カテゴリー「イギリス音楽」の記事

2025年8月29日 (金)

ディーリアス 「アパラチア」 ヒコックス指揮

Benten

隣町にある湿生公園。

子供の時、ここは特別な場所として、よそ者が来るのを拒むような独特の雰囲気があり、どこか神聖な思いをいだいていた。

当時は、こんな風に整備されてなくて神社を囲む水辺は変わらないが、ただ緑と水だけの場所だったと記憶します。
春には桜が咲き、レンゲで色どりもよくなり、雲雀が高いところで囀る、まさに楽園でしたね。

私の思い出の心の心象風景のひとつです。

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  ディーリアス 「アパラチア」

   リチャード・ヒコックス指揮

             Br:ジョン・シャーリー=クヮーク

     ロイヤル・フィルハーモニック管弦楽団
     ロンドン交響合唱団

      (1980.4 @キングスウェイホール)

ディーリアス(1862~1934)
その活躍時期は、まさにマーラーと同時代で後期ロマン派。
イギリス音楽のくくりで、ビーチャムが擁護者としてその名を広めることに尽くしたので、イギリス人とも思われるが、両親はドイツ人。
生まれと育ちがイギリスなので、イギリスの自然や風土がまさににじみ出ている音楽が多いけれど、実際のディーリアスはコスモポリタンな存在の人だった。

ドイツやフランス、北欧をまわって音楽仲間と交流し、奔放な生活を過ごす前、自分の跡を継がせたかった父は、息子にアメリカに向かわせプランテーション経営を学ばせることとなる。
その新天地アメリカでディーリスは逆に自由を謳歌し、そしてアメリカの風物や新しい音楽も吸収してゆく。
1884年、ディーリアス22歳のとき。
フロリダ州のオーランドの北部あたり、地図を見たらオレンジ・シティという名の街もあり、ディーリアスのおた往時が偲ばれます。
セントジョンズ川という大きな河川があり、そこを見下ろせる場所だったらしい。
フロリダで想像できるように、原生林や熱帯林、そこにたゆたう河にはきっとワニなんかもいたであろうし、まだまだ開拓前のワイルドさだった。
肝心のプランテーション経営には興味を示さず、フロリダの異世界のような自然に魅せられ巡り歩いたらしい。
当時は、まだまだ奴隷制度の名残もあり、黒人社会だったなかに白人はごく少数で、ディーリアスも黒人の使用人とともに生活をしたようだ。
その彼がバンジョー片手に歌う歌の数々は、ディーリアスの脳裏にしみついたのでした。
わずかに2年ほどのアメリカ生活を切り上げ、ニューヨークから故郷に帰還。
そのあとは、もう音楽家への道まっしぐらで、ライプチヒに向かってしまうディーリアス。

アメリカ体験から10年以上を経過し、忘れられないアメリカで聴いた黒人たちの歌をもとに、オーケストラのための変奏曲を書くことを思い立った。
構想の実現には苦戦をし、その間にオペラや多くの我々の知るディーリアスの作品の数々が作曲され、1902年についにこの作品を完成。
自分が見てきたアメリカの湿地帯や熱帯林の印象、かつての奴隷たちの歌、そうしたものを、黒人民謡を主題とした合唱つきの変奏曲としたのがこの作品。
フロリダとアパラチアとは、まったく関連性なく思えますが、原住民インディアンの言語でいくとアメリカ大陸全体を意味するのが「アパラチア」ということになるらしい。

以下は過去の記事を再掲します。

38分あまりの大作、ディーリアスらしい詩的な雰囲気と、懐かしい過去への思いに満ちていて、どこかで聴いたような、どこかで見たような音の光景がここにある。
序奏と14の変奏、そしてフィナーレからなっているが、要所で合唱が、そして最後のフィナーレの盛り上がりでは、バリトン独唱と合唱が相和して歌う。
その基本旋律が「Oh honny, I'm going down the river in the moning」というかつて聴き、忘れがたかった黒人の歌。

序奏が印象派風ですばらしい。
朝もやのなかに、アメリカの川辺の湿原が浮かび上がってくるかのような雰囲気が醸し出される。
やがて、この曲のモットーである基本旋律が、コールアングレで歌われると、もう聴く者を望郷への世界へと誘ってくれる懐かしサウンドだ。
この旋律さえ気にいって覚えておけば、全曲が楽しく聴くことができる。
いろいろ姿を変えつつ展開され、それぞれに味わいがあるが、最後のクロージング場面が感動的。

あの旋律を木管が歌い、バリトン独唱が「Oh Honny・・・」歌い出すと合唱がすてきな合いの手を入れる。
快活な朝、そしていましもやってくる夜明けをのときを歌い、おおいなるクライマックスとなる。
このクライマックスに対し、オーケストラは、静かに、静かになってゆき、音を失ってゆくにして消えるようにして終わってゆく。

アメリカという国、白人の植民地支配から生まれた国。
そこにはインディアンもいたし、望郷の思いを寄せる遠い故郷を持った黒人もいた。
いまの病める世界の覇権国、巨大な異民族国家となったアメリカと、100年以上前のディーリアスの見たアメリカ。
黒人たちの哀しくも愛にあふれた歌、水辺の大自然・・・・
ディーリアスの描いたアメリカは、美しくも切ない。

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(Thomas Moranというイギリス生まれのアメリカの画家の書いたセントジョンズ川
 年代的にディーリアスのいた頃とかぶるので、きっとこんな景色を見ていたんだ)

バルビローリとA・デイヴィス、リチャード・ヒコックスの3種の音源を聴いてますが、今回は、息子アダムの指揮に接したばかりなので、父親ヒコックスの指揮で聴きました。
ジャケットは拾い物を拝借しましたが、「海流」とカップリングされているので、そのイメージが先行してますが、アーゴレーベルの洒落たデザインです。
オーケストラが、ビーチャムがディーリアスを多く指揮したロイヤル・フィル、合唱はヒコックスが育てたLSOの合唱団ということで、実に味わい深い組み合わせであり、演奏もまた滋味あふれるものです。

いつしか息子氏も、こんな風にディーリアスを指揮してくれる日が来ますように。

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80年代はじめにEMIから発売されたディーリアスの一大アンソロジーのレコード。

バルビローリのアパラチアのジャケットです。

このシリーズはターナーの幻想的で茫洋な世界がすべてに使われ、いま思うとレコードはほんとに芸術品のようでした。

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2025年7月24日 (木)

東京交響楽団定期演奏会 ノット指揮 戦争レクイエム

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梅雨が明け、真夏の日差しの照り付ける霊南坂教会の十字架。

容赦ない暑さ、80年前の夏はいまのような厳しさはなかったかもしれないが、日本に与えられた過酷な終戦末期の日々に比べたら・・・・

このとき、この夏に64年前、1961年に書かれた平和を希求したブリテンの「戦争レクイエム」を演奏することの意義は極めて大きい。

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    東京交響楽団 第732回 定期演奏会

    ブリテン 戦争レクイエム op.66

            S:ガリーナ・チェプラコワ
       T:ロバート・ルイス
       Br:マティアス・ウィンクラー

   ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団
               東京コーラス
               東京少年少女合唱隊

    コンサート・マスター:グレブ・ニキティン
          合唱指揮:富平 恭平
        児童合唱指揮:長谷川 久恵

       (2022.7.21 @サントリーホール)

今季のプログラムのなかでも最も楽しみにしていた演奏会。
戦争レクイエムの実演はこれで2度目。
オペラ全作をすべて聴いてきた自分にとって、やはり戦争レクイエムという不朽の名作は最愛の作品となってまして、ブログ記事も15本も書いてしまいました。
これまでの戦争レクイエムの鑑賞歴の、それこそまさに総決算とのいえる演奏が、今回のノットと東響のものであったといっても過言ではないです。

