたくしは、3部作のなかで、「祭」が一番大好きだ、ワッショイ!

ホール正面、オルガンの左右に陣取ったトランペット舞台と、オーケストラの大咆哮で、にぎにぎしくも始まりまして、われわれ聴衆は、即座にテンションあがります。
ローマ時代を思わせる古風な和声に基づく弦にからみつく、金管たちの雄叫び。
このあたりを、音を濁らせることなく、明快に処理してまして、オケの力量とともに、川瀬さんの耳の良さもあるはず。
 淡々した祈り、イングリッシュホルンとヴィオラの客演のソリストも素敵。
祭のなかの、ひとときの静けさ。
そんな中でも、音の高まりを見せるレスピーギの筆の冴えは、ほんと大したものです。

 次いで時代は、ルネサンス期にいたり、この曲で一番うっとりとしてしまう、素敵な弦によるセレナーデが、神奈フィルの美しいストリングスで味わえる喜び。
 もう、わたくしは、ほわーーっとなってしまって、とろけそうでしたよ。
マンドリンの登場で、ホールの空気は、暖かな春の宵のように(実際は収穫祭の喜びですが・・・)。
マーラー以来、お馴染みのマンドリンは、その第一人者の青山忠さん。
味のあるマンドリンは、さすがの一言に尽きます!
石田さん、山本さんの、フルートの江川さんのソロも、そこに華を添えました。

 そして、いよいよ、三部作の大団円は、キリストの誕生を祝う、「主顕祭」で、巨大な大ピークを迎えることになりました。

さあさあ、寄ってらっしゃい、酔ってらっしゃい。
音のエネルギーは、高まるばかり。
 難曲揃いのこのコンサートの最後にあって、指揮者もオーケストラも、熱の入れようはハンパない。
すっとんきょうな踊りや、サーカスワルツ、おどけたトロンボーン。
川瀬さん、お尻ふりふり、楽しそうだし、ときおり、跳躍も!

 ここでも、その音楽の狂乱ぶりと興奮は、聴衆に熱く伝わり、息つく間もない音楽の展開に、そして、思いもしない川瀬さんの仕掛けた大アッチェランドに、ステージのみなさんとともに、大熱狂の渦へと、引き込まれ、巻き込まれてゆくのでした。
 すかさず、後ろのブラボーさんに負けないように、ワタクシも、渾身のブラボーを一声献上いたしましたこと、ここにご報告いたします。

アンコールは、レスピーギより、一回り目の世代、その作品も、「噴水」より26年も前のマスカーニの名旋律を。
ゆったりと、思いを込めて演奏されるこの曲。
オペラの間奏曲として聴くと、あっさり終っちゃうけれど、こうして単品で、しかもオリジナルのオルガン付きで聴くと、いじらしいほどの美しい旋律と、その歌心に、涙が出るほどの感銘を覚えました。
そして、繰り返しですが、神奈フィルの弦は美しい。

 ローマ三部作のような音楽は、若い感性を持った清新な指揮者によって導かれる演奏も、聴かせ上手のベテラン指揮者のものよりも、一層楽しく、スポーティで、かつ何が起きるかわからない反応を見るような楽しみがあること、オケと川瀬さんの幸せな結びつきで実感しました。

終演後は、シーズンスタートの乾杯式。

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トランペット・ファンファーレ付き

黒岩神奈川県知事からも、てっぺん目指せ的な激励もあって、楽団理事さん、川瀬さん、副指揮者就任の阿部さん、新入団の楽員さんたちの、楽しいお話もあり、和気あいあいとしたひと時でした。
 わたくしも、知事や川瀬さんと、一緒に写真を撮っていただき、有頂天です。

みなさま、お疲れさまでした。

 アフターコンサートは、We Love 神奈川フィルのメンバーで、土曜のマチネのお楽しみ、「横浜地ビール 驛の食卓」へ行った(みたいです)。

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わたくしは、今回も体調の関係で、お休みしましたが、そこでは、テノールのお歌も入り、イタリアの延長で、大いに盛り上がったみたいですよ

次回の定期は、うって変わって北欧です。
その前に、イタリアオペラもアリマス!行けるかな?

