カテゴリー「イタリア音楽」の記事

2026年2月 6日 (金)

レスピーギ 「ラ・フィアンマ」(炎)

Sunset-02_20260202233801

ある日の壮絶な夕焼け空の太陽。

妖しくも、なにか起こるんじゃないかと心配してしまったのですが、なにごともなくその夜も次の朝も平準でした。

2026年はレスピーギ(1879~1936)の没後90年。
そんなにエポックな節目でもありませんが、演奏会ではそこそこに取り上げられます。

もちろんローマ三部作ばかりが有名で、だれしもが好きな作品でありますし、私も例外ではありません。
しかし、レスピーギはイタリアの作曲家であり、オペラ作曲家でもありました。
そこに着目して、以前より何度も記載してますが、プッチーニだけじゃないヴェルディ以降のイタリアのオペラ作曲家たちを務めて聴くようにしてました。

そんななかで、レスピーギの存在はかなり後期にあり、同時代のイタリアオペラ作曲家としては、マリピエロやピッツェッティらがいて、さらに後輩としてはメノッッティあたりとなります。

56歳という短い生涯にあって、オペラ的な作品は9作残したレスピーギ。
なかなか音源を集めずらいのですが、最近は映像で登場するようにもなり、徐々にコレクションできてます。
今回は完成された最後のオペラ、「ラ・フィアンマ」を取り上げました。

La-fiamma

  レスピーギ 歌劇「ラ・フィアンマ」 ≪炎≫

    シルヴァーナ:ネリー・ミリチオウ
    ドネッロ:ガブリエル・シャーデ
    エウドシア:マリアーナ・ペンチェーヴァ
            バジーリオ:デイヴィッド・ピットマン=ジェニングス
    アグネーゼ:チンツィア・デ・モーラ
    モニカ:オルガ・ロマンコ
    ヴェスコーヴォ:パータ・ブルチュラーゼ ほか

  ジャンルイジ・ジェルメッティ指揮 ローマ歌劇場管弦楽団
                   ローマ歌劇場合唱団

        (1997.12  @ローマ歌劇場)

イタリア人として祖国の風土、歴史、街々を愛したレスピーギ。
ローマ三部作でローマを謳歌した名作を残したが、レスピーギの後半生の心のなかにあった都市はラヴェンナでしょう。
ローマとは半島の反対側、アドリア海に近いエリアでボローニャの東側に立地するのがラヴェンナ。
「ラ・フィアンマ」の舞台はそのラヴェンナです。

1934年、レスピーギの心臓麻痺による56歳の早過ぎる死の2年前にローマで初演。
妻エルザとこのオペラの台本作者グワスタッラと3人でラヴェンナに長期滞在し、この歴史ある街に魅せられたレスピーギ。
オペラの時代設定は7世紀で、その頃はビザンチン帝国=東ローマ帝国と西ローマが対決していた頃。
ラヴェンナはコンスタンティノープルを首都とする東ローマ帝国の総督府があった都市で、帝国は完全支配下になっていなかったイタリア半島をなんとか統治するためにラヴェンナにその機関を置いた。

そんなラヴェンナだから、ビザンチン様式の史跡やモザイク画など、初期キリスト教の東方の文化をにじませた中世前期の色合い残るステキな街とのことで、世界遺産の都市ともなっている。
この機にいろいろ調べてみたけど、メジャーなイタリアの都市を外して、ラヴェンナとか近くのフェラーラを観光するのは実に魅力的だと思った。

   ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ラ・フィアンマ」の物語の内容は、ラヴェンナを舞台に、総統一家の悲劇と外部が攻め入る民族との抗争、さらにいちばん大きな軸は、魔女狩りをドラマの核心として描いている。
7世紀の頃は、もしかしたら12~13世紀の中世時代の本格的な魔女狩り・魔女裁判・異端審問などとは違ったかもしれず、多分に台本のフィクション性が高いものとも思われる。
その原作は、ノルウェーの作家ハンス・ヴィアーズ=イエンセンが1908年に書いた「アンヌ・ベダースドッター」という小説で、英訳されてからは「魔女」というタイトルになったもの。
1590年にベルゲンで起きた史実をもとにしたもので、継母が義息子と関係を持ち、そこに魔法がからんでいたとして魔女と告発されて火刑にあってしまう女性を描いている。
 レスピーギのオペラは、それがこの物語の中心となっている。