過去にも日本では何度も戦争レクイエムは演奏されてます。
しかし、今回のノットの演奏者の顔ぶれほど、作曲者ブリテンの意図を汲んだメンバーによる演奏はないと思う。
記憶をたどったり、調べたりしたら、過去の多くが日本人歌手によるものだったり、外国人歌手でも初演時の国の出身者でなかったりでした。
ロシアのソプラノ、イギリスのテノール、ドイツのバリトンが、それぞれ選ばれ、それはブリテンの初演時にはソ連体制の壁で叶わなかったが、レコーディングではその組み合わせとなった国柄のメンバーとなりました。

加えて、ノットはイギリス人、そして我らが日本のオーケストラに日本の合唱団・少年少女合唱団と、アメリカこそないけれども、先の大戦で敗戦国であり、一番の被害国である日本での演奏。
ノット監督は任期の最終年度に、おそらくずっと日本で指揮したかったであろう戦争レクイエムをもってきた。

そんなことを思いつつコンサートにいどみ、最初から最後まで、私は金縛りにあったかのように、ときには緊張と感動のあまりむせりそうになりつつ「ノットの戦争レクイエム」を聴きました。

     ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

合唱団はP席に、その後ろのオルガンの席にソプラノ、児童合唱団は場外から、指揮者右手にテノールとバリトン、そして室内オーケストラ。
このような普段の配置では考えられないブリテンの独創的な作品の演奏方式。
ラテン典礼に基づく部分はオーケストラ、合唱、ソプラノ。
オーウェンの詩に基づく部分は、テノールとバリトンに室内オケ。
これらが交互に絡み合うようにして進行し、最後には典礼と詩がまさに融合して、平和を祈って昇華する。
このブリテンの天才的な音楽造りが、こうしてライブで観て聴くと、そのすごさがよくわかるし、感動もひとしおなのでありました。

ノットの気の入れようは尋常ではなく、各章の間に休止は一切取らず、その集中力あふれる指揮でもってすべての演奏者の思いを集約し一身にひきつけた。
まいど素晴らしい精度の高い合唱は、いつものように暗譜。
祈りが主体の場面では座ったまま、強く歌うか所では立ち上がって力唱。
また児童合唱団は多くの演奏が合唱とともに並べることが多いが、ホールの外側で歌うことにより、教会的な響きと遠近感、そして天から響くような清らかさが出ていた。
いずれもノット監督の強い意志と思いの元にあったものと思う。
教会とコンサートホール、そのどちらの雰囲気も巧みに演出できた。

①冒頭、おもったより重々しさや不安感は強調せず、鐘とともに淡々とした出だし。
そして一転、テノールによる戦場の禍々しさを歌う場面、ここへの一挙に変わる変転ぶりが見事。
エキセントリックな歌いぶりも、これもまたイギリス系のテノールの独自の持ち味でルイス氏の第一声は見事に決まった。
腰を下ろしたまま歌う静謐な祈りの合唱、この曲の決め手はこの祈りが何度も交わされるところで、最初から涙腺が・・・・

②不穏なラッパの音とともに始まるディエスイレ。
ここも思ったより激しくやらずに、合唱もオケも抑制の効かせていたように思ったし、怒りでなく、なんでやねん的な疑念の表出としてはふさわしいと。
次いで登場のバリトン、ウィンクラー氏も抑えた表現で、ややこもって聴こえたが、語りかけるような歌い口は、オペラ歌手のそれでなく、リート歌手なのである。
歌いまくるのでなく、詩を歌い読み込む、そんな歌唱がこの作品にはよいと思う。
3人目のソロ、ソプラノは遠くから歌うが、チェプラコワ女史の切実さは絶叫でなく、悲痛さを感じる歌声。
2度目のディエスイレのあとにくるラクリモーサ。
私の大好きな場面であるが、楚々たる歌ととぎれとぎれの哀しみの表出が実に感動的で、またも涙腺が・・・

③同時進行の字幕がありがたかったアブラハムの旧約の場面。
典礼文との絡みもわかりやすかったし、これまたブリテンってすげぇなとおもったオッフェルトリウム。

④ピアノやキンキラ打楽器に乗ったソプラノ、呪文のように典礼文をとなえる合唱、もう雰囲気抜群だ。
そして輝かしいホザンナが眩しかった、ホールが高鳴った。
ベネディクトゥスでのソプラノも美しい

⑤ルイスのテノールの虚無的だけれど切実な歌唱の光ったアニュス・デイ

⑥きっと多くの方が、いちばん感動されたであろう「リベラ・メ」
カタストロフにむかって緊張を高めてゆく場面の息つく間のない迫真性。
ついに怒りの日の再現、ここにピークをもってきたであろう、リミッターを解除したかのように②のときよりも金管も打楽器も凄まじく咆哮。
握りしめる手にも力が入っていまい、目を見開くようにしてこのシーンを視覚的にも焼き付けようとしたワタクシ。
この緊迫感の表現こそノットの真骨頂。
ついで来る敵味方、男声ふたりの邂逅の場。
室内オケの弦のグリッサンド的な緊張感あふれる奏法と精魂尽きたかのようなテノールの必死の歌。
そこにかぶってくるバリトンの長いソロ。
ここが一番のこのレクイエムの肝であろうと思っているか所だが、ふたりの男声が徐々に目覚めてゆくようなこの音楽、ホール全体が静まり返り、聴き入り感じ入ったのだ。
このあとの、ともに眠ろう、と、ソプラノの天国への誘い、もうわたくしは両手を祈るようにして組みながら聴きました。
天から聴こえてくるかのような児童合唱も加わり、ホールに一条の光が差してきたかのように感じた。
「かれらを平和のなかに憩わせたまえ、、アーメン」
美しい調和のとれた響きに、わたしの頬はいつしか涙が伝ってました・・・・

    ーーーーーーーーーーーーーーー

もうこんなに感動させないで欲しい・・・
指揮棒をとめたノット監督。
永遠に続くかと思われた静寂もまた美しかった。

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硬質だけれども清冽な声で魅了したチェプラコワ、リリックなイギリステノールの典型として印象に残ったルイス、FDまでとはいかないが、言葉をかみしめるような知的かつノーブルな歌のウィンクラー。
素晴らしい3人のソロ。
そして圧倒的な合唱団と清らかな児童合唱。
東響のソロの皆さんの冴え、完璧なアンサンブルと濁りのない済んだ響き。
精鋭の室内オケメンバーの緻密さ。
すべてを司ったノット監督に最大限の賛辞と敬意をささげたい。

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熱烈な拍手に再度登場の3人の歌手と指揮者
ほんと、多くのブラボーが飛んでました

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最後はノット監督がひとり。

いつもにこやかなノットさん。
連日、会心の出来栄えの戦争レクイエム、日本でのこの演奏はラストシーズンを迎えたノットさんの記憶にもこの先も刻まれ続けることでしょう。

歩みを続けるノット。
東響とスイス・ロマンドの次は、スペインのテアトロ・レアルの音楽監督となることが決定。
高レヴェルの上演で定評あるハウスだけに、オペラでのさらなる躍進に期待したいところです。

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過去記事

「ブリテン&ロンドン交響楽団」

 「アルミンク&新日本フィル ライブ」

 「ジュリーニ&ニュー・フィルハーモニア」

 「ヒコックス&ロンドン響」

 「ガーディナー&北ドイツ放送響」 

 「ヤンソンス&バイエルン放送響」

 「ネルソンス&バーミンガム市響」

「K・ナガノ&エーテボリ交響楽団」

「ハイティンク&アムステルダム・コンセルトヘボウ」


「デイヴィス&ロンドン響」

「ハーディング&パリ管」

「パッパーノ&ローマ聖チェチーリア」

「マルヴィッツ&ニュルンベルク、ティーラ&マーラー・ユーゲント」

「サヴァリッシュ&NHKso」

「P・ジョルダン&サンフランシスコ響」

「ブリテン指揮」

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2025年7月20日 (日)

スタンフォード レクイエム ブラビンス指揮

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日没直後の壮絶な夕焼けが好き

これから秋にかけて、美しい夕焼けがのぞめるシーズンとなります。

今日は英国圏からのレクイエム。

英国系の作曲家のレクイエムといえば、ブリテンの「戦争レクイエム」がその代表ですが、そちらはラテンの典礼文とオーウェンの詩に基づく独創的な反戦レクイエム。
ラテン典礼文ということで、ミサやレクイエムは宗教上はカトリックを信仰する国や人々の作品であることが多い。

