フォーレ レクイエム マリナー指揮
戦後80年の終戦の日でした。
毎年この日は不戦の誓いを国をあげて行い、テレビやマスコミも反戦を主体にした番組や特集が組まれます。
日本は敗戦国であり、つねに反省を求められ、それは80年間変わらずにいまに至っている。
しかし、戦勝国側はどうだろう、勝ったという結果だけで彼らは正しいとされ、彼らによって奪われた無辜の民のことは一向だにされない。
私は終戦の日を迎えても、どこか虚しさを歳とともに感じてしまうのです。
写真は、もうなんども出してますが、いま住む町に東京から疎開してきた少女の像です。
先に疎開していた彼女、東京では空襲があり、父親以外、みんな亡くなったしまう。
彼女の元にひとりやってきた父親と数日を過ごしたものの、駅舎をアメリカ軍機の機銃掃射で無差別攻撃され、父親は即死。
ひとりきりになった彼女が、父の形見のガラス製のうさぎや、周りの人々に勇気づけられ強く生きてゆく。
80年も経過し、戦争すら知らない、どこと戦ったかも知らない若者たちが増え、もうそんな日本なのだから、いつまでも反省ばかりを口にする日本人でなく、多くの罪のない日本人が亡くなったことと、その彼らへの追悼の思い、日本のために戦った人々への感謝、それらだけを表明するだけでいいのではないかと思う。
怒りや自己批判はもういい、優しさと思いやりこそ、日本人の強みではないかと。
フォーレ レクイエム op.48
S:シルヴィア・マクネア
Br:トーマス・アレン
サー・ネヴィル・マリナー指揮
アカデミー・オブ・セント・マーテイン・イン・ザ・フィールズ
同 合唱団
(1993.1 @St.ジョンズ、スミス・スクエア、ロンドン)
癒しのレクイエム、フォーレを聴く。
いつもの夏のとおりに、戦争レクイエムと併せてヴェルディを聴こうかとも思ったが、静かに慎ましく過ごしたくて。
ひと月前に、ノットの指揮による戦争レクイエムを聴いたばかりで、それは淡々としたなかに、戦争のむごさよりは、許し合い、手を取り合い祈ることを感じさせる演奏なのであった。
久しぶりにかの名盤、クリュイタンスとパリ音楽院にしようと聴いた。
その名に恥じない名演で録音も色あせてはないが、歌手のこともあり、ロマンティックに過ぎるかな・・・
あと、ルチア・ポップの歌声が聴きたくて、コリン・デイヴィスとドレスデンのものも聴いた。
しかしポップ以外が重すぎ、サイモン・エステスなんてオランダ人みたいで、辛くなった。
ということで、これもまた久しぶりに聴くこととなったマリナー卿のそれこそ慎ましい演奏をとり上げることとした。
ついでに申せば、フォーレのレクイエムといえば、わたしにはコルボとベルン響、ヘルヴェッヘ、A・デイヴィス、ヒコックス、フルネ、そしてこのマリナーであります。
このマリナー盤のよいところは、その演奏に加え、カップリングに妙があるところ。
レクイエムのあとに同じフォーレのパヴァーヌ、ケックランのフォーレの名によるコラール、フローラン・シュミットのスケルツォ(フォーレの思い出に)、ラヴェルの亡き王女のためのパヴァーヌと続きます。
美しく清廉・無垢な音楽、フォーレのレクイエムほどあらゆるクラシック音楽のなかで、そのように感じられるものも少ないだろう。
宗教音楽という枠組みを超えて、天国的な音楽であることは、人種・宗教関係なく、あらゆる人間の心を動かくものだろう。
先に触れたとおり、ロマンティックにも演奏できるし、極めて宗教的に静謐な音楽にもできる、はたまたドラマテックな味わいで装うこともできるだろう。
マリナーの演奏は、そのどれでもなく、いつものマリナー卿のように、さりげなく淡々としたものです。
この淡泊さがよいし、作品によっては踏む込みが足りないとする演奏もあるかもしれない。
そんなマリナーらしい、いかにもマリナーなフォーレのレクイエム。
編成も少なめ、ニュートラルな蒸留水のようなすっきりしたアカデミーのオケとコーラス。
モーツァルト歌いのリリカルなマクネアーのピュアなピエ・イエズ、ていねいで気持ちのこもったその歌声は心を打つ。
すっかりおなじみのアレン卿のバリトンは、歌い過ぎず抑制された声が禁欲的でもあり極めて好ましかった。
パヴァーヌからフランス音楽のフォーレの後継をたどる選曲もとてもよく、心安らぎ、優しい気持ちになれます。
最後に、褒めついでに、いつものように当時のフィリップスの録音も素晴らしいです。
古今にレクイエムは数多くあり、ルネサンス、バロック期のものは静かなものが多く、癒し系としてはカンプラのものが大好きです。
古典からロマン派となると楽器の進歩も加わり、レクイエムにも劇性が加わるようになる。
そんななかで、ブラームスは独自の存在のレクイエム。
そして癒し系統のフォーレとなりますが、近現代になるとデュリュフレやロパルツがそこに連なります。
日本の作曲家にも多くのレクイエムやそれに準ずる作品がありますが、日本の作品は先の大戦や度重なる自然災害などの死者への追悼という意味あいのものが多いです。
宗教性は薄く、われわれ日本人にはより切実なレクイエムとなっている作品ばかり。














































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