登場人物を整理・紹介しときます

    シルヴァーナ:総督バジーリオの年若い妻
    ドネッロ:総督バジーリオの前妻との息子、シルヴァーナと幼馴染
    エウドシア:総督バジーリオの母にして、シルヴァーナの義母
             バジーリオ:ラヴェンナ総督府の長
    アグネーゼ:魔女とされ火刑。シルヴァーナの母の知り合い
    モニカ:バジリオ家の若い使用人
    ほかに、悪魔祓い、司教、息子が急逝した母親

東と西の両ローマ帝国の対立軸のなか、バジーリオは皇帝の命により、首都コンスタンティノープルを離れ、ラヴェンナに長期赴任している。
妻は亡くなり、息子のドネッロはコンスタンティノープルで政治や戦略を勉強中。
バジーリオは粗末な家庭出身の若いシルヴァーナと結婚することになり、母エウドシアは最初から反対していた。

第1幕

義母エウドシアは、義理の娘が家政婦に対し必要だとする厳しさが足りないと叱責する。
彼女は亡くなった息子の前妻を、高貴な貴族出身といこともあり規律の模範として考えている。
シルヴァーナは義母のそんな態度に息苦しさを感じ、家の使用人の一人、モニカに打ち明ける。
その時、群衆から怒りの叫び声が聞こえてくる。
アグネーゼ・ディ・チェルヴィアを火刑に処せ、彼女は魔女だと主張する者たちだ。
使用人の娘たちが飛び出して行くと、追いかけていた老婆が突然シルヴァーナの前に現れ、群衆から自分を救い、かくまってくれるよう懇願する。
シルヴァーナは最初は拒否するが、アグネーゼがシルヴァーナの母親もかつて魔女の容疑をかけられていたことをほのめかした途端、その願いに屈し、彼女を匿うことにする。
 バジリオの息子、ドネッロがラヴェンナに帰ってきた。
同い年のふたり、シルヴァーナはバジリオに、まだ子供だった頃に会ったことがあると告げる。
その時も二人は互いに惹かれ合っていて、今回の再会もまさにその通りの展開となる。
エウドシアがやってきて再開した二人の会話に割り込んで、孫のドネッロを歓迎する。
 その時、教会の悪魔祓いに率いられた群衆が、アグネーゼを追って家に押し寄せてきて、彼女が幼い少年チェザーリオに魔法をかけ、死においやったと母親は叫ぶ。
ついに群衆は老女を見つけ出し、火刑場へと引きずり出す。
アグネーゼは厳格なエウドシア、息子のバジリオ、孫のドネッロ、そしてシルヴァーナにも併せて呪いをかけ、いつかお前も火刑に処されると予言し、火刑に処せられる・・・・

第2幕

ドネッロは使用人のモニカと情事を始めていた。
シルヴァーナはこれを知ると、モニカに厳しくあたり、嫉妬に狂ったようになり非難し、ついに友人のようだったモニカを修道院に追放する。
一方、バジリオは息子にローマ教皇に対する戦いに加わるよう命じ、コンスタンティノープル行きを考えさせる。
アグネーゼが炎に倒れる少し前に、シルヴァーナの母親と総督との関係について奇妙なほのめかしをしていたのをシルヴァーナは気にしていた。
バジリオはついにシルヴァーナに、彼女の母親が魔法を使って彼を家に誘い込み、当時まだ成人にもなっていなかった自身の娘と結婚させたことを告白する。
数年後、シルヴァーナの母親が魔女の罪で告発されたとき、バジリオは彼女を擁護し、火刑から救った。
しかし、彼は当時彼女が自分に呪いをかけたと確信しており、自分の信仰によれば罪人を火葬場からは救えたが、地獄の煉獄からは救えなかったという思いにいまでも苛まれていると告げる。
 混乱したシルヴァーナは、なぜ母の死に悲しみを感じなかったのかを理解し始める。
同時に、彼女は母の魔力を受け継いでいると信じはじめ、夢の中で願うことが実現するのは、その力によるものだと確信する。
彼女は義理の息子ドネッロをいまここに出現させようとすると、突然彼が目の前に現れる。
二人は抱き合い、一夜を共に過ごす。

