東京交響楽団定期演奏会 ヒコックス指揮
盛夏も終盤、サントリーホールのお花も秋めいた色合いになりました。
でもしかし、連日の猛暑はこの日も容赦なく、木陰を選びながらゆっくりとホールにアプローチしました。
東京交響楽団 第733回 定期演奏会
リャードフ 交響詩「魔法にかけられた湖」op.62
ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 op.18
チャイコフスキー 「四季」~10月『秋の歌』
Pf:谷 昴登
ショスタコーヴィチ 交響曲第10番 ホ短調 op.93
アダム・ヒコックス指揮 東京交響楽団
コンサートマスター:小林 壱成
(2025.8.23 @サントリーホール)
真夏のロシアプログラム。
指揮するは、イギリス生まれの新鋭。
1996年生れ、2019年指揮デビューのアダム・ヒコックス。
幣ブログには、「ヒコックス」のタグがすでにありまして、そう、イギリス音楽と合唱音楽の伝道師の故リチャード・ヒコックスの息子がアダムです。
英国音楽好きのワタクシですから、父ヒコックスはかなり多く聴いてきましたし、未知のイギリス作品もヒコックスのおかげで開拓できたり、好きになったりしたものです。
父は1948年生れで2008年に60歳という早すぎる痛恨の死を迎えてしまったわけですが、アダムは父が48歳のときに生まれ、12歳のときにその父を亡くしてしまってます。
だから、父親の音楽に接したのはあまり長い期間ではないはずですが、逆に父からするとその年齢での息子は、ほんとうに可愛かったでしょう。
息子アダムがいて指揮者になったのを知ったのはほんの3年前。
日本からでもまだ自由に聴けたBBC Radioにて、彼の名前を見つけたのです。
アルスター管を指揮してのシベリウス5番でしたね。
そしてまさかこんなに早く、彼の指揮姿に接することができるなんて。
ノット監督の人脈や東響さんの目利きのよさに感謝です。
1999年に父リチャードと新日フィルの演奏を聴いてまして、これは何度か記事にしてますが、同時にプレヴィンもN響にやってきて。まったく同じ曲目をやりました。
私は、ヒコックスはブリテン「春の交響曲」を、プレヴィンはRVWの5番を選択しましたが、いま思えばすべてを聴くんだった。
けっこうダイナミックな指揮をするな、と思った父親の方の指揮姿。
そして、颯爽と登場したスラっとスリムな息子アダム。
ときおり見せる横顔は、26年前の父リチャードにそっくりでした。
風貌は、これもまた2世指揮者のマリス・ヤンソンスの若い頃にも似てます。
指揮は、同世代の若い指揮者がダイナミックに動きまわるのに比し、かなり抑制的で動きは少なめ、しっかり拍子をとり、長い左手の表現力も豊かで、表情も印象的で、総じて根っからの指揮者だな、と思わせるナイスなものでした。
1曲目に珍しいリャードフの作品を持ってくるあたり、なかなかの選曲です。
かつてコンドラシンがN響に来た時に指揮した曲で、いまでもそのエアチェック音源は聴いてまして、ロシアの後期ロマン派風の幻想味ゆたかな静かな音楽。
ディーリアスやアイアランドを思わせるような詩的な素敵な作品を丁寧に美しく演奏したアダム&東響、暑くてほてった身体がクールダウンした心境でした。
その名も初の谷 昴登クンの鉄壁のラフマニノフには驚きました。
これもまたヒコックスの指揮と同じく、若さにまかせた演奏ではなく、音楽に共感しつつ、一音一音丁寧に弾くスタイルと思いました。
それが抜群の技巧の裏打ちされたうえで弾かれるラフマニノフの歌と抒情。
だからとりわけ第2楽章の静かな中に秘めた感情が徐々に高まっていくのが奏者・指揮者ともに素晴らしく、耳にタコ状態のラフ2だけれども、心から感動した。
3楽章でのスリムな若いふたりのスマートな演奏が、これも見事な高まりをみせて圧巻のピアノとオケの大トウッティ、とくにオーケストラの皆さんは身体を揺らしつつ感じ入りつつの演奏で、聴くこちらも大感動。
久しぶりに若くてフレッシュなラフマニノフを聴かせていただきました。
アンコールのチャイコフスキーが、ラフマニノフの先取りのような抒情的な作品で、とても洗練されたアンコールを選んだものだと感心。
