フィンジ ディエス・ナタリス
正月も過ぎ、松も明け、毎日が矢のように過ぎてしまう。
月日がほんと早い。
心落ち着くジェラルド・フィンジを聴く。
フィンジ(1901~1956) 作品集
①祝典讃歌「見よ、満ち足りた最後の生贄」
② ディエス・ナタリスよりアリア「挨拶」
③ シルヴィアって?
④ 3つの独り言~恋の骨折り損
⑤ 清く穏やかな流れ
⑥ ローリクム・ロールム
⑦ Introit 入祭唱
⑧ Come away , come away ,Death 来たれ 死よ
⑨ 前奏曲 ヘ短調
⑩ ロマンス 変ホ長調
⑪ リズビー・ブラウンに
⑫ ディエス・ナタリス~イントラーダ
⑬ もはや灼熱の太陽も怖れるな
⑭ セヴァーン狂詩曲
⑮ エクローグ ヘ長調
Sax:エイミー・ディクソン ①②⑥⑧⑪⑬
Vn:トーマス・グールド ⑦
Pf:トム・ポスター ⑮
Hr:ニコラス・フリューイ ③
ニコラス・コロン指揮 オーロラ・オーケストラ
(2015.7,8 @フェアフィールド・ホール、クロイドン)
フィンジの作品ばかりを集めたCDは、マリナー以来かもしれない。
しかもメジャーレーベルで。
ニコラス・コロンは、もうじき39歳のわかいイギリスの指揮者で、彼とティチアーティ、英国ユースオケのメンバーとで2004年に設立した、オーロラ・オーケストラの指揮者を務めている。
彼らの演奏会は、プロムスなどで数年来、視聴しているが、古典~ロマン派系ではピリオド奏法を採用し、立演で行うなかなかに刺激的かつ楽しいものです。
若い彼らは、まさに若いリスナー向けに、解説を入れながら聴きどころを分析しながら演奏したり、また幻想交響曲では、メンバーがいろんなお面を装着して想像力をかきたてるような楽しいコンサートを行ったりしてます。
またコロンは、ハーグのレジデンティオケと、昨年からはフィンランド放送響の首席、ケルン・ギュルツェニヒ管の首席客演ともなってます。
活動の幅を大きく伸ばしつつあり、レパートリーも古典から近現代ものまで広範に収める、今後の注目株であります。
ユニークな活動を続けるコロン&オーロラオケのフィンジ。
その内容も、フィンジの心優しい音楽に徹底的にスポットをあてた1枚となっていて、これもまたユニークなものといえます。
聴く人によっては、もしかしたらムーディに過ぎると思う向きもあるかもしれません。
ここでは、至芸の名曲「エクローグ」を最終に据え、ロマンスや、セヴァーン狂詩曲といった名小品、クリスマスのカンタータ、ディエス・ナタリスから2曲、数ある歌曲集から数曲。
歌曲では、サキソフォーンのソロに編曲されていて、それが素敵なスパイスとなってます。
フィンジ入門編というより、フィンジの音楽にすでに魅了された聴き手が、ここに収録された1曲、1曲のあらたな側面を見いだすような、そんな1枚だと思います。
フィンジの魅力のひとつは、デリケートな歌曲の数々。
ここでは、「いざ花冠を捧げよう」から③と⑧、「地球、空気、そして雨」から⑧と⑬が選択されていて、サキソフォーンとホルンによる声に変わるソロがとてもステキなのであります。
美人さんのエイミー・ディクソンの麗しい演奏。
あとパートソングから弦楽合奏へ編曲された⑤も美しい桂曲。
1楽章の出来栄えに不満を感じ、引っ込めてしまったヴァイオリン協奏曲の2楽章にあたる⑦「intoroit(入祭唱)」は、まさにヴァイオリンとオーケストラによる作品で、美しさ・儚さ、これ極まれりといった抒情にあふれた作品。
このあと、「来たれ死よ」(シェイクスピア詩)が続くものだから泣ける・・・・
楚々たる抒情作、ロマンスは、いまやいくつも演奏があるが、コロン盤の優しさは、曲の並びも手伝い泣けます。
そして、最後は「エクローグ」で締めるフィンジ作品集。
くりかえし、何度も聴いて、ずっと浸っていたい。
窓の外は冬の澄んだ青空。
フィンジ カンタータ「ディエス・ナタリス」
T:トビー・スペンス
スコテッシュ・アンサンブル
(2007.10 @ウィグモア・ホール、ロンドン)
コロンのフィンジ集に、2曲おさめられた5つの部分からなるカンタータ。
「生誕の日」または「クリスマス」と邦題として訳される20分あまりの作品。
1926年の若き日々に書き始めたものの、その完成は1939年で、13年の月日を経ることになった。
17世紀イギリスの聖職者・詩人のトマス・トラハーンの詩集「瞑想録」から選ばれた詩。
1.イントラーダ(序奏)
2.ラプソディ(レシタティーボ・ストロメンタート)
3.歓喜(ダンス)
4.奇跡(アリオーソ)
5.挨拶(アリア)
いずれもフィンジらしい、滋味と抒情にあふれた音楽で、そこに哀しみもたたえた雰囲気があるのも、まさにこの作曲者ならでは。
この曲、これまで何度かblogに残してきましたが、テノールによる歌唱を前提とし、ソプラノでもOKとされてます。
清潔なソプラノでの歌唱も素晴らしいのですが、やはり繊細なイギリス系のテノールで聴くのが味わいも深いというもの。
とりわけ美しい最終の「挨拶」。
イエスの生誕、その出会いにふるえる自分、清新な心持ちが歌われる。
ひとりの新参者
未知なる物に出会い、見知らぬ栄光を見る
この世に未知なる宝があらわれ、この美しき地にとどまる
見知らぬそのすべてのものが、わたしには新しい
けれども、そのすべてが、名もないわたしのもの
それがなにより不思議なこと
されども、それは実際に起きたこと
ロンドン生まれのトビー・スペンスは、ヘンデル、モーツァルトからブリテン、アデスまで、広範なレパートリーを持つリリカルなテノールで、ポストリッジと同じような立ち位置にあり、彼よりやや声は強いイメージです。
健康的な明るめの声は、陰りあるポストリッジともまた違い、この健やかなる作品の別の側面を聴かせてくれるように思った。
年が明け、初孫が生まれした。
その無垢なる姿を見て、この腕に抱いたとき、この作品が脳裏に浮かび、響きました。
穏やかに、平和でありますように。
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