第3幕

シルヴァーナとドネッロは情事を続け、互いに離れることができないくなっていた。
エウドシアはとっくにその事実を知っていたが、息子バジリオのことを思い秘密にしていた。
しかし、彼女は政治的影響力を行使し、いまこそドネッロをコンスタンティノープルへ帰還させるよう仕向けた。
孫にこのことを伝えようとした日、彼女は孫の部屋でシルヴァーナを見つけてしまう。
明かになった二人の不倫関係はもはや隠し通すことができなくなる。
義母の陰謀によってドネッロと引き離されることを知ったシルヴァーナは、怒りと絶望に打ちひしがれ、バジリオに不倫の事実を白状する。
そしてバジリオと過ごした幸せな瞬間はまったくなく、彼の誘いに屈するたびに彼を軽蔑していたと告げ、バジリオを罵倒する。
老いたバジリオは精神的に混乱し崩壊し、心臓麻痺を起こしてしまいそこで息を引き取る。
 エウドシアは息子の死をシルヴァーナのせいにし、彼女を殺人鬼、さらには魔女と罵倒する。

暴徒と化したの群衆の裁きに引き渡されたアグネーゼのときとは異なり、シルヴァーナは司教のもと正式な裁判を受けることとなる。
彼女は姦通に関しては告白するが、魔女の嫌疑は一切を否定する。
彼女の自己の弁護は愛の炎に屈したことが唯一の罪、ドネッロと彼女は愛で結ばれており、この愛に生きると主張。
ドネッロも同じ思いとなり、感動してシルヴァーナを弁護すると、司教と聴衆は心動かされ、シルヴァーナを無罪放免にしようとする。
しかしそのとき、義母エウドシアが口を開き、魔女として有罪判決を受けたアグネーゼとの関係、そしてシルヴァーナの魔女のような母親にまつわる噂を、激しく言いつのり、その過去を全員に思い出させる。
そして最後に、彼女は「魔女!魔女の娘!」という言葉で告発を終える。
ドネッロもこといたっては、シルヴァーナを疑い始め嘘だと言ってくれと責め、シルヴァーナはもはや彼を信頼できないことを悟る。
愛への夢は砕け散ってしまい、自暴自棄の心境となったシルヴァーナ。
司教が十字架を彼女に差し出し、魔女を糾弾する最後の機会を与えた時、彼女はその誓いの言葉を発することができない。
彼女の沈黙は告白とみなされた。
人びとは、神は正しく下された!魔女!と叫ぶ。
シルヴァーナは火葬場へと運ばれる・・・・

                

救いのない絶望的なドラマ。
2度も魔女狩りの火刑があり、不倫あり、突然死あり、義母のいびりあり、嫉妬あり、愛のシーン・・・・
人間の心のなかにある迷信や超常現象的なものに対する恐れと不安のおののき、そして期待と不安への憧れ。
そんな心情もあって、このオペラの初演とその後の各地で世界戦争前夜当時の上演ブームにつながったんだと思います。
それは人々の集団ヒステリーでもあり、キリスト教と邪教との聖邪の対立、厳しい家父長制、女性の心の自立、フェニミズムなどなど、いまでも通じる普遍的な事象をあらわしてもいて、このオペラに社会性をまとわらせた演出が可能であることも証してます。
忘れ去られたこのオペラ、ローマでのライブをメインに聴きましたが、2024年のベルリン・ドイツ・オペラ上演も視聴できました。
研ぎ澄まされたクリストフ・ロイのシンプルな演出の説得力と歌手たちの迫真の演技があまりにも素晴らしく、度肝を抜かれました。