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  スタンフォード レクイエム op.63

     S:キャロリン・サンプソン 
   Ms:マルタ・フォンタナルス=シモンズ
   T:ジェイムズ・ウェイ
   Br:ロス・ラムゴビン

 マーティン。ブラビンズ指揮 バーミンガム市交響楽団
               バーミンガム市大学合唱団

    (2022.7.2,3  @シンフォニーホール、バーミンガム)

過去記事から、スタンフォードの概要を。
チャールズ・スタンフォード(1852~1924)はアイルランド生まれで、ケンブリッジに学び、そのあとドイツ本流のライピチヒとベルリンでもしっかり勉強し、生涯はイングランドで過ごした英国系作曲家。

時代的には、ディーリアス、エルガーやV・ウィリアムズ、ホルストよりも、少し先んじた作曲家で、同じような時期の英系作曲家としてはパリーとマッケンジーがいる。
彼らとともに先人として、英国音楽の礎を築いた作曲家でもあり、エルガー前の作曲家としては大物で、7つの交響曲、アイルランド狂詩曲を始めとする管弦楽曲、オペラも数作、協奏曲も器楽作品も、多用なジャンルにその作品を残している。
作品数の割に、録音はまだまだ少なめで、とくにオペラは今後に期待したいものです。

作曲家として、指揮者として、指導者として多くの作曲家を導き、イギリス音楽界の重鎮とはなったが、時代に逆らうような古風な作風にとどまったともされ、晩年や没後も後世の後輩作曲家の影に隠れてしまうこととなりました。
シャンドスやハイペリオン、ナクソスなどのレーベルのおかげで、スタンフォードの作品も聴けるようになり、古風だったり、ブラームス風だったりするとよく指摘されたことが、案外に違うのではないかとイメージが刷新されつつあるとも思います。
7つの交響曲を聴けば、たしかにブラームスやドヴォルザークを感じさせもするが、そこには田園情緒とアイルランド民謡なども意識させる穏健な懐かしさなどこそがスタンフォードの特徴ではないかと思うようになります。
一方でたくさんの作品のある声楽作品は、英国国教会のために残した讃美歌、聖歌、礼拝曲、オルガン曲など、現在でも教会で演奏されるスタンフォードの手によるものがたくさんあるそうだ。
田園情緒や民族音楽、そして厳粛ながらも健やかな教会音楽、スタンフォードの音楽はこんな感じにまとめてよいでしょうか。

このレクイエムは、1897年のスタンフォードの後期に当たる頃の作品。
アイルランド生まれのスタンフォードがはじめてイギリスを訪れたのは10歳のとき。
そこで観た新古典主義の画家フレデリック・レイトンの絵画に出会う。
その絵画に感化されたスタンフォードは、音楽愛好家で音楽の素養も豊かだった22歳先輩のレイトンと知己を得て、親しい友人となってゆく。
そのレイトン卿が1896年に66歳で亡くなると、悲しんだスタンフォードは「レクイエム」を書く決意をした。
親しい人を悼んで書かれたレクイエムは、怒りや天罰、恐怖などの激しいエネルギーの爆発はなく、ブラームスやフォーレのように、静かに慎ましく死者を偲ぶ作風につらぬかれてます。

1784年から始まったバーミンガムの芸術の祭典、バーミンガム・トリエンナーレで1897年に初演。
3年ごとに開催されるこのトリエンナーレでヴェルディもスタンフォードの楽譜を見て称賛を与えたらしい。
ちなみに、ドヴォルザークのレクイエムもこの芸術祭からの委嘱を受けて書かれたもので、スタンフォードの数年後に初演されています。

7つの章からなる74分の大曲。

  ①イントロイトゥス(入祭唱)
  ②キリエ
  ③グラドゥアーレ
  ④セクエンツィア
  ⑤オッフェルトリウム
  ⑥サンクトゥス
  ⑦アニュス・デイ、ルクス・エテルナ

まったく静かに語りかけるようにして始まる①。懐かしくも茫洋とした景色が見えるようで心地が良く、ソロたちはときにオペラのようによく感じ、よく歌う。
テンポをあげた②キリエでは合唱と独唱たちの絡み合いがそれぞれに対照的で面白く聴きごたえがある。

③グラドゥアーレでは、①の冒頭の印象的なモティーフに絡み合うようにソロが歌うが、なかでもソプラノの清らかな歌が素敵なもの。
フルートと独奏ヴァイオリンもそこに追奏するようにして出てきて雰囲気もよろしい。

④セクエンツィアではその冒頭にディエスイレがやってくるが、そこに怒りの噴出はなく、シンバルやブラスは高鳴るもののそれは怒りそのものでなく予兆にすぎない感じだ。
30分近くを要するこのセクエンツィアはなかなか長大で、いくつもの章に分かれていて、さまざまに曲の様相が変転するが、その基調はあくまで穏健。
この長い章では4人のソロが活躍するが、なかでもソプラノとメゾにあたえられた役割がとても印象的。
またロッシーニ的な切ないテノールソロも実によい。(ただここで歌うテノール歌手はやや弱いと思う)
ラクリモーサは、葬送のようにティンパニも轟くが、さほどに切実でなく、そこが穏健派たるスタンフォードのゆえか。
この章の最後は、心安らぎピエ・イエズスがくるが、ここほんとに美しく、ブラームスの音楽にもさも似たり

⑤オッフェルトリウムは緩やかに進行する行進曲調の音楽で健康的ですらある明朗なもの。
合唱のフーガ調の掛け合いも聴きごたえあり、それを支えるオーケストラも見事なもので、このあたりの扱いがスタンフォードは実にうまい。

⑥清らかなサンクトゥス。
書評のなかには、追随するハープの音型が「ラインの黄金」を思わせると書かれているが、徐々に盛り上がって高らかな雰囲気になってゆくところはさもあらんと思わせる。
続く4人のソロによるベネディクトゥスは、これまたオペラシーンでの4重唱を感じさせる。
ヴェルディが高く評価したのは、こうしたオペラティックな場面が続出するところだろう。
そういえば、より劇的なヴェルディのレクイエムも特定の芸術家の追悼で書かれたものだった。
短いホザンナは天国的。

⑦葬送行進曲のような重々しいけれども、どこか清涼なオーケストラ長いオーケストラ前奏を持つアニュス・デイ。
ここは友レイトンのセント・ポール大聖堂での葬儀を思い書かれたものともされる。
荘重な雰囲気からテノールソロのルクス・エテルナで、曲調は一変し、一筋の光が差し込んだようになる。
オーケストラは流れゆく川のようにさざめき、そして安心感を与えるような力も与えてくれるムードになる。
ハープにのって合唱が清らかに歌い、オーケストラはレクイエム冒頭の旋律を奏で、どこまでも穏やかに、すこしづつ弱くなっていって、静かに終わる。

極めて感動的なラストにしばし外の夏空を眺めてました。

長くて難解な作品、これまで20回ぐらい聴き続けました。
だんだんといろんな発見も見出すようになりました。
こうした作品は、静かにひとりで楽しむに限ります。
合唱の国、英国が生んだノーブルな作品です。
スタンフォードは、エルガーの一連の声楽作品の登場で、英国におけるその存在が薄くなっていっていまうのでした。

お馴染みのブラビンスの指揮は、誠意にあふれ共感もゆたかで、いつも演奏しているかのように堂に入ったものです。
由縁あるバーミンガムでの演奏も嬉しいところだし、先ごろ日本に凱旋した山田和樹の活躍も同朋としてはうれしいところです。
4人のソロでは、女声ふたりがとりわけ素敵でしたね。

【スタンフォード 過去記事】

「スタバト・マーテル ヒコックス指揮」

「交響曲第3番 アイリッシュ 大友直人&東響」

「クラリネットソナタ エマ・ジョンソン」

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暑い夏、明日の21日は「戦争レクイエム」を聴く。

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2025年1月18日 (土)