ホールを静寂につつみこんで、ピアノの一音一音が愛おしくも感じる、そんな素敵な演奏でした。
1953年のショスタコーヴィチ10番は、ソ連当時大いなるイデオロギー論争となったという作品ではあるが、いまはそんなことはまったく関係なく、ショスタコーヴィチの人気曲のひとつとして世界中で演奏されている。
1954年に、この曲を日本初演した東京交響楽団を29歳の若いイギリス人が指揮をする。
これぞまさに、時代の流れと、この曲およびショスタコーヴィチの受容の歴史を感じさせます。
腕の長いヒコックスの指揮は明快で、素人目で見ていても拍子もわかりやすく、動作の若さと説得力があり、気持ちのいい指揮ぶりです。
曲の半分近くを占める長大な1楽章は最初から最後まで、ヒリヒリした緊張感が途切れず、何度か訪れるクライマックスへの持って行き方も落ち着いていて堂々たるものだ。
またDSCHの様々な萌芽も、よく聴きとれる明快さもあり。
精緻なアンサンブルを誇る東響の実力も、この楽章では存分に発揮され、また木管群のそれぞれのソロも最高でした。
煽ることなく、せかされることもなく、着々と進行させた2楽章は、とても音楽的でオーケストラの動きがこんなによく聴こえたのも驚き。
かつて聴いたことのあるゲルギエフとマリンスキーの演奏は、快速特急でなにも引っ掛かりのない演奏だった。
この曲で一番不可思議さただよう3楽章だが、ホルンソロのつややかな素晴らしさに感銘。
この楽章に様々な意味合いを見出し、解釈するなどということはせず、若いヒコックスは、楽譜の面白さをそのままに素直に音にしてしまった感があり、優秀なオーケストラあってのものだろう。
ここでも猛然とクライマックスに突き進むヶ所があるが、ヒコックスは落ち着き払ったもので、何度も登場するエルミーラのモティーフの強弱、遠近の付け方、聴こえ方も秀逸でありました。
物悲しい4楽章の出だし、きっかけを求めて、まるで何かを模索しつつ進むところ、いろんな楽器のつぶやきがそれぞれに面白い。
素っ頓狂なクラリネットから急速展開するところは、オケもうまいし、アダム君のノリの良さも抜群でリズム感も素晴らしい。
ショスタコーヴィチのピッコロの使い方は、どの曲でもほんとうまいね、とか思いつつ、もうこちらも興奮収まり切れず、どきどきワクワクがとまらん。
こうしてDSCH高鳴る圧巻のエンディングへと突き進むのですが、ほんとにちょっと欲をいえば、もっとはじけてもよかったかも。
でもインテンポぎみに着実なラストを築き上げたヒコックスの実力は並々ならないと感じましたね。
楽譜に忠実に、ある程度の客観性も備えた演奏だったかと思います。
ホールは大喝采でブラボーも多数飛んでましたし、気が付いたら、わたくしも参加してましたよ。
ちなみにジョナサン・ノットと東響の同じ10番を改めて聴いてみましたが、やはりノットは凄かった。
スピード感、音楽の流れの自在さと迫力、緊迫感など・・・
父リチャードの数々の音盤を愛する私に、またひとつ楽しみができました。
手持ちの放送音源には、ウォルトンのペルシャザールがあり、合唱の扱いや自国物へのリスペクトなど、父親譲りのものがあります。
オペラにも積極的で、ドニゼッティやヴェルディ、プッチーニをとり上げているほか、ヴァインベルクの作品まで指揮するなど、本格派です。
まだまだ若いアダム・ヒコックス、無理せず着実に伸びていって欲しいと思いますね。
ポストとしては、グラインドボーン・シンフォニアの首席のほか、ノルウェーのトロンハイム響の指揮者にこの9月から就任します。
グラインドボーンは夏の音楽祭はティチアーティが音楽監督でロンドンフィルがレジデンツオケになりますが、秋のシーズンでもオペラ上演があり、そこでのオーケストラの指揮者ということになります。
さらにオペラのオケでもあるトロンハイムは、腕を磨くのに申し分のないオケでしょう。
鳴りやまぬ拍手に応えてひとり登場のヒコックス。
こうしてみると、ほんとに若くてあどけなさも感じます。
同じ2世指揮者、ヴィオッティが音楽監督となる東響の常連指揮者になって欲しい。
そして父譲りの英国音楽などをじっくり聴かせて欲しい。























































最近のコメント