     ーーーーーーーーーーーーーーーー

レスピーギの音楽の素晴らしさ。
冒頭から宿命的なサウンドで、このオペラの逃げようのない苛烈さをすぐさまに感じさせる。
そしてすぐさま、エキゾシズム漂う東方ムードに覆われる使用人たちの女声の歌声。
歌手たちには、アリアなどひとつもなく、独白的な場面でつながれているが、義母エウドシアのまるでワーグナー作品のオルトルートの存在を思わせるような邪悪な雰囲気の音楽や、ドネッロのやたらと甘い役回り、表向き強権ムードのバジリーオ爺さんが、若い妻にはメロメロだったりするシーンなど、ともかくよく書けてる。
そしてヒロインのシルヴァーナの音楽は、とても同情的な側面で書かれている一方で、暗い情念をにじませるような二面性もあり、この役柄を歌いこむ大変さも感じるのであります。
交響詩でも存分に発揮されているオーケストレーションの見事さは、オペラでも各シーンの鮮やかなまでの描き分け、事象を彷彿とさせるリアル感など、ここでも満載です。
 あとなによりも、美しいのは愛を語るシーンでのとろけるような甘美かつ抒情的な音楽。
1幕の若いふたりが、子ども時代を語るシーンでは森や鳥のさえずりなども模写され美しいく清々しい一方、結ばれてしまったあとの3幕での二重唱は濃厚なトリスタン的後期ロマン派の音楽となっている。
 そして、1幕の最後、終幕でのエンディングの強烈さもすさまじいです。

     ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

97年のローマでのライブは舞台の熱気をそのまま感じる優れもの。
ロッシーニ指揮者でもあり近現代ものが強かったジェルメッティは2021年に75歳で亡くなってます。
存命ならばイタリアを代表する巨匠であったでしょう。
ここでのレスピーギは、切れ味よろしくローマのオーケストラとは思えないくらいに鋭い音がでてるし、また歌心もたっぷり。
歌手では実績あるミリチオウが圧倒的な歌声で、清楚さから妖気と諦念もうまく表現していた。
ほかはデコボコあり。

La-fiamma-dob-31

        シルヴァーナ:オレシア・ゴロヴネヴァ
    ドネッロ:ゲオルギー・ヴァシリエフ
    エウドシア:マルティナ・セラフィン
             バジーリオ:イヴァン・インヴェラルディ
    アグネーゼ:ドリス・ゾッフェル
    モニカ:スア・ジョー   ほか

  カルロ・リッツィ指揮 ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団
             ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団

      演出:クリストフ・ロイ

        (2024.9.29  @ベルリン・ドイツ・オペラ)

私のヒットゾーンの作品を次々と上演してくれてるベルリン・ドイツ・オペラでのライブ。
ドイツ放送から録音し、さらにその舞台もネット視聴することができました。
この視聴で、ラ・フィアンマの作品理解をかなり深めることができた。
無駄なものをいつもそぎ落とすミニマル演出家ロイ。
室内仕立てのサスペンスを見るかのような求心力と音楽への集中を妨げないシンプルな演出は、ここでも見応え充分。
女声3人とモニカを加えた4人がすばらしい。
役柄に没頭し迫真すぎる演技と柔らかさと強烈さも併せ持ったロシアのゴロヴネヴァはビジュアルもよい。
大ベテランのゾッフェルが鬼気迫る魔女役に、ドラマテックソプラノのセラフィンが、ここではメゾの領域で本ドラマでの悪役に挑戦し、複雑な心境を歌い演じる。
ローマ盤より録音が最新のせいか、バリっとした鮮やかさがあるオーケストラがうまい。

いつかDVD化を望みたい。

音源としては、85年頃のガルデッリ盤があり、当時フンガトロンレーベルにレスピーギのシリーズを録音中だった。
聴きたいのですが、そちらは入手難。

ヴェルディ(1813~1901)以降のイタリアオペラ作曲家

  ・ボイート     (1842~1918)
  ・ポンキエッリ   (1843~1886)
  ・カタラーニ    (1854~1893)
  ・レオンカヴァルロ   (1857~1919)
  ・プッチーニ    (1858~1924)
  ・フランケッティ  (1860~1942)
  ・マスカーニ    (1863~1945)
  ・チレーア     (1866~1950)
  ・ジョルダーノ     (1867~1948)
  ・モンテメッツィ   (18751952)
  ・アルファーノ    (18751954)
  ・ヴォルフ=フェラーリ(1876~1948)
  ・レスピーギ     (1879~1936)
  ・ピツェッティ    (1880~1968)
      ・マリピエロ     (1882~1973)
  ・メノッッティ     (1911~2007)

Sunset-01_20260205233001

まるでゴジラのような雲。

ドラマテックにすぎる空でした。

| | コメント (0)

2026年1月18日 (日)