東京都交響楽団演奏会 スラットキン指揮

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ふだん、まじまじと見ないサントリーホールのホワイエのシャンデリア。

6630個のオーストリア・クリスタルからできているといいます。

世界を代表するコンサートホールとなったサントリーホール。

平日の昼公演を聴きにいきました。

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  シンディ・マクティー 弦楽のためのアダージョ(2002)

  ウォルトン ヴァイオリン協奏曲

     Vn:金川 真弓

  ラフマニノフ 交響曲第2番 ホ短調 op.27

   レナード・スラットキン指揮 東京都交響楽団

       (2025.1.15 @サントリーホール)

セントルイス響をメジャーオケに鍛え上げた頃のスラットキン、もう45年近くも経過するけれど、その頃から聴いてきた。
よき時代のアメリカの音楽界を象徴するような指揮者。
そのセントルイスやリヨンのオケと日本に来た時に聴き逃し、さらにN響にもよく客演していたけれど、それらも何故か聴くことができず、齢80歳という超ベテランとなったいま、ようやく聴いたスラットキン。

ずっと聴いてきたスラットキンの音楽のそのままの変わらぬ印象に、若々しさと、目の当たりにした棒さばきの完璧さとに感嘆することとなりました。

スラットキンの夫人でもあるマクティーさんの「弦楽のためのアダージョ」。
9.11事件をきっかけとして作曲した交響曲第1番の2楽章にあたるという。
バーバーの同名の作品を思わせもするが、こちらはもっと深刻な悲しみの響きがあり、ペンデレツキのポーランドレクイエムの旋律が引用されている。
当然に初めて聴く曲でしたが、12分の緊張感に満ちた瞬間をまんじりともせずに味わいました。
交響曲の初演者でもあり、デトロイト響とのレコーディングもあるスラットキンの共感にあふれた指揮も見ていて感情のこもったものでした。

ウォルトン(1902~1983)のヴァイオリン協奏曲は、コンサートでは初聴き。
英国音楽好きとしては外せない作品で、エルガー、ディーリアス、モーランと並ぶイギリスのヴァイオリン協奏曲の代表作の一角。
活躍した年代にもかかわらず保守的な作風でありつつ、そこにカッコイイ近未来的なサウンドとクールなサウンドをにじませたその音楽。
金川さんの小柄ながら物怖じひとつないステージでのお姿と、抜群のテクニックに裏付けられた強靭さも感じる音色。
いくつかあるカデンツァでの完璧な技巧と集中力、この曲に必須の哀感あふれる歌い口など、表現の幅が極めて広く、ともかく見事なヴァイオリンでした。
打楽器も多数はいり、とかく派手になりかねないウォルトンの音楽ですが、スラットキンの指揮は抑制されたもので、英国音楽への造詣の深さを感じさせるノーブルでありつつ斬新さもあるその響きでした。
次はウォルトンの交響曲かエルガーが聴きたいです。

メインのラフマニノフ。
スラットキンにとって自家薬籠中の作品。
いまは失ってしまったが、N響への第1回目の88年客演時の名演奏はカセットテープに録ってそれこそテープが伸びるほどに聴いたものです。
同時にセントルイス時代の初期に録音した78年の演奏もCD時代になって即時購入し聴きつくした。
さらにデトロイトでの2009年の再録音ライブもオケと録音の優秀さでもって、かわらぬスラットキンの演奏を楽しんだ。

そして今回、日本を愛してくれたスラットキンの指揮姿に正面でずっと見入ってしまった。
指揮台を取っ払い、暗譜で指揮するスラットキンですが、音楽のすべてと同時にオーケストラを完全に掌握していて、指先や目で奏者たちを見つめ指示し、どんな細かなフレーズでもさっと反応して奏者を見つめたりOKをしたりと、ともかく完璧にすぎる指揮。
80歳の年齢に達したとはとうてい思えないキビキビした動きと反応の速さなのでありました。
もちろん残像に残っているN響ライブでの跳ねるような指揮ぶりは、もう見られませんが、出てくる音楽の若々しさは往年のものとまったく変わらずでした。

のびやかな1楽章は歌謡性に富みますが流れの良さを重視しつつロマンの表出は抑え気味。
交響曲の1楽章という位置を押えた知的な演奏の仕方だったかと。
速めのテンポでスピード感あふれる2楽章は、中間部との対比も鮮やか。
そして3楽章では、連綿とすることなく、むしろスマートに純音楽的に曲は進行し、ピーク時の盛り上がりは、それは見事だったけれど、哀愁あふれるソロ楽器のいくつかも全体のなかのひとコマ的な解釈。
なにもここで感情を爆発させたり、胸かきむしって見せたりする必要が、この楽章ではないこと、交響曲の緩徐楽章のひとつであることを認識させる演奏でした。
優秀な都響の楽員さんたちあってできたスタイルかと思ったりもした。
 終楽章はエンディングにむかって熱気が帯びてゆき、最後には高らかにはじけるというライブならでは高揚感を見事に味わうことができました。
ここでもテンポは速めで、スタイリッシュな進行なのですが、これまでの楽章の主題が再現されたりするヶ所の歌わせ方の巧さは、全体を振り返りつつ交響曲の全貌を示すという鮮やかな手法で、それが最後の高みに通じることとなって、ほんとうに、ほんとうに感動した。
思わず、控えめながらのブラボー発しました。

ロシア的なもの、ロマンテックなもの、そうした演奏とは違うスラットキンの知的でスタイリッシュなラフマニノフ。
ウクライナ系ユダヤ人を父に持つ西海岸生まれのスラットキン。
アメリカ人ならではのコスモポリタン的な存在として、開放的で明快な音楽性でありつつも、複雑な音楽性を持っていると思いますね。
近年は作曲家としても活動しており、いくつか聴いたことがありますが、そちらもわかりやすく秀逸な作品でした。

大阪フィルと広響にも今回客演をする予定で、この先も元気で、またの来日を期待したいと思います。

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小柄などこにもいるようなオジサンみたいだけど、ひとたび指揮台に立つとオーラがすごい

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明るくユーモアたっぷり。

スラットキン&都響さん、とてもとても楽しゅうございました、ありがとう🎵

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2024年12月31日 (火)

ディーリアス アンドリュー・デイヴィスを偲んで

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遠くに見晴らす富士と箱根の山と相模湾の夕日。

隣町、大磯の小高い山からの眺望。

都会を離れて数年が経ち、このような自然に囲まれて過ごす幸せと、老いてゆく親、自分の仕事、ちょっと離れたとこにある自宅や家族、孫たい・・・・そんなもろもろを思いつつ1年をまた締めくくる日がきた。

今年も、多くの音楽家や芸術家が亡くなり、訃報に接するたびに悲しみと時の流れの無慈悲さを思うのでした。

日本人にとっても、世界の人々にとっても小澤さんの死はまさに巨星発つという点で大きなインパクトをあたえました。
それとピアノの巨人とも呼ぶべきポリーニの死も驚きとともに受け止めました。

しかし、実は、私がもっともショックだったのは、アンドリュー・デイヴィスの死でした。
まだ記事は起こしていなかったので、年末最後の日に美しいディーリアスを聴いて亡き名匠を偲びたいと思いました。

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  ディーリアス イギリス狂詩曲~ブリッグの定期市

   サー・アンドリュー・デイヴィス指揮

  ロイヤル・スコテッシュ・ナショナル管弦楽団

      (2011.12 @グラスゴー)


サー・アンドリュー・デイヴィス(1944~2024)。
2月に80歳を迎えたばかりで、2024年4月20日に80歳でシカゴにて逝去。
白血病を患い急逝してしまったことに驚愕の想いでした。

