ディーリアス 「アパラチア」 ヒコックス指揮

隣町にある湿生公園。
子供の時、ここは特別な場所として、よそ者が来るのを拒むような独特の雰囲気があり、どこか神聖な思いをいだいていた。
当時は、こんな風に整備されてなくて神社を囲む水辺は変わらないが、ただ緑と水だけの場所だったと記憶します。
春には桜が咲き、レンゲで色どりもよくなり、雲雀が高いところで囀る、まさに楽園でしたね。
私の思い出の心の心象風景のひとつです。
ディーリアス 「アパラチア」
リチャード・ヒコックス指揮
Br:ジョン・シャーリー=クヮーク
ロイヤル・フィルハーモニック管弦楽団
ロンドン交響合唱団
(1980.4 @キングスウェイホール)
ディーリアス(1862~1934)。
その活躍時期は、まさにマーラーと同時代で後期ロマン派。
イギリス音楽のくくりで、ビーチャムが擁護者としてその名を広めることに尽くしたので、イギリス人とも思われるが、両親はドイツ人。
生まれと育ちがイギリスなので、イギリスの自然や風土がまさににじみ出ている音楽が多いけれど、実際のディーリアスはコスモポリタンな存在の人だった。
ドイツやフランス、北欧をまわって音楽仲間と交流し、奔放な生活を過ごす前、自分の跡を継がせたかった父は、息子にアメリカに向かわせプランテーション経営を学ばせることとなる。
その新天地アメリカでディーリスは逆に自由を謳歌し、そしてアメリカの風物や新しい音楽も吸収してゆく。
1884年、ディーリアス22歳のとき。
フロリダ州のオーランドの北部あたり、地図を見たらオレンジ・シティという名の街もあり、ディーリアスのおた往時が偲ばれます。
セントジョンズ川という大きな河川があり、そこを見下ろせる場所だったらしい。
フロリダで想像できるように、原生林や熱帯林、そこにたゆたう河にはきっとワニなんかもいたであろうし、まだまだ開拓前のワイルドさだった。
肝心のプランテーション経営には興味を示さず、フロリダの異世界のような自然に魅せられ巡り歩いたらしい。
当時は、まだまだ奴隷制度の名残もあり、黒人社会だったなかに白人はごく少数で、ディーリアスも黒人の使用人とともに生活をしたようだ。
その彼がバンジョー片手に歌う歌の数々は、ディーリアスの脳裏にしみついたのでした。
わずかに2年ほどのアメリカ生活を切り上げ、ニューヨークから故郷に帰還。
そのあとは、もう音楽家への道まっしぐらで、ライプチヒに向かってしまうディーリアス。
アメリカ体験から10年以上を経過し、忘れられないアメリカで聴いた黒人たちの歌をもとに、オーケストラのための変奏曲を書くことを思い立った。
構想の実現には苦戦をし、その間にオペラや多くの我々の知るディーリアスの作品の数々が作曲され、1902年についにこの作品を完成。
自分が見てきたアメリカの湿地帯や熱帯林の印象、かつての奴隷たちの歌、そうしたものを、黒人民謡を主題とした合唱つきの変奏曲としたのがこの作品。
フロリダとアパラチアとは、まったく関連性なく思えますが、原住民インディアンの言語でいくとアメリカ大陸全体を意味するのが「アパラチア」ということになるらしい。
以下は過去の記事を再掲します。
38分あまりの大作、ディーリアスらしい詩的な雰囲気と、懐かしい過去への思いに満ちていて、どこかで聴いたような、どこかで見たような音の光景がここにある。
序奏と14の変奏、そしてフィナーレからなっているが、要所で合唱が、そして最後のフィナーレの盛り上がりでは、バリトン独唱と合唱が相和して歌う。
その基本旋律が「Oh honny, I'm going down the river in the moning」というかつて聴き、忘れがたかった黒人の歌。
序奏が印象派風ですばらしい。
朝もやのなかに、アメリカの川辺の湿原が浮かび上がってくるかのような雰囲気が醸し出される。
やがて、この曲のモットーである基本旋律が、コールアングレで歌われると、もう聴く者を望郷への世界へと誘ってくれる懐かしサウンドだ。
この旋律さえ気にいって覚えておけば、全曲が楽しく聴くことができる。
いろいろ姿を変えつつ展開され、それぞれに味わいがあるが、最後のクロージング場面が感動的。
あの旋律を木管が歌い、バリトン独唱が「Oh Honny・・・」と歌い出すと合唱がすてきな合いの手を入れる。
快活な朝、そしていましもやってくる夜明けをのときを歌い、おおいなるクライマックスとなる。
このクライマックスに対し、オーケストラは、静かに、静かになってゆき、音を失ってゆくにして消えるようにして終わってゆく。
アメリカという国、白人の植民地支配から生まれた国。
そこにはインディアンもいたし、望郷の思いを寄せる遠い故郷を持った黒人もいた。
いまの病める世界の覇権国、巨大な異民族国家となったアメリカと、100年以上前のディーリアスの見たアメリカ。
黒人たちの哀しくも愛にあふれた歌、水辺の大自然・・・・
ディーリアスの描いたアメリカは、美しくも切ない。
(Thomas Moranというイギリス生まれのアメリカの画家の書いたセントジョンズ川
年代的にディーリアスのいた頃とかぶるので、きっとこんな景色を見ていたんだ)
バルビローリとA・デイヴィス、リチャード・ヒコックスの3種の音源を聴いてますが、今回は、息子アダムの指揮に接したばかりなので、父親ヒコックスの指揮で聴きました。
ジャケットは拾い物を拝借しましたが、「海流」とカップリングされているので、そのイメージが先行してますが、アーゴレーベルの洒落たデザインです。
オーケストラが、ビーチャムがディーリアスを多く指揮したロイヤル・フィル、合唱はヒコックスが育てたLSOの合唱団ということで、実に味わい深い組み合わせであり、演奏もまた滋味あふれるものです。
いつしか息子氏も、こんな風にディーリアスを指揮してくれる日が来ますように。
80年代はじめにEMIから発売されたディーリアスの一大アンソロジーのレコード。
バルビローリのアパラチアのジャケットです。
このシリーズはターナーの幻想的で茫洋な世界がすべてに使われ、いま思うとレコードはほんとに芸術品のようでした。







































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