東京都交響楽団定期演奏会 ルスティオーニ指揮 ①

Geigeki

久しぶりの池袋芸術劇場。
かわらぬ人の多さが田舎暮らしに慣れた自分にはキツイものがありました。

イタリア週間 4276

東京都交響楽団の首席客演指揮者となるミラノ生まれのダニエーレ・ルスティオーニ。
その奥さんでミラノとベルガモの間ぐらいにあるレッコ出身のヴァイオリニスト、フランチェスカ・デコ。
この素晴らしい共演でした。
ルスティオーニは、ずっと注目していたオペラ指揮者なので、即座にチケット手配しました。

ちょっと加工してスクリーンに美男美女入れてみました。

Rustioni-tmso-4

  東京都交響楽団定期演奏会 第1033回

 ブラームス ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.77

   バッハ   無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番 ~ジーグ

     Vn:フランチェスカ・デゴ

 R=コルサコフ スペイン奇想曲 op.34

 レスピーギ   交響詩「ローマの祭」

    ダニエーレ・ルスティオーニ指揮 東京都交響楽団

         (2026.1.17 @東京芸術劇場)

独・露・伊の3人の作曲家がランダムに並んでいるように感じますが、ここに通じているのは南国・南欧への憧れとイタリアそのもの。
ブラームスは、調性も同じくする第2交響曲と同じくペルチャッハで発想・書かれた曲。
ソリストと指揮者の個性が申し分なく発揮できるプログラムだと思いました。

激することなく神妙な雰囲気で始まったブラームス。
デゴのソロの入りもさほどに情熱的でなく一音一音を確かめるような慎重な雰囲気。
ブラームスの協奏曲に抱くイメージが違うと思う方がいるかもしれない。
わたしは、こうした柔和なブラームスは好き。
ヴィブラートをあまり効かせないのも好ましく、華美に傾くことがない。
ともかくデゴさんのヴァイオリンは音色が美しく繊細。
だから第2楽章が絶品で、見事なオーボエソロにも増して、楚々たるアリアのようなヴァイオリンの歌には聞惚れましたよ。
戻って1楽章ですが、カデンツァにブゾーニ編のものが使用され、そこではティンパニがドロロロ~ンと鳴り、背後で終始そのティンパニも静かに鳴り響くと言うヴァイオリンがまるで浮き上がってくるような効果をもたらすもので、実に面白く新鮮だった。
彼女のヴァイオリン協奏曲のCDもそのカデンツァが使われているようで、カップリングは珍しいそのブゾーニの協奏曲だ。
こうした知的なこだわりも彼女ならではなのだろう。
終楽章は明るく爽快に、ルスティオーニの開放的なオーケストラに導かれるように快活なるヴァイオリン。
こんなに爽やかで微笑みに満ちたブラームスの協奏曲は自分では初めてかもしれない。
 ついでにオジサン目線だけれども、演奏中のデゴさん、弾いてないときに空を見つめるような目線、ともに美しかった。
アンコールはお得意のバッハ。
技巧をひけらかすことのない真摯な、でも美しい演奏でした。
別日ではアンコール2曲やった様子ですが、この日は1曲。
翌日の札幌でのソロコンサート、翌々日は東京に戻り武蔵野市でまたソロと、ちょっとハードなスケジュールに合わせてのことだったかもしれません。

ルスティオーニはロシア物も得意にしていて、R・コルサコフでは「金鶏」がDVD化されているほか、チャイコフスキー、ラフマニノフなどもさかんに指揮してます。
明るく歌心にあふれ、ダイナミックな緩急に富んだスペイン奇想曲、めちゃくちゃ面白かった。
シェエラザードにも通じる異国情緒たっぷりの要素を、さすがルスティオーニは歌いまくって巧みにムード満点だし、コルサコフのオーケストレーションの巧さも5つの場面の描きわけの見事さで実によくわかりました。
水谷コンマスのソロを指揮者もオーケストラも楽しそうに聴き入り、そこからもうノリノリの雰囲気で一気呵成に情熱の爆発と開放を成したルスティオーニの指揮のうまさ!