A.デイヴィスといえば、70年代半ば頃から主にCBSへの録音、とくにドヴォルザークの交響曲全曲やボロディンの交響曲など、カタログの穴を埋めるようなソツのない音楽造りの存在で、当時は高名なコリンに対し、もうひとりのデイヴィスなどとも呼ばれましたね。
そんななかで、印象的だったのが、デュリュフレとフォーレのレクイエムで、清廉で飾り気のないピュアな演奏が作品の本質をついておりました。
本国のイギリスでポストを得ずに、まずは1975年にカナダのトロント響の指揮者となり、そこで大成功。
EMIと契約して惑星やメサイアなどの録音も残しました。
トロントのあとは、イギリスに戻り、1988年にハイティンクのあとのクラインドボーン音楽祭の指揮者となり、ここでオペラ指揮者としての才覚も発揮し、同時期にBBC交響楽団の首席指揮者となり、ここでのポストがデイヴィスの絶頂期となりました。
プロムスでの数々の演奏、とくにLast Nightは、ユーモアあふれる語り口と精悍な髭面とで大人気に!
シカゴのリリックオペラ、メルボルン響、ピッツバーグ響(3頭体制)の指揮者なども歴任。
ここ数年では、イギリス音楽の伝道師として、シャンドスレーベルを中心に、トムソン、ハンドリー、ヒコックスらの亡きあとの最重要指揮者として活躍していました。
まだまだやってほしかった英国音楽作品の数々。
それが残念で、わたくしはサー・アンドリューの死がとても痛手だったのです。

オペラ指揮者としては、グライドボーンでのいくつかのDVD、なかでもシェーファーとのルルは名作だし、バイロイトのローエングリンでの指揮も自分では大切な放送音源です。
シュトラウス指揮者としても実に優秀で、ばらの騎士やカプリッチョ、メルボルンでの英雄の生涯など、いずれも忘れ難いものです。

今宵は、サー・アンドリューの残したディーリアスの録音から、ブリッグの定期市の楚々としつつも味わい深い演奏を聴きながら、年内の締めといたしました。
いろんなオーケストラを指揮したデイヴィスのディーリアスは、ほぼ集めましたので、来年以降また取り上げたいと思います。

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今年もつつがなく、たくさんの音楽を聴けたことに感謝です。

へんな話ですが、音楽を聴けるためにも元気でいなくちゃと思うし、そのためにも諸事がんばらねばとも思う次第。

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来年もよき1年でありますように。

ご覧頂いたみなさまも、音楽とともにありますこと、よき1年をお過ごしいただきますように。

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2024年10月20日 (日)

ディーリアス 人生のミサ エルダー指揮

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今年の秋は夏との境目がないように感じられ、秋らしい日、夏の終わりなどもあまり感じないです。

コスモスや彼岸花といった季節を感じさせる花々も今年は不調で、いつも見に行く場所もあまり咲いてなかったりで・・・

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やはり季節のメリハリがなくなってきてます。

気候変動や温暖化、といった言葉でくくるのはあまり好きではないです。

こうした分析をするのは、いまを生きる、それこそ100~200年単位の人類の考えや思いにすぎず、地球と宇宙はもっとその何億倍の単位で活動しているのだから、安易に気候変動でひとくくりにするのもどうかと思う。

人間は自然の前には無力だし、人間の繁栄のために自然を犠牲にして自然エネルギーなんぞというものを推し進めるのもどうかと思う。

自然を愛した、そして宗教とは無縁の感性の作曲家。ディーリアス(1862~1934)の大作を。
ディーリアスは、今年は没後90年となりました。

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  ディーリアス  人生のミサ

    S:ジェンマ・サマーフィールド
    A:クラウディア・ハックル
    T:ブロウ・マグネス・トーデネス
    Br:ロデリック・ウィリアムス

  サー・マーク・エルダー指揮
     ベルゲン・フィルハーモニー管弦楽団
     ベルゲン・フィルハーモニー合唱団
     エドヴァルド・グリーグ・コール
     コレギウム・ムジクム

    (2022.9.26~29 @グリーグホール  ベルゲン)

通算3度目の「人生のミサ」の記事となります。
最初はヒコックス盤の記事、次はビーチャム、デル・マー、グローヴス、さらに同じくヒコックスも取り上げあとヒル盤を残し、入手可能な音盤4種をレビューした記事でした。

そして今回は、この曲の最新のレコーディング、マーク・エルダー盤を入手しました。
予約して入荷待ちをしていたが、遅れに遅れて、鶴首状態でたしか5月の連休以降に届いた。
しかし、なんだかんだで聴いたのは夏が終わる頃になってしまった。
その間、指揮者のマーク・エルダーはPromsで、長年の手兵ハレ管弦楽団と最後の出演をマーラーで果たしてました。
イギリスの名匠となったマーク・エルダーは、2000年から2024年にわたって、ハレ管弦楽団の首席指揮者を務め、オケとまさに一体化した名コンビとなってました。
数々の英国音楽のレコーディングを通じ、バルビローリによって育まれた歴史あるオーケストラの指揮者を77歳にして降りることは、私にはとても残念なことでした。
ちなみに、次のハレ管の指揮者はカーチュン・ウォンです・・・
新しい風は必要なれどねぇ。

マーク・エルダーは、ハレ管を降りたあと、ノルウェーのベルゲン・フィルの首席客演指揮者になっていて、このディーリアスもハレでなく、ベルゲンでの演奏会と同時の録音となったようだ。
高弦の美しさ、しなやかさ、さらには重厚な低音域も北欧のオーケストラならではで、ややデッドな録音ながら、オーケストラの持ち味とディーリアスの音楽とのマッチングのよさも、ここに聴いてとれます。
ドイツで知り合った先輩グリーグ(1843~1907)を敬愛し、そのグリーグからは音楽の才能を高く評価され、実業家として跡継ぎにさせたかった父親を説得したのもグリーグだった。
そしてノルウェーの自然や風物を生涯愛したディーリアスは、そのノルウェーの海やフィヨルド、山々に感化されたかのような音楽を残したわけです。
グリーグの出身地であり、その指揮台にも立ったオーケストラ、ベルゲン・フィルほどディーリアスに相応しいオーケストラは、イギリスのオケを除いては随一の存在かもしれません。

 少し年齢が上の、アンドリュー・デイヴィスがヒコックスやハンドレー、トムソン亡きあと、イギリス音楽の伝道師としての存在を一身に担ってましたが、そのデイヴィスは今年、あまりにも無念の死を迎えてしまった・・・
デイヴィスもベルゲンフィルと素敵なディーリアスを録音しましたが、まさにその跡を継ぐかのような、エルダーの存在です。
それからエルダーは、ほんとは根っからのオペラ指揮者だと思います。
エドワード・ダウンズの弟子でもあり、シドニーのオペラハウス、その後はイングリッシュ・ナショナル・オペラを長く率いて、ワーグナーからヴェルディ、ベルカントオペラやフランスオペラの数々もそのレパートリーにしているくらいです。
 私は忘れもしないのは、1981年にバイロイトに登場し、のちにシュタインの指揮によるものが映像化された「マイスタージンガー」のプリミエを指揮したこと。
当時、その名も知らないイギリスの指揮者が新演出上演に起用されたことに驚き、エアチェックも喜々として実行したものですが、そのテープは消失してしまい、どんな演奏だったかは記憶の彼方であります。
エルダーは、初年のみでそのあとは、シュタインに交代となってしまったことも、エルダーの後年の活躍を見るにつけ、残念なことでした。

規模の大きな歌を伴った作品を、うまくまとめあげる才能は、まさにオペラ指揮者エルダーの力量で、この長大さ作品、しかも旋律も少なめでまさに感覚的なおんふぁくでもあるディーリアスの大作をわかりやすく、各部の対照も鮮やかにして聴かせてくれます。
大きくシャウトするような合唱を伴ったフォルテから、繊細で耳を澄まさなかれば聴き逃してしまうようなオーケストラの細部まで、いずれもくっきりと、しっかりと、そして美しくあるように響きます。
ソロや合唱とのバランスも見事なものでした。
 いまや英国ものでは一番の存在、R・ウィリアムスの明晰で暖かな歌唱がすばらしい。
ノルウェーのテノールトーデネスのイギリスのテノールにも通じる繊細さと明晰があり、澄んだ声のソプラノ、深みのあるメゾもともによろしい。

「人生のミサ」にまた素晴らしい名演が生まれたことがうれしい。
ベルゲンフィルのHPで、この演奏のライブ動画が全編見れます。

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以下はくり返しとなりますが、過去の記事を大きく修正して引用。