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2015年4月24日 (金)

レスピーギ 交響詩「ローマの祭」 バーンスタイン・マゼール指揮

Festa_1

都会の祭りであります。

数年前の写真の再褐ですが、都心の三田で毎夏行われる、三田フェスの様子。

みんな、弾んでますねぇ~

関東人のわたくしですが、東北のお祭りも、関西のお祭りも、ろくに知りませんで、憧れをもって、毎夏眺めるばかりです。

日本の祭りは、キンチョーの夏ぢゃなくて、そこそこ、プリミティブで、夏の解放感も手伝って、野卑なところがあって、どこか、甘酸っぱいものがあります。

え? 自分だけかしら。

Festa_3

湘南カラーに埋め尽くされた、こちらは、平塚の七夕祭り。

毎度の昔話で恐縮ですが、子供のころから、平塚の七夕はお馴染みで、湘南電車でふた駅いって、煌びやかさと、出店の数々、そして、ときには、恐怖のどん底も味わう、まさに、祭りの醍醐味を味わいつくしていたのでした。

その恐怖は、お化け屋敷もありましたが、戦地から帰還の傷痍軍人さんたちが、道端で施しを求める姿が、そこかしこにありまして、それが、子供心に怖かった。
 どんな組織がそこにあったのか、よくわかりませんが、軍服を着て、アコーディオンを弾いたりして、みずからを悲しみに染めて、同情をひかんとする、その姿に違和感を持ったのは、もう少しあとのことでした。
でも、いまでは、戦地に赴いた皆さまのこと、われわれ子供や、日本の地のために戦い、傷付いた方々に、敬意とその負傷に同情を覚える次第です・

平塚の七夕ばかりか、川崎大師にも見受けられましたし・・・・・

あっ、また、よけいなこと書いてるし。。。
レスピーギのローマ三部作のなかでも、もっとも意欲的かつ、オーケストレーション的に円熟の極みをみた、最高傑作。
 わたくしは、三作のなかで、「祭」が一番好き!!

Respighi

  レスピーギ  交響詩 「ローマの祭」

    レナード・バーンスタイン指揮 ニュー・ヨークフィルハーモニック

                     (1968.3 @NY)

    ロリン・マゼール指揮 クリーヴランド管弦楽団

                     (1975.5 @クリーヴランド)


「祭」は、ともかく、かっこよく、人を酔わせるほどに、興奮と酔狂の極みにまで持っていってしまう。

レコード時代は、LP1枚で、「噴水」と「松」で完結してしまい、編成も大掛かりで、お金のかかる「祭」は、あまり録音されることはなかった。

そんななかで、オーマンディとバーンスタインは、この曲を得意にして、レコーディングも、しっかり当時からしてました。

いまでは、CD1枚に、三部作をおさめて、連続した演奏で、その真価を問う指揮者が増えました。

そんな、特異な「ローマの祭」を、今日は、思い入れのあるふたつの演奏で。

過去記事ぺたり・・・

>「ローマの松」もそうだがともかく、オーケストラがよく鳴る。

3部作のうち、一番最後(1928年)に書かれただけあって「祭」の方が多彩な表現に満ちており、R・シュトラウスばりの熟練のオーケストレーション技法がバリバリに楽しめる。

プッチーニの20年後輩だが、オペラに向かわずにオーケストラ作品や素敵な歌曲に桂曲を残したレスピーギ。
それでもオペラ作品もあるようなので、聴いてみたいと日頃思っている。(脚注・ただいま準備中)

いきなり金管の大咆哮で始まる「チルリェンセス」はローマ時代の暴君の元にあった異次元ワールドの表出。

キリスト教社会が確立し、巡礼で人々はローマを目指し、ローマの街並を見出した巡礼者たちが喜びに沸く「五十年祭」。

ルネサンス期、人々は自由を謳歌し、リュートをかき鳴らし、歌に芸術に酔いしれる「十月祭」。

手回しオルガン、酒に酔った人々、けたたましい騒音とともに人々は熱狂する。キリストの降誕を祝う「主顕祭」はさながらレスピーギが現実として耳にした1928年頃の祭の様子。

①の不協和音が乱れ飛ぶかのようなカオスの世界、ジワジワと祈りが浸透しつつ美しい広がりを見せる②、まさに自由だ!的な③は、イタリアの歌心満載。
そして、だまっていてもすさまじい④で逝っちゃってクダサイ。

てな、わけで、オーケストラの精度は度外視して、勢いと即興的な流れで、一気に「ローマの祭」を描ききったバーンスタイン。
一気呵成のすさまじいまでの、一直線の流れは、ある意味快感の域に達しつつも、どこか危ないくらいのやばさがある。
そう、これがバーンスタイン。
サーカスカーニバルの音頭なんか、まったく堂にいったもので、思わず、体が動いちゃう。
そして、怒涛のエンディングはとんでもないですぜ!!