この日の目玉、楽しみにしてた「祭」じゃ!
人員増強して、オルガン席にも奏者が陣取り始まりました金管の咆哮をともなう古代ローマの熱気あふれる世界観。
都響めちゃくちゃうまいし、音に濁りなし、ルスティオーニの整然とした棒さばき。
大振りはしないけれど、動きは多いし、ぴょんぴょん跳ねるし、左右に忙しく、顔の表情も豊か。
こんどは正面席で聴いてみたい。
 ローマを見出した巡礼者の祈りと歓喜での音楽の盛り上げも見事だったし、こうした変化を鮮やかに描き分ける才はオペラ指揮者ならではかもで、十月祭の夕暮ムードも素敵でセレナーデもうっとりしてしまう。
そして急転するムード転身もあざやかで、はちゃむちゃカーニバル状態の第4部の整然とした持って行き方もあざやか。
熱狂するローマ市民ばりに、ワタクシもワクワクが止まらず、ドキドキしてきた。
ずっと終わらないでカーニバルやってくれい、と思わずにはいられない魅惑の時は、無情にも過ぎつつ熱狂うずまくレスピーギ=ルスティオーニワールドはジャンジャンと終結!
思わず、ブラボーしちまった!

Rustioni-tmso-1

最高じゃん、ルスティオーニ。
都響もノリがよくって、みんな楽しそうだった。
われわれ観衆もみんなニコニコで帰りました。

Rustioni-tmso-2

後半のこうした音楽を指揮したらルスティオーニは無類に上手い指揮者だ。
本格的なシンフォニーとピットでの指揮を聴いてみたい。

Rustioni-tmso-3

こんなパフォーマンスとオーケストラとやってくれる。

ミラノ生まれといえば、アバドと同郷。
しかし、育った頃はムーティ時代のミラノ。
いつしか、スカラ座の指揮者になって欲しい。
次は、ヴェルディとワーグナーを聴きます。

| | コメント (0)

2017年11月25日 (土)

レオンカヴァッロ ピアノ曲集 ミュラー

Tokyo_t_1

もう一月まえだけど、ハロウィンの晩のダイアモンドヴェール東京タワー。

あの仮装姿とことに澁谷の喧騒はどうかと思うが、日本のハロウィンは、世界にも稀なお祭りとなったことは事実で、これはこれで平和でよいことであります。

しかし、世界は不穏です。

それはともかくとして、明るく伸びやかな音楽を。

Leoncallo_piano

    レオンカヴァッロ  ピアノ作品集

    Romanesca      

  ②
Serenade-Valse for Piano Deux Pieces de style Arabe

  ③Sous les palmiers  Bohemienne

  ⑤Tarantella       Gondola

  ⑦Pantins vivants    Barcarola veneziana

    ⑨Minuetto                 Valse mignonne

    ⑪Cortege de Pulcinella Au bord du Lac

    ⑬Papillon                   Invocation a la Muse

    ⑮Valse a la lune

             ピアノ: ダリオ・ミュラー


ルッジェーロ・レオンカヴァッロ(1857~1919)のピアノ曲を。

いうまでもなく、「パリアッチ」=「道化師」の作曲家のレンカヴァッロですが、マスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」とともに、そしてセットで、「カヴァ・パリ」とひとくくりにされて、ヴェリスモオペラの代表作とされるが、彼らふたり、ことにレオンカヴァッロの方は、それ以外の作品がまったくといっていいほどに日陰者扱い。

わたくしは、ヴェルディ以降の、プッチーニ世代のイタリアの作曲家たちを、こといふれ聴くようにしていて、レオンカヴァッロについては、もうひとつの「ラ・ボーエム」や、美しい「五月の夜」を取り上げたりもしたほか、いくつかのオペラを聴いていて、いつか記事にしたいと思ったりもしてます。

そんななか、ここ半年ほど、ながら聴きなどもしながら馴染んできたのが、ピアノ曲の数々です。

レンカヴァッロは、なかなか多才な人で、作曲家であると同時に、脚本家でもあり、自身でも優れたピアニストでもあった。
若い頃のパリでの生活では、歌唱のレッスンとともに、カフェでのピアノ弾きを楽しんでいたようで、この頃(1882~89)の体験も、そのオペラやこちらのピアノ作品などに生かされているわけであります。

このCDに収められた15曲に、ひとつひとつ印象を語るのはやめときますが、全曲、ともかく歌心にあふれ、簡易な優しいメロディーなので、1度聞いたらすぐに覚えちゃう、いや、どこかで聴いたことがあるような曲だと思えちゃうし、センチメンタルな切ない曲なんかもあって、お酒なんかを嗜みながらぼんやり聴くのもいいのだ。