4人の独唱、2部合唱を伴なう100分あまりの大作。

 ディーリアスは、世紀末に生きた人だが、英国に生まれたから典型的な英国作曲家と思いがちだが、両親は英国帰化の純粋ドイツ人で、実業家の父のため、フレデリックもアメリカ、そして音楽を志すために、ドイツ、フランスさらには、その風物を愛するがゆえに前述のとおりノルウェーなどとも関係が深く、コスモポリタンな作曲家だった。

その音楽の根幹には、「自然」と「人間」のみが扱われ、宗教とは一切無縁
無神論者だったのである。
この作品も、「ミサ」と題されながらも、その素材は、ニーチェの「ツァラトゥストラ」。

 アールヌーヴォ全盛のパリで有名な画家や作家たちと、放蕩生活をしている頃に「ツァラトゥストラ」に出会い、愛する伴侶となったイェルカ・ローゼンとともに、34歳のディーリアスはその「超人」と「永却回帰」の思想に心酔してしまった。
同じくして、R・シュトラウスがかの有名な交響詩を発表し大成功を収め、ディーリアスもそれを聴き、自分ならもっとこう書きたい・・・、と思った。
1896年のことである。
その後ディーリアスは、ツァラトゥストラを原詩とした「夜の歌」を1898年に作曲。
ドイツにおけるディーリアスの応援団であり、その音楽をドイツに広めた指揮者フィリッツ・カッシーラーが、ディーリアスのために、「ツァラトゥストラ」からドイツ語で原詩を作成し、そのドイツ語にそのまま作曲をしたディーリアス。
作品の完成は1905年で、全曲の初演は1909年、ビーチャムの指揮、その初録音もビーチャムによる。
初演の前、2部だけがミュンヘンで演奏されており、そのときに、もしかしたら前回取り上げたハウゼッガーが聴いていたかもしれない。
そして、カッシーラーはビーチャムにディーリアスの音楽を聴かせたことで、ビーチャムもディーリアスの使途となったといいます。
 
このドイツ語の抜粋版のテキストに付けた音楽の構成は、2部全11曲。

合唱の咆哮こそいくつかあるものの、ツァラトゥストラを歌うバリトン独唱を中心とした独唱と合唱の親密な対話のような静やかな音楽が大半を占める。
日頃親しんだディーリアスの世界がしっかりと息づいていて、大作にひるむ間もなく、すっかり心は解放され、打ち解けてしまう。

第1部

 ①「祈りの意志への呼びかけ」 the power of the human will
 ②「笑いの歌」 スケルツォ 万人に対して笑いと踊りに身をゆだねよ!
 ③「人生の歌」 人生がツァラトストラの前で踊る Now for a dance
 ④「謎」      ツァラトゥストラの悩みと不安
 ⑤「夜の歌」   不気味な夜の雰囲気 満たされない愛

第2部

 ①「山上にて」 静寂の山上でひとり思索にふける 谷間に響くホルン
         ついに人間の真昼時は近い、エネルギーに満ちた合唱
 ②「竪琴の歌」 壮年期の歐歌!
         人生に喜びの意味を悟る
 ③「舞踏歌」   黄昏時、森の中をさまよう 
          牧場で乙女たちが踊り、一緒になり
踊り疲れて夜となる
 ④「牧場の真昼に」 人生の真昼時に達したツァラトゥストラ
           孤独を愛し、幸せに酔っている
           木陰で、羊飼いの笛にまどろむ
 ⑤「歓喜の歌」 人生の黄昏時
           過ぎし日を振りかえり人間の無関心さを嘆く
           <喜びは、なお心の悲しみよりも深い>
 ⑥「喜びへの感謝の歌」
           真夜中の鐘の意味するもの、喜びの歌、
           永遠なる喜びを高らかに歌う!
                      
   (本概略は一部、かつてのレコ芸の三浦先生の記事を参照しました)

「祈りの意志への呼びかけ」での冒頭のシャウトする合唱は強烈
だがしかし、安心してください、すぐに美しいディーリアスの世界が展開。
「笑いの歌」では軽妙な、まさにスケルツォ的な章でバリトンの歌が楽しい
「人生の歌」、ソロがバリトンを中心に春の喜びを歌う。
そこに絡む妖精のような女声合唱のLaLaLaの楽しくも愛らしい踊りの歌
章の最後に歌われるアルトと、マーラーの3番と同じ歌詞の合唱を挟んでのソプラノのソロは、沈みゆく美しさが沁みる
「謎」ではバリトンが自分に問いかける、自分とは・・・男性合唱も加わり、謎を残しつつ不可思議なままに終わる
「夜の歌」における夜の時の止まってしまったかのような音楽はディーリアスならでは。
ここでも合唱とバリトンが歌い継ぐが、静的な雰囲気、感覚を呼び覚ますような遠くで鳴る音楽が、まさにディーリアス。


「山上にて」の序奏は茫洋とした雰囲気にこだまする、ホルンはとても素晴らしく絵画的でもある。
続く活気あふれる壮大な合唱とバリトン以外のソロが真昼を謳歌するように歌う。
「竪琴の歌」はバリトンのソロで、静かな語り口につきる、夜半に聴くと実にじみじみする。
「舞踏歌」では、オーケストラの前奏ともいえる森の情景が美しい
乙女たちの踊りは、女声無歌詞の合唱の軽やかさが時に笑いを伴い涼やかななものだ
バリトンはやめないでと恐れた女性たちに優しく歌いかける(そこが邪なアルベリヒと違いますな)
ディーリアスのバリトンを伴った数々の作品にも通じます。
ハープのグリッサンドがここでは効果的だし、女性たちもまた楽しく応じます。
牧場の昼に」この作品の最美の章かと思う
羊飼いの笛の音は、オーボエとコールアングレで奏され、涙がでるほどに切なく悲しい。
この場面を聴いて心動かされない人がいるだろうか
まどろむツァラトゥストラの心中は、悩みと孤独・・・・。
テノールが物憂い気分で優しく歌い、バリトンは覚醒しようとするが、他の独唱ソロたちに優しく戒められる

「歓喜の歌」の合唱とそのオーケストラ伴奏、ここでは第1部の旋律が回顧され、極めて感動的で徐々にエンディングに向けて準備も整う。
休みなく入る最後の「喜びへの感謝の歌
低弦が豊かに響き、そこにクライマックスに向かうかのような静かなステージが準備されたのを感じる。
バリトンは呼びかける、時は来た、来るんだ一緒に夜へと歩もうと・・、合唱もそれに応じる。
最後に4人の独唱者が高らかに喜びを歌い上げ、合唱は壮大かつ高みに登りつめる。
やがて音楽は静かになっていって胸に染み込むように終わる。

エルガーの「ゲロンティアスの夢」(1900)、マーラー「千人」(1906)、シェーンベルクの「グレの歌」(1911)とともに、わたしの好む、あの世紀末の時代の大好きな声楽を伴った一連の名作のひとつと思います。

ニーチェの「ツァラトゥストラ」を学生時代に文庫版で買って読んだことがあり、前もこの曲を聴く際に引っ張り出して照合してみたが、あのツァラトゥストラの文言をあまり意識することなく、ディーリアスの美しく儚い音楽のみに集中した方がよいかもです。
というか凡人のワタクシにはわかりませぬゆえ・・・

畑中良輔さんの批評で読んだこと。
「人生のミサ」の人生は「生ける命」のような意味で、いわゆる「人生」という人の生の完結論的な意味ではないと。

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2024年5月26日 (日)

ブリテン 「春の交響曲」 ラトル指揮

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季節は春が過ぎ、初夏の趣きですが、こちらは5月のはじめの富士とネモフィラ。

いつも行く秦野の街から。

雪もまだ充分残ってますが、いまはもうだいぶ溶けてます。
このときも、静岡側はかなり融雪が進んでいたようです。

梅雨と初夏を迎えようとするいま、大慌てで「春の交響曲」を聴きました。

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  ブリテン 「春の交響曲」op.44

    S:エリザベス・ワッツ

    Ms:アリス・クーテ

    T:アラン・クレイトン

 サー・サイモン・ラトル指揮 ロンドン交響楽団
               ロンドン交響合唱団
              ティフィン少年少女合唱団

    合唱指揮:サイモン・ハルシー
         ジェイムス・デイ

      (2018.9.16,18 @バービカンホール、ロンドン)

