R・シュトラウス 家庭交響曲 デ・ワールト指揮
日本人の命、ともいうべき「お米」。
今年ほど、お米が大切と思った年はないです。
いま住む場所の近くの市の郊外は豊かな実りの季節を前に、穂は生き生きとしてました。
水に恵まれた場所です。
ちょっとした試み、記事をもっと書いてみようと思った。
最盛期は毎日のようにブログを書いてた。
いっとき休止もしたし、blogはもう終わったコンテンツとも言われるようになった。
誰でもが発信できる世の中、そしてそれらを含め、情報やコンテンツは短いものが好まれる。
ありあまる情報の洪水、すべての情報が次々に流れ、それらは消費され、すぐに消えて新しいものに多くが飛びつき、また流れてゆく。
そんな時代になっている。
逆行してやろうとも思った。
自慢じゃないけど、忙しいから長いものは書けない。
なによりもありあまる音源の山、未聴の山、それでもまだ入手しなくては気が済まないサガ。
聴いたものを記録に残さないと、死んでも死にきれない
R・シュトラウス 家庭交響曲 op.53
エド・デ・ワールト指揮 ミネソタ管弦楽団
(1990 @ミネアポリス)
ジャケット画像はネットで拝借のヴァージンレーベルのオリジナル。
手持ちは、同じコンビでのアルプス交響曲やティルとの組み合わせの2枚組のお得盤。
現在84歳の最円熟期にあるエド・デ・ワールトは、2024年に突然に引退表明。
N響でその指揮ぶりに接したことも懐かしく、欧米豪亜の文字通り世界中のオーケストラを指揮し、指導してきた名匠の引退の報はとても寂しい思いをいだくのでした。
若い音楽家の台頭とともに、静かに去るベテラン。
オーケストラビルダーとも呼ばれたデ・ワールトは最高のオペラ指揮者でもあります。
明快な音楽造りとともに、構成力確かに劇的な流れも失わないワールトは、シュトラウスとワーグナーの名手でもあった。
マリナーのあとミネソタ管の指揮者を86~95年まで務めたその間の録音。
ミネソタ管のブラスセクションが実に見事で鮮やか。
アメリカのオーケストラの明るさとはまた一線を画した落ち着きあるサウンドは、ワールトの指揮のゆえか。
シュトラウスの描き分けた細やかな人物描写や家庭の悲喜こもごもの事象など、思わずニンマリしてしまう巧さもある。
全体に爽やかさが一貫しているのもワールトの音楽性。
これがコンセルトヘボウだったら・・・という叶わぬ思いは抱かぬとしよう。
最後の愛情あふれる大団円では、心からの解放感と感動を味わうことになる。
ずっとあとに、シュトラウスが夫婦、子供、家族、家庭、女性にまつわるオペラを書くことになる。
自身かわらぬテーマであったことが微笑ましくもある。
そのオペラは、「影のない女」「インテルメッツォ」「無口な女」。
ほんとによく書けてる。
過去記事から
第1楽章:快活な主人の旋律ではじまり、家庭の人物がまず紹介される。
第2楽章:子供と両親、子供は母親の子守歌で寝てしまう。幸せな優しい様子。
第3楽章:夫婦の愛情、夜であります。熱く甘味なり~
第4楽章:子供が元気に起きてくる。夫婦喧嘩は激しいフーガ。子はかすがい、仲直り。
この曲の愛聴盤は、カラヤン、プレヴィン、マゼール(旧)、メータ(旧)、サヴァリッシュであります。
演奏会ではプレヴィンでしか聴いたことないので、神奈川フィルで是非やって欲しい。
























































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