 そんななかでも、特徴を、CDの解説などをふまえて述べれば、先に触れたパリ時代、その頃の19世紀末のサロンミュージック的なバラエティ豊かなおしゃれなテイスト。
そこにイタリアのオペラの伝統や、ローカルな民族音楽、コメディア・デラルテ由来のもの、などなどがふんだんに盛り込まれています。

あと、自身の作品からの転用もあって、「五月の夜」の3楽章から⑬とか、6楽章から⑭といった具合。
しかし、パリアッチからは、さすがにないのは、それ以前に大方が作曲されているからか・・・。

スイスのルガーノ出身のピアニスト、ミュラーは、明快なタッチで、とても心地よく、これらの素敵な作品たちを聴けせてくれます。


Leoncavallo_la_nuit_de_mai_1

ドミンゴの「五月の夜」の余白に、ラン・ランがピアノ作品を2曲録音してますが、そちらはずっと雄弁で、実にうまいもんだと思わせますが、わたくしは、ミュラーの小粋な感じの演奏の方が好きだな。

レオンカヴァッロも、マスカーニも多面的に聴いてみて、その作曲家の神髄を味わってみたいものです。

過去記事


 「五月の夜 ヴァグリエリ指揮」

 「ラ・ボエーム  ワルベルク指揮」

Tokyo_t_2

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年9月15日 (火)

マルトゥッチ ピアノ協奏曲第1番 カラミエッロ

Kibana_1

夏の終わり、8月の後半には、もう、キバナコスモスが咲きだし、今頃が旬でしょうか。

パステルの上品なコスモスと違って、オレンジがかった、このキバナコスモスは、ちょっと色気もあったりしますな。

グリーンととてもよく合う。

そう、もう呼ばなくなってしまった、かつての湘南電車のカラーリングなんです。
いまや、上野東京ラインとか、湘南新宿ラインとか、遠くの呼び名が興ざめだったり・・・・。

Kibana_2

  マルトゥッチ  ピアノ協奏曲第1番 ニ短調

      Pf:フランチェスコ・カラミエッロ

    フランチェスコ・タヴァロス指揮 フィルハーモニア管弦楽団

                        (1988? ロンドン)


ジュゼッペ・マルトゥッチ(1856~1909)は、イタリア中南部カプアに生まれた作曲家・指揮者・ピアニストであります。

知ってる人は知ってる。
そういっとき、そこそこ流行ったからです。
1980年代、忽然と姿をあらわした、ナポリ生まれのベテラン指揮者、タヴァロスが、ブラームスやメンデルスゾーン、ワーグナーを積極的に録音し、そこに混じって、われわれには、あまり馴染みのなかったマルトゥッチという作曲家の作品をいくつも取り上げたからです。

タヴァロスは、昨年亡くなってしまったようですが、同じナポリの後輩、リッカルド・ムーティも、このマルトゥッチの作品の紹介には熱を入れ、ウィーンフィルとの来日公演でも、その作品を取り上げたりもしたのでした。

遅ればせながら、本ブログでは、初マルトゥッチとなりました。
今後、シリーズ化しますよ。

マルトゥッチは、軍楽隊のトランペット奏者だった父ガエターノに音楽の基礎を学び、まずは、ピアノに本格的に取り組みました。
まずピアニストとして活躍し、ナポリ音楽院の教授ともなり、やがて、指揮もとるようになり、おもにナポリの劇場で広大なレパートリーをものにするようになります。
 リュリやラモーといったフランスバロックから、当時の同時代音楽である、ドビュッシーやR・シュトラウスなどを積極的に指揮したほか、なんといっても、ワーグナーには力を入れてます。
1888年、ボローニャにおけるトリスタンのイタリア初演や、ナポリでの上演。
さらに神々の黄昏も、ナポリで上演する快挙をやってます。

イタリアオペラ中心だった、当時の楽壇において、ワーグナーを南イタリアにおいて取り上げること自体、すごいことだったと推量します。

マルトゥッチの存在は、ヴェルディ以降、いやでも続いたイタリアオペラ中心の楽壇にあって、器楽・オーケストラ作品のみに力を注いだ点が特筆すべきところです。
なんといっても、レオンカヴァッロ、プッチーニ、マスカーニらと、ほぼ同世代だったのですから!
 そして、彼の弟子筋からは、レスピーギがうまれ、器楽とオペラの両立を果たすことになるのでした。