 それと、この曲の演奏で大好きなのが、マゼールのクリーヴランド時代の演奏。
デッカのアナログ録音の超優秀さを、まざまざと体感できる。
ずばずば、しゃきっと、各々、決めどころが、完璧なまでに決まりまくる、鮮やかにすぎるマゼールのキレのよい指揮ぶり。
そして、あきれかえるほどに、うまい、クリーヴランドのオーケストラ。
上出来すぎて、それが不満。
そこに何があるって・・・・、バーンスタインの怒涛の味わいや、オーマンディの煌びやかだけど、語り口の放漫さ、慎ましいけど、透き通るようなオーケストレーションマジックの味わえるマリナー、そして、若き血潮みなぎりつつも、うますぎるヤンソンス。

それらの、わたくしのファイバリットと同等に、適度なデフォルメと、極めて高い音楽性に満ちたマゼール旧盤は、とっても素晴らしい名演なのでした。

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2015年4月23日 (木)

レスピーギ 交響詩「ローマの松」 オーマンディ指揮

Pine_3

歴史ある、国道一号線を西へ。

大磯宿を超え、いまも残る松並木。

かつての昔から、歴史の大動脈だった、東海道。
国道一号線は、こちらの画像の、左側が海で、右が山。

旅人は、その道すがら、山や、近隣の寺社に詣でながら旅したことでありましょう。
この手前に、高麗山。
ちょっと行くと、左に、吉田邸(焼失したけど再建中)があり、左には、国府神社の鳥居も。
そこは、相模国の神社の総元締め的な場所でして、年に一度、相模の六社が集まる、国府祭(こくふさい)があります。

思った以上の規模でして、子供の頃は、よく行ったものです。

この松並木も、年々、病気などもあって劣化してます。
そりゃそうですよね、樹木・木々も、人間と同じく、生きているわけですからね。

可哀そうだけど、植え替えとか、伐採とか、悲しい決断も必要なのでしょうね。
そんなことが、成熟した日本の社会のあちこちに起きてます。

前置きが、本題から、どんどん遠くなっていく。

「松」、そう、「ローマの松」です。

Ormandy_respighi

   レスピーギ  交響詩「ローマの松」

      ユージン・オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団

                         (1973.4 @フィラデルフィア)


川瀬&神奈川フィルによる「ローマ三部作」のコンサートで、前半のトリをつとめるのが、一番有名な、「松」。
有名度では、まさに、松竹梅の、松を担う存在で、1924年初演以来、その華やかさにおいて、世界中のオーケストラで演奏され、そして、われわれ愛好家にも、愛される名曲となっております。

以下、またズルしますが、過去記事より。

>この曲を最後にもってくれば、必ずコンサートのフィナーレとして成功するし、祝典的な気分も横溢しているから、ジルヴェスター系のコンサートにももってこいだ!
「松」を歴史の証人としての恒久的な存在として、ローマの悠久の過去を音楽で振り返るという寸法で、そのアイデアは実に秀逸。

①「ボルジア荘園の松」松の木立の下で元気に遊ぶ子供たち。

②「カタコンブ付近の松」ローマ時代の地下墓地、迫害を受けたキリスト教徒たちに思いをはせる。グレゴリオ聖歌の引用。

③「ジャニコロの松」満月を受けて浮かびあがる松。幻想的な光景でナイチンゲールも美しく鳴く。

④「アッピア街道の松」ローマ軍の進軍街道、アッピア街道沿いに立つ松。勇壮で力強い大行進が思い起こされる。

この4編の中では、③ジャニコロが一番好き。
ドビュッシー的な雰囲気で、いかにも詩的な夜のムード。夜鶯が心をくすぐる。
そしてもちろん、最後はローマ軍の大進軍で打ちのめされてください。<

という、かつての記事。
 レスピーギのリアルさは、こうしたタイトルに則した、完璧なまでの、そして、静止画像を超えて、見たまんまの画像が、聴き手にそのまま伝わるところの精度の高さ。

どうしても、勇壮で華やかなフィナーレに、耳目がいってしまいますが、あらためて、「ジャニコロの松」における、抒情の輝きと、ナイチンゲールの囀りの融合が素晴らしい♪

煌びやかなフィラデルフィア・サウンドを全開にさせつつ、こうした抒情を、しんみりと、さらりと聴かせてくれるオーマンデイの、味わい深い演奏は、永遠の名演と言ってもいいかもしれません。
爆発的な盛り上げには、欠けるかもしれませんが、オーケストラを聴く喜びは、ここにたっぷりとあるし、フィラ管の名技性と、鉄壁のアンサンブルも、あわせて味わえます。
 レコード時代、「火の鳥」とのカップリングで、擦り切れるほどに聴きまくった演奏でもあります。

川瀬&神奈フィルの「松」、若さはじける演奏を期待!

Pine_1

こちらは、三保の松原。

松は、ほんのちょっとだけ。

手当もしてましたが、風や病虫対策がきっと難題なんだろうな・・・・・

 日本の松と、ローマの松、見た目は違いますが、いずれも、そこにあって、歴史の移り変わりを見てきた点では同じです。

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