「ピーター・グライムズ」のアメリカでの上演を機に、クーセヴィツキーと親交を深めていたブリテン。
1946年、そのクーセヴィッキーの委嘱により、規模の大きな合唱とオーケストラ作品を、ということになり、構想を練ることとなった。
しかし、なかなか筆が進まず、ブリテンは精神的・肉体的に疲れていると吐露していたらしい。
構想も整い、1948年に作曲は軌道にのり、1949年春に完成。
ブリテン36歳。
同年7月に、アムステルダムで初演された。
ベイヌムの指揮、コンセルトヘボウのオーケストラに、ヴィンセント、フェリアー、ピアーズの3歌手によるものだった。
ボストンでなかったこと、コンセルトヘボウでは録音も現在に至るまでなされておらず、もっぱらロンドンのオケばかりの録音になっているところが面白い。

この作品が好きで、これまで、ガーディナーとプレヴィンの演奏を取り上げてます。
演奏会でもなかなか取り上げられませんが、もう25年も前の5月に、ヒコックスの指揮で実演に接しております。
久しぶりにあらわれたラトル卿の音盤を手に、この5月は歓喜に浸っております。
以下、以前の記事に少し手を加えて再掲します。

ソプラノ・アルト・テノールの独唱と少年合唱・合唱をともなった大規模な全4部12曲からなる合唱付き交響曲。
同時代の作曲家と違い、交響曲作家ではなかったブリテンならではの作品。

「冬から春への移りかわりと、それが意味する大地と命の目覚め」について書いたとしていて、サフォーク州の春の劇的な訪れにインスピレーションを得ている。
季節の移ろいと、その力強さ、その1年の流れを人生にもなぞらえて、聴く私たちに伝えてくれる素敵な音楽。
イギリスの春は、日本のようにゆるやかに、まったりとやってくるのでなく、劇的に訪れる。
春は、「地球と生命の目覚め」でもあるという。

16~18世紀の英国詩人12人の作品と、ウィリアム・ブレイクや友人でもあったウィスタン・ヒュー・オーデンの同時代の詩を巧みに組み合わせたテクスト。
ちなみに、ブリテンはオーデンの詩に多くの歌曲を作曲しており、CDもいくつか持ってますのでいずれ取り上げたいと思います。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

①太陽への憧れを歌う冒頭から、小鳥やカッコウの声が聴かれる場面、少年合唱は軽やかに口笛を吹き、楽しい第1部。

②終戦を迎えたのも春。反戦の感情も込めしみじみとした第2部。

③スケルツォであり牧歌的・リズミカルな第3部。

④そして歓喜が爆発する、第4部フィナーレ。ここでは、ロンドンの街と英国への晴れやかな賛歌が歌われる。さらに中世イギリスのカノン「夏はきたりぬ」が少年合唱が高らかに歌い始める。
 感動にあふれるシーンで、心が解放され春から夏を寿ぐ気持ちにあふれる。

  「夏がきた、かっこうは鳴き、花は開き、木々は緑・・・・・・」

この合唱もフェイドアウトして行き、テノール独唱が「このあたりにしておこう」と口上を述べ、いきなり舞台から引くかのように唐突なトゥッテイで曲は終わる。

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ラトルの歯切れのいい演奏は、この作品の持つ明快さにぴたりときます。
前半のミステリアスな雰囲気から、最後の爆発まで、その段階的な盛り上がりも緻密に練り上げられていて、オーケストラの優秀さも手伝って実に精度の高い演奏だと思います。
唯一の不満は、プレヴィンが聞かせたような微笑み、というかにこやかさかな。

現在のイギリスを代表する3人の歌手も素晴らしく、クーテの深みのあるメゾがとくに素敵だった。

このCDのよさはもうひとつ、カップリングの豪華さにもあります。
「春の交響曲」をメインに、それを「シンフォニア・ダ・レクイエム」と「青少年のためのオーケストラガイド」の名作2品で挟んでいます。
どれもその作品の決定的な名演となってます。
ラトルを初めて聴いた1985年、フィルハーモニア管との来日で青少年を聴いてます。
レクイエムは、バーミンガムとの来日で聴けなかったのですが、NHKで放送されたラトルのこの楽譜のオリジナル探しの熱心さ、思い入れのある作品なんだなと、その緊張感の高さからよくわかります。

ラトルは、戦争レクイエムは指揮しますが、オペラを指揮しません。
そして、ベルリンよりロンドン響とのコンビは最高だったと思います。
バイエルン放送響とも相性の良さを感じますが、ロンドンとの別れはもったいなかったな、と。

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(再掲)よい時代だったなぁ~無理して全部行けばよかったなぁ~

1999年5月、東京ではまったく同時期にこんな演奏会が行われた。

 ①ヒコックスと新日本フィル  エルガー「序奏とアレグロ」
                 デーリアス「ブリッグの定期市」
                 ブリテン「春の交響曲」

 ②ヒコックスと新日本フィル  ラヴェル「マ・メール・ロワ」
                 カントルーヴ「オーヴェルニュの歌」
                 V・ウィリアムズ 交響曲第5番

 ③プレヴィンとN響       ベートーヴェン 交響曲第4番
                 ブリテン「春の交響曲」

 ④プレヴィンとN響       プレヴィン「ハニー&ルー」
                                                                「ヴォカリーズ」

                  V・ウィリアムズ 交響曲第5番

私は悩んだ末に、①と④を選択しコンサートに出かけた。

まさに、その時、東京の5月は「春から夏」への一番美しい季節の真っ盛りであった。

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2023年9月 1日 (金)

ディーリアス 「夏の歌」 オーウェル・ヒューズ指揮

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行く夏を惜しんで、わたくしのもっとも好きなディーリアス作品にひとつ「夏の歌」を。

こちらは、秦野の弘法山へ登る途中からみた市街と、遠くに富士山。

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    ディーリアス 「夏の歌」

 オーウェン・アーウェル・ヒューズ指揮 フィルハーモニア管弦楽団

       (1988.4.18 @ミッチャム、ロンドン)
 

若き頃の放蕩がたたったのか、晩年に失明し、四肢も麻痺してしまったディーリアス。
1929年に大好きな海辺で弟子のエリック・フェンビーに口述して書かせた音楽。

「海をはるかに見渡せる、ヒースの生えている崖の上に座っていると想像しよう。高弦の持続する和音は澄んだ空だ。・・・・・・」(三浦淳史氏) 

交響詩と呼ぶほどの描写的なものでもなく。音による心象風景や若き日々への回想といったイメージ。
(以下過去の記事を編集)
冒頭まさに、高弦の和音が響くなか、低弦で昔を懐かしむフレーズが出る。
フルートが遥か遠くを見渡すような、またほのかに浮かんだ雲のようなフレーズを出す。
この木管のフレーズが全曲を通じで印象的に鳴り響く。
ついでディーリアスらしい郷愁に満ちた主旋律が登場し、曲は徐々に盛上りを見せ、かなりのフォルテに達する。
海に沈まんとする、壮大な夕日。
沈む直前の煌々とした眩しさ。
曲は徐々に静けさを取り戻し、例のフレーズを優しくも弱々しく奏でながら、周辺を夕日の赤から、夜の訪れによる薄暮の藍色に染まりながら消えるように終わってゆく・・・・・。

この幻想的な音楽は、海の近くに住んだ自分、そしてまた歳を経て、海の街に帰ってきた自分にとって、一音一音すべてが共感できるもの。

夏の終わり、海を渡る風も涼しくなり、ひとり佇む海辺に、こんなに相応しい音楽はないと思う。

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こんな夕暮れを子供時代から見てきた。

わたしにとってのノスタルジーの風景。

こんな夕暮と夕日に向かって飛ぶ鳥の絵なんかを描いていた少年だった。

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バルビローリ、グローヴズ、ハンドリーの演奏をずっと聴いてきた。

オーウェル・ヒューズ盤は録音もよく、美しく繊細な演奏で最近お気に入り。

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2023年4月22日 (土)

バックス 「ファンドの園」 バルビローリ指揮

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ネモフィラと富士山。

秦野市の弘法山の中腹にある広場にて。

この日は黄砂の影響で、富士がやや霞んでしまったのが残念だけど、まるで楽園のような美しいブルー。

初夏のような日が連続して、桜も一気に咲き終わってしまいましたが、次々にいろんな花がはじけるように咲き誇り、忙しいです。

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わずかに残っていた牡丹桜とネモフィラ。

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  バックス 交響詩「ファンドの園」

   サー・ジョン・バルビローリ指揮 ハレ管弦楽団

         (1956.6.10 @マンチェスター)

久々に取り出したバルビローリの懐かしの1枚。
英国パイレーベル原盤をテイチクがレコード時代には廉価盤で発売し、CD時代初期にも数枚がCD化された希少な国内盤。
今では外盤、ダットンレーベルあたりで出ているでしょうかね。

この1枚の白眉は、ディーリアスの悲しいぐらいに美しい「田園詩曲」で、もう15年も前に記事にしてました。
ほかの収録曲は、ディーリアスでは「かっこう」「楽園への道」「イルメリン」「フェニモアとゲルダ」などの定番。
あとこれまたステキな、バターワースの「シュロプシャーの若者」が入ってます。
そして私の好きなバックスも。

三浦淳史さんのCD解説をもとに。
サガ(北欧伝説)に基づくもので、祖国を守った英雄「ベール族のアキレス」が、大洋の支配者の娘「ファンド」の誘惑に負けてしまい、これまでの英雄的な行動を忘れてしまう、というもの。
 この伝説をバックス流に、「ファンドの園」を「海」にたとえ、ファンドの魔法の島にうちあげられた船の乗組員たちが遭遇する饗宴の様子、そのあと高波がおこって、島全体が飲み込まれてしまうことになる・・・、やがて海は静まり、ファンドの園も消えてしまう。
 こんな風にイメージされた、一服のバックス独特のケルト臭あふれる清涼かつ神秘的な音楽。
1916年の作品。

この曲、ブライデン・トムソンの指揮のバックス交響詩集で、これもまた15年前に記事にしてました。
アルスター管弦楽団という北アイルランドの本場オケと、シャープでダイナミックなブライデンの指揮が、録音の良さもあって抜群な演奏だった。
B・トムソンの録音は1984年のデジタル録音で、いまから40年近く前。
それより遡ること1956年、ぎりぎりステレオごく初期の頃の録音がバルビローリとハレ管のもので、分離のいまいちさ、音の混濁、音の遠いイメージなどから、いまの最新の録音からも聴きおとりのするトムソン盤よりも、はるかに昔の音に聴こえる。
でも、それが実はいい。
古風な、もしかしたらたどってきた道を振り返るような、郷愁をさえ感じさせる、そのいにしえ感は遠い世界のレジェンドにも通じるもの。
多少のもこもこした雰囲気は、バルビローリの情熱と共感をともなった熱い指揮でもって、なおさらに愛おしく感じます。

そこそこに歳を経て暮らす、若き日々を育った場所での生活。
地域を周り巡るたびに見つけ出す新鮮さ。

愛好してきた英国音楽に通じる郷愁の音楽が、いまこそ身に染み入るようになってきました。

Hadano-02

ちょっと場所を変えて、眼下に見入る秦野の街。

ブルーの海のような幻想の世界。

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2022年11月13日 (日)

ホルスト 「惑星」 マリナー指揮

Moon_20221111204501

ある日の西の空の三日月。

実家に移動して来て、窓の外は毎日空が見渡せます。

Moon-1

徒歩7分の海に出れば相模湾で、シーズンオフには人っ子ひとりいない静かな海を独占できる。

移転して1年も経たないうちに、都会の空は遠い存在となってしまった。

コンサートなんておっくうで、帰りのことを考えると嫌になっちゃう。

Holst-marriner

     ホルスト 「惑星」

 サー・ネヴィル・マリナー指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

      (1977. 6.22~24  @コンセルトヘボウ)

懐かしい1枚を。

みんな物故してしまった私の好きな指揮者4人衆のひとり、マリナー卿。
92歳、現役真っ最中で亡くなって、もう6年。
ただでさえ膨大な数のマリナーのレコーディング、まだまだ聴いていない録音もたくさんありますし、愛聴盤でも当ブログで取り上げていない録音もいくつもあります。
聴いていない代表は、ハイドンのネイムズシンフォニーとモーツァルトの交響曲、セレナーデ集など。
あと、愛聴盤の代表が、この「惑星」でした。

大学時代に発売されて聴きたくてしょうがなかったけれど、学生時代ギリギリに、なんとエルガーのエニグマと2枚組で限定発売された。
それこそ、飛びつくように大学の生協で購入し、評判だったその録音の良さに、若き自分は狂喜乱舞した。

ハイティンクですっかり馴染んでいたコンセルトヘボウのオーケストラの音色と、コンセルトヘボウのホールの響きが、フィリップスの超優秀な録音でもって、しかも大好きな「惑星」が月夜が窓から見渡せる部屋の自分の安い装置から、素晴らしい音で鳴り響いたのでありました。

いつも書いていることですが、アナログ時代最盛期の70年代後半のフィリップス録音はすべてが素晴らしいと思う。
コンセルトヘボウ、ボストン、ロンドン、ロッテルダム、スイス、いずれの録音会場でもクオリティの高い録音がなされていた時期。

レコード発売時のレコ芸の若林駿介さんの録音評をいまでも覚えてます。
打楽器の音が強すぎるが残響が豊かで音に艶がある・・・的な内容だったと記憶します。
CD化されたこのアナログ録音ですが、まさにそうで、加えて刺激的な強音を感じさせないで、オケの音のダイナミックな強さを体感させてくれる、いまでも素晴らしい録音だと思います。

マリナーの指揮、相変わらず丁寧で不器用なまでに指揮棒を振り分けているのがわかる丁寧な指揮。
作品が実によく書けているから、フルオーケストラ演目を指揮し始めたころのマリナーの素っ気なさもかえって新鮮に感じるし、むしろ演出過多の演奏よりずっと客観的な惑星っぽい。
イギリスのオケでも聴いてみたかったけど、ここでのコンセルトヘボとの驚きの組み合わせは成功としかいいようがないです。
分厚い響きに暖かな音色は、当時、金管に木管に名手ぞろいの奏者たちの巧みな演奏も加わり、誠に心地よく素晴らしいものです。

マリナーの「惑星」は1976年に東京フィルに来演したおりに、NHKFMで放送され体験済みでした。
日本のオケに初登場の50代になったばかりのマリナーさん。
この当時は、マリナーといえばアカデミーという具合に自身が創設した室内オーケストラでの活動をメインにしつつ、ロンドンのフルオーケストラなどへの客演を初めていた時期で、東フィルもいいところに目を付けたなと思ったものです。
 その後のマリナーのフルオーケストラへの進出と躍進ぶりは、もうここに記すまでもないでしょうあ。
いま思えば、ベルリンフィルとウィーンフィルからは呼ばれなかった(はず)。
これもまたマリナーたるゆえん。

マリアーの清涼感あふれる上品で美しい「惑星」。
秋の日に、懐かしい思いとともに聴きました。

Moon-2

失敗した皆既月食の写真。

Planets

おまけ

「惑星」ジャケット選手権

わたくしの偏見でもって選んだ惑星のナイスなジャケット。
左上から時計回りに、①プレヴィンLSO、②メータLAPO、③ショルティLPO、④バーンスタインNYPO、⑤マリナーACO、⑥ハイティンクLPO、⑦小沢BSO、⑧ノリントンSRSO、⑨プレヴィンRPO、⑩ラトルPO

レコードだと大判なので、音楽を聴くとき、スピーカーのうえに立てて聴くと、雰囲気もとてもあがりました。

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