 今宵のピアノ協奏曲第1番は、1878年の作品で、作者23~4歳にかけて。
パリの地で、ピアニストとして、ときに、チェリスト、ピアッティの共演者として演奏活動をする傍ら、書かれた作品です。
 16歳の頃から作曲をしていて、それまでにも、器楽・室内楽をいくつか手掛けてましたが、大きな作品としては、この曲が唯一。
 しかし、生前は出版されず、1973年になってようやく出版の暁となりましたため、この曲には、作品番号がありません。

1楽章15分、2,3楽章、それぞれ10分という、大作。
前後のふたつは、堂々とした、オーソドックスなソナタ形式。

ともかく、外見は、ブラームスの1番ばりの大曲に見えますが、でも、あのようないかつさは、まったくなく、全編、歌に満ち溢れ、親しみやすい旋律が滔々と流れる美麗なる協奏曲なのであります。

なんたって、オペラアリアのように、窓辺で歌うセレナードのように、優しく美しい第2楽章が素敵すぎるんです。
聴きようによっては、チャイコフスキーの同じ協奏曲の第2楽章のような甘味さもあります。
でも、ここにある景色は、あくまで、南イタリアの澄み切った空。
ちょっと、爽やかな柑橘系の飲み物でも合わせたくなるような感じですよ。

15分もかかる第1楽章は、その出だしこそ短調で、荘重な感じですが、すぐさま、麗しの旋律で満たされていきます。
超絶技巧のピアノも、楽しいです。
リストや、シューマンなども思い起こすことができます。
マイナーな調だけど、でも、明るく、その明晰さが曇りなく、スコアの隅々が照らされ輝くようです。

美しい2楽章をはさんで、3楽章は、最初の楽章と曲調が似ていて、ちょっと単調になりがち。
このあたりの構成感とか、聴かせどころの築き上げ方は、後年(7年後)の2番の方に、大きく歩があるかも。
ここでは、誰かと言えば、グリーグとシューマン、ドヴォルザークっぽいかな。

ともあれ、マルトゥッチの流麗な音楽を堪能できました。

ナポリ生まれのピアニストと、指揮者の共演、次はまた2番を取り上げましょう。

さて、第2楽章をまた聴いて休むとしましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

その他のカテゴリー

いぬ お悔やみ ねこ アイアランド アバド アメリカオケ アメリカ音楽 イギリス音楽 イタリアオペラ イタリア音楽 ウェーベルン エッシェンバッハ エルガー オペラ カラヤン クラシック音楽以外 クリスマス クレー コルンゴルト コンサート シェーンベルク シベリウス シマノフスキ シュナイト シュレーカー シューベルト シューマン ショスタコーヴィチ ショパン スクリャービン スーク チャイコフスキー チャイ5 ツェムリンスキー テノール ディーリアス ディーヴァ トリスタンとイゾルデ ドビュッシー ドヴォルザーク ハイティンク ハイドン ハウェルズ バス・バリトン バックス バッハ バルビローリ バレンボイム バーンスタイン ヒコックス ビートルズ ピアノ フィンジ フォーレ フランス音楽 ブラームス ブリテン ブルックナー プッチーニ プティボン プレヴィン プロコフィエフ ヘンデル ベイスターズ ベネデッティ ベルク ベルリオーズ ベートーヴェン ベーム ホルスト ポップ マリナー マーラー ミンコフスキ ムソルグスキー メータ モーツァルト ヤナーチェク ヤンソンス ラフマニノフ ランキング ラヴェル ルイージ レクイエム レスピーギ ロシア系音楽 ロッシーニ ローエングリン ワーグナー ヴェルディ ヴォーン・ウィリアムズ 北欧系音楽 古楽全般 器楽曲 小澤征爾 尾高忠明 幻想交響曲 料理 新ウィーン楽派とその周辺 旅行・地域 日本の音楽 日記・コラム・つぶやき 映画 書籍・雑誌 東京交響楽団 東欧系音楽 歌入り交響曲 現田茂夫 神奈川フィル 第5番 若杉 弘 趣味 音楽 飯守泰次郎 R